22歳どうしのフレッシュな熱戦 佐々木五段―千田五段:第2期 叡王戦本戦観戦記
プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。
ニコニコでは、初代叡王・山崎隆之八段と段位別予選を勝ち抜いた精鋭たち16名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。
佐々木の顔がゆがんだ。顔が朱色に塗られていく。見落としたことを隠せない。
▲4七角(第1図)で、この竜はどう逃げても捕まる。後手陣の中心の駒が詰むことは玉が詰むことと同じだ。佐々木が丁寧に積み上げてきたものが崩れ落ちる。負けを自覚させる残酷な瞬間だった……。
天真爛漫な佐々木、沈着冷静な千田、永瀬拓矢六段との感想戦が大好きな「ユーキ」、コンピュータ将棋から抜け出した「チダショー」、関東と関西、動と静、同じ22才ながら対照的な二人が準々決勝でぶつかった。
佐々木は16才で棋士になって丸6年、努力の積み重ねが花開こうとしている。
千田もまた「コンピュータ将棋から学んで将棋が強くなることを証明したい」と言ったことを実証している。両者とも今期は勝率8割と、ありとあらゆる棋戦で勝ちまくっている。公式戦での対戦成績は佐々木の4勝1敗、2013年の加古川青流戦決勝で対戦したときは佐々木が2勝1敗で優勝した。
佐々木は2リットルのミネラルウォーターを盤側におく。ガラスコップどころかお盆まで持参している。
一方千田は飲みかけのカルピスウォーター500ミリリットルのみ。しかも対局中はほとんど飲まなかった。何から何まで対照的だ。
先手となった千田は角換わり腰掛け銀に誘導し、得意の4八金・2九飛型に。ここ1年大流行した陣立てで、その火付け役が千田だった。
きっかけは第1期電王戦で山崎隆之八段のセコンドについたこと。「ポナンザの将棋を解析すると、後手だとこの構えからの仕掛け(A図)をよくやってくるんです。最初は否定的で、とがめてやろうと研究したんですが、これがとても手強い。それならば自分で指してみようかと思いまして」
千田は村山慈明七段とのNHK杯決勝でA図を採用、優勢に進めたが惜しくも逆転負け。
この将棋が注目され、トップ棋士も採用し始めた。
羽生善治三冠も木村一基八段との王位戦第6局で採用している(木村が変化したため別の将棋になった)し、最近ではJTプロ公式戦決勝の佐藤天彦名人―豊島将之七段戦もこの戦型だ。
そして、叡王戦においても広瀬章人八段―千田翔太五段戦、深浦康市九段―豊島将之七段戦と何局もこの戦型が出ている。
佐々木も千田の得意は承知の上、なので仕掛けを警戒して△4四歩を突かずに駒組みを進める。
なんとそれでも千田は仕掛けた(第2図)。
A図と違い4三歩が残っている。なので佐々木は△4二銀と引き、▲6六角に△4四角と合わせる。
千田は予定通りとばかりに▲2四飛から▲4四飛と飛車角交換する。そして△2八飛にノータイムで▲3八角(第3図)と打つ。6八玉型で飛車を渡して受け一方に角を手放すとは指しにくい手順だが、千田は研究していますよと言わんばかりの涼しい顔だ。
第3図で△1三香と逃げるのは▲2七歩~▲4九金~▲3九金で飛車が捕まる。なので佐々木は△4五銀と銀桂交換から△3三銀で先手をとって受け、△2四飛成。解説の永瀬の大好きな自陣竜で局面をまとめようとした。
千田は△4五銀は想定外で、ここからは両者未知の局面に。
解説の休憩時間に永瀬と話したが、竜の存在が大きく後手持ちとの感想だった。後にこの竜が捕まるとは永瀬も佐々木も予想だにしなかった。
筋良しとスジワル
千田は▲4四銀の食いつきに△6三金には銀交換から再度▲4四銀(第4図)と打った。次に▲3三銀成△同金▲4六桂△4三竜▲3四歩が狙いだ。千田は何度も「そうか」とか「いやあ」とつぶやいている。自信なさそうな対局姿に見えた。この攻めはいわゆるスジワルだ。5六の銀も3八の角も取り残されたままで攻め駒が増えていない。
だがこれがうるさかった。
永瀬は△4二銀▲4六角△4三桂(▲3五銀の防ぎ)で受け切れそうと解説した。だが感想戦で佐々木は▲同銀成△同銀▲5五桂(B図)を示し、B図以下△5四金▲4三桂成△同竜▲4四銀……佐々木「食いつかれて自信がない」
だがそれでも△4二銀と守るべきだった。
佐々木は△2五桂と跳ね、▲4六角△2四銀▲2六歩に△5四歩(第5図)とじっと突いた。先手の角銀銀3枚の進路である5五のマス目を通行止めにし、さらに6三金が玉側に移動するスペースを作っている。次に△4三歩で銀ばさみだ。 敵の駒の効率を悪くし、味方の駒の働きを良くする、これぞ「筋」という手だ。
筆者は兄弟子として丸12年佐々木の将棋を見てきたが、彼は昔から本筋にすっと目がいく。幼き頃から石田和雄九段に教わっているので「指が本筋を覚えている」のだ。
だが本筋だけでは将棋は勝てない。
冒頭の▲4七角(第1図)で将棋は終わった。
図で△3六歩には▲2八桂(C図)がある。次に▲3六角△2六竜▲2七歩があり、△3四竜と先に逃げても▲3六桂(銀取り)があって収拾がつかない。
本譜の△3六桂には▲1七桂(第6図)が妙手、図で△3四竜は▲3六角△同歩▲2六桂で竜が詰む。
さらに▲1八桂(第7図)で2六の金を召し上げ、その金で▲2九金(第8図)の頭金までで竜の捕物帖が終幕した。▲4七角から数えて15手詰めだ。千田の体型のような細く長い道筋の手順をほぼノータイムで指した。パズルのような角桂の動きは頭の中では読みにくいはずだが、人間的な感覚を排除している千田にはたやすかったか。
局後佐々木は「仕掛けられてからは自信がない。駒組みがまずかったのか…」と千田の攻めを認めた。
そして「それでも桂跳ね(△2五桂)が悪手でした」と敗因を語った後、「竜が詰んだのはひどかった」と悔しそうに吐き捨てた。
千田は「仕掛けは研究です。▲3八角の局面は指せると思います。△4五銀が予想外でしたがうまく竜が捕まりました」
6八玉型で飛車を渡し、受け一方に角を手放す、という手順はなかなか思いつかない。この仕掛けが成立すれば新定跡誕生だ。とはいえこの1局で結論は出せない。観戦記が載る頃には棋士・奨励会員が研究しまくっているだろう。(11月1日記)
※追記
この対局から2日後、王将リーグの糸谷哲郎八段対深浦康市九段戦において、千田の兄弟子の糸谷が同じ仕掛けを指した。深浦は▲3五歩を取らずに△4四歩と指し、▲3四歩△同銀▲3六歩と別の展開になったが結果は糸谷勝ち。筆者は慌てて連盟に行って糸谷に話を聞いた。
「この仕掛けは前々から成立するのではないかと思っていました。6八玉型はけっこうバランスが良いんです」
そして「千田君と話した? いや彼とはこの将棋の話をしたことはありません。私の頭の中だけの妄想です」と言ってニヤッと笑った。
(勝又清和)