「漫画で振り返る平成」スマホが流行ったおかげで漫画を読む人が増えた? 通勤・通学のお供として発達した漫画雑誌は時代とともにどうあったのか【さやわか×大井昌和×武者正昭】
「読者はこういう感じ」と想定できるほど強かった雑誌のカラー
大井:
90年代の漫画雑誌っていうか、日本の出版系のインフラは、整いすぎたっていうか、発展しすぎたというのはあるのかもしれない。
さやわか:
それはホントそうかもしれないですね。
大井:
大澤聡【※】さんの『1990年代論』に書いてあった気がするんだけど、日本はインターネットになんで乗り遅れたかというと、出版業界でネットワークを作っていたからだっていうんですね。
※大澤聡
批評家、近畿大学文芸学部准教授。
さやわか:
そもそも日本の出版産業っていうのは、雑誌メディアがものすごく強いんですよね。
大井:
そうそう、配本(発行した本を小売店・購読者に配る)の性能も良いし。
さやわか:
配本の性能も異常に良くて、精度が高くて、しかも早いから、雑誌が発達しちゃったんですよ。
週刊誌がこんなに大量に出て、バンバン売れて、来週になったらまた新しい本が来ますなんて国は、他にないんですよね。
大井:
だって、今のネットの掲示板みたいなことを……「当方ボーカル、メンバー希望」って掲示板みたいな役割の雑誌があったんですよ。
さやわか:
わかります、わかります。
大井:
そういう掲示板だけの雑誌とかもあったわけですよ。だから、日本でBBS(電子掲示板)が最初に盛り上がった時は「あっ、あれじゃん」って思ったもん、俺。
スタッフ:
雑誌ってインターネットに取って代わられるまで、あらゆる情報源でしたよね。
さやわか:
それが成立しているころは雑誌のカラーというのがあって、「この雑誌の読者はこういう感じ」っていうものが想定できた。
この間、橋本治【※】さんのことを調べる機会があって、国会図書館に行ってヤングサンデーを読んだんですが「こんな雑誌あったんだなぁ!」ってなりました。ものすごいカラーのある本だったんだと。
※橋本治
小説家、評論家。ヤングサンデーの主催するサマーセミナーで講師を務める(1992年、1993、1994年)。
大井:
ヤングサンデー、スゲー好きだったなぁ。
さやわか:
当時、何気ない気持ちで「この雑誌好きだなぁ」って思って読んでいたけれども。「うわぁ! すっごい濃いぞ、これ」って改めて思いました。だいたい、『月光の囁き』とかがトップを張った連載だったんですよ。おかしいだろ、そんなの(笑)。
大井:
『ザ・ワールド・イズ・マイン』が人気だったのも、おかしいからね(笑)。
さやわか:
沖さやかさんの『マイナス』が載っていて、『のぞき屋』が載っていて、どんな本だよ!っていう。
※沖さやか
漫画家・山崎紗也夏さんのデビュー時のペンネーム。
大井:
それに、『デカスロン』ですよ。
さやわか:
『デカスロン』が載ってるんですよ。
大井:
この雑誌はなんなんだ!
武者:
橋本治さんも連載していたりね。
さやわか:
そうそう、『貧乏は正しい!』っていう連載をやっていて、ずっと資本主義は間違っているってことが書かれているっていうね。どういう本なんだ! っていう。
大井:
だから、漫画雑誌がちゃんと啓蒙もしているってことですよね。
さやわか:
『ちくろ幼稚園』とかも載ってたし。
大井:
そういうことを考えると、あのころの出版状態が異常だとも言えると思うんですよね。
さやわか:
そうですね、そういう物理メディアだったからこそ、カラーというものが築けて、壁で囲ったかの如くその中はドロドロの濃さであってもいい、ということが可能だったわけですよね。
紙かどうかは関係ない。「結局、面白ければ読む」
さやわか:
今、アプリとかが流行ってはいますけれども、そこまでのカラーは維持できてないですよね。comicoをやられていますけれども、カラーを作るのはすごく難しいと思うんです。
大井:
Web媒体でカラー作るのって本当に難しいですよね。
さやわか:
「comicoはこういうカラーだ」って推していこうとしても、それこそ他社さんの作品も扱われるわけじゃないですか。
大井:
その辺り考えられていたり、工夫されていたりする点とかはあったりするのですか? うちでやるからには……みたいな。
武者:
そこまで気取ったものはないですよ。基本的に楽しいもの、面白いものを集めてますね。
大井:
まぁ、そうなっちゃうってことですよね。毎日やっていくと。
スタッフ:
comicoっていうと、「フルカラーで縦スクロール」っていうのは、特徴のひとつだと思うのですが。
武者:
そうですね、それはもうかなりはっきりした特徴です。
大井:
そっか、システムで特徴を作るみたいなことか。
さやわか:
なるほどね。
武者:
今までは(指を横に動かしながら)こう読んでいたものを(指を縦にスライドさせ)こういう風に動かすのに慣れちゃって……人間ってすぐそうやって慣れるものなんですよね。
大井:
そっか、読者の読むスタイルによって配信サイトのカラーが逆にできるってことなんですね。
さやわか:
あー、それはありますね。
今日マチ子【※】さんが『みかこさん』って漫画を描かれた時、Webに載せることが前提だったんですね。もともと今日マチ子さんはWebで漫画を描かれていた人だったんですけど、紙用じゃないから、演出がずっと縦スクロール用の演出になっていて。
※今日マチ子
漫画家、イラストレーター。『センネン画報』『みかこさん』など。
大井:
紙に載ると、上下の部分が白いんですね。
さやわか:
あれを本にすると全然意味がわからないんですよね。
大井:
そうそう、意味わからないよね(笑)。びっくりしたよ、あれも。
さやわか:
スマホで読むこと自体、「こんなんで漫画読めるのかよ?」って昔思ってましたし。タップして、画面がパッて切り替わるのもおかしいと思って、めくりのアニメーションとか入れてみたりして。
大井:
そうそう。昔、めくりアニメーション入れたら読まれるかっていう実験があったんですよ。
さやわか:
めくった反対側に、何か絵があったほうがいいのかなぁ。とか、色々試してましたよね。
大井:
それで処理速度落ちるならやめろよ、とか思いながら。
さやわか:
最終的に何もいらなかったという。人は慣れましたね。
大井:
慣れた。っていうか僕最近、Kindleで漫画を読む時、ちゃんと縦スクロールに切り替えてますよ。
さやわか:
あっ、そうですか!? (指を縦に動かして)こう読んでます?
大井:
(指を横に動かしながら)手をこうやるのがうっとうしくなってきて、(指を縦に動かしながら)こっちのほうが楽なんだよね。大きなiPadで見る時は見開きにして、この横スクロールで読みたい……みたいなね。スマホはやっぱり縦が楽。
さやわか:
そう、「やっぱり紙は見開きだからさぁ」とか言っていたけれども、もはやそういう問題じゃなくなっちゃいましたね。
武者:
面白かったらあんまり気にならないんですよ。
さやわか:
ですよね、武者さんもそれこそずっと紙で仕事されてましたからね。結局、面白ければ読むよね。
武者:
結局、面白ければそういうことは言わなくなるんですよ。つまらないと何か言われるんでしょうね、きっと。
さやわか:
「やっぱり見開きだよね……」みたいな。
大井:
時代の要求するスタイルに合わせて、「まぁ、それで面白ければいいじゃん」って言えるのが漫画の業界人の強みだと思います。
武者:
そうしないと食っていけないですからね。
大井:
その感覚を持っている日本のレガシーメディアの人って、多分、ほとんど居ないと思うんですよね。
さやわか:
それこそ文学とかだったら、文学のほうが偉いからっていう前提があるからね。
大井:
漫画は売れてなんぼっていうのが前提としてあって……なんていうのかなぁ、がっつく感じっていうか、何て言ったらいいのかなぁ、わからないけど。
さやわか:
読者の顔をちゃんと見て、何を読みたいかなぁ? こうやったら読んでくれるかな? っていうのが漫画っていうメディアなのかなって思います。ずっと、そうやってきましたから。
武者:
日々、その戦いなんですよ。
さやわか:
ホントそうですよね。僕、漫画教室をやっているんですけど、そこで色々な先生たちが言うのが、「最後までとにかくめくらせたら勝ちなんだよ」って話になるのは、ホントにそうなんですよ。
▼記事化の箇所は39:46からご視聴できます▼
元サンデー編集者も出演【漫画で振り返る平成】~出演:さやわか、大井昌和、武者正昭~
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