【書き起こし】『レッドタートル』ジブリ鈴木敏夫 アカデミー賞を逃した心境を語る「ジョン・ラセターが褒めてくれたということで、ある種の満足を得ました」
――引退を撤回したという表現でいいのでしょうか?
いやいや、本人は作らないと言ったんだから、これで企画はいくら検討していても、映画が出来なきゃ引退ですよね。ぼくもいま無理矢理な理屈で言っていますが。仮に本格的に作り出しちゃったら、そしてそれが完成したら、それは引退撤回ということでしょうね。だって長編映画を作るためにはすごい数のスタッフが必要です。いま、本人1人ですからね(笑)。600人からのスタッフが必要になるので。だから、もし本当に作ることになったら、発表しますよ! 今日はそういう段階じゃないってことです。
もし今ね、作るんですか? と聞かれたら否定せざるを得ないですよね。何もないんだもん(笑)。だからこの間、ある記者の方たちに話したのは「企画検討です」とね。あるとしたら準備段階だけれども、それがものになるかはわからない。そういうことっていっぱいありますから。突然、若いときに考えていたやつをやりたい、なんて言い出すときもあるし。
せっかくの機会だからみなさんにもお伝えすると、『となりのトトロ』なんて彼が本当に着手するまでに10年かかりました。『もののけ姫』もそうです。企画ってそういうものなんです。企画はしても映画にならなかった映画って腐るほどあるから。レッドタートルのほうはいいですか(笑)?
――海外の方でマイケルさん以外で考えていらっしゃらないということでしたが、マイケルさんとはまた組まれますか?
ぼくにとって貴重な経験になりましたが、続けてもう一回やるか、というとまだ考えていないです。さっき申し上げたように話し合ってから10年? その次の10年ってぼくは一体いくつになるんだろうって考えちゃうでしょ? いろんな諸条件を考えるわけですよね。ジョン・ラセターとなんて話もさっきありましたが、彼は非常にアメリカ的な映画を作る人だからやっぱり多分ないんじゃないかなって言う気がしているんですよ。
――アカデミー賞のシンポジウムでもレッドタートルの企画がどのように立ち上がったのか。ジブリが行ったきっかけはなんだったのか?
ジョン・ラセターから『レッドタートル』をどういうきっかけで作ることになったのかと、くどく聞かれました。「俺とはやらないんだな」とは言いませんけどね。
――今までとは違う、新しい形を受けて今後どういう作品を作っていきたいですか?
こういうのってわからないんですよ。マイケルなんかには出来心でつい言っちゃんですよ。外国の人とは二度とやらないって言ってるけれど、また誰かと会ったらやっちゃう可能性だってあるんだから。これはなんとも言えないですけれどね。
――まったくセリフを使わなかったのはどうしてなのでしょうか?
『Father and Daughter』という映画は9分間なんですけれども、セリフがなかった。その効果っていっぱいあったと思うんですよ。これどこまで話していいかわからないけれど、やっぱり一番最初にジョン・ラセターはそのことを言ったんです。同時に彼が言ったのは、「それはぼくらの夢だ」と。要するにセリフ無しで映画をつくるということが。そこまで言ったわけじゃないけれど、そういうものをお前はやったんだなということなんですね。絵だけで表現する。アニメーションだろうが実写だろうが映画監督たちの夢ですよね、と。
最近のライブアクション【※】でいうと『わたしは、ダニエル・ブレイク』これなんか、冒頭から最後のほうまで音楽ないですよね。そういうところにぼくなんかもすぐ目が行っちゃうんですよね。わくわくしますよね。今回『レッドタートル』をやるにあたって創作はジブリが責任をもってやろうと、現場で作るのはフランスのワイルドバンチという会社がやってくれるということで共同制作になったわけです。
※ライブアクション
映画・テレビなどの特殊撮影において、実写とアニメーションまたはコンピューターグラフィックスを同一画面で合成する手法。
そこでぼくらと付き合いが長いバンさんという方がいるんですけれど、去年、カンヌでパルムドールを獲った『わたしは、ダニエル・ブレイク』ってワイルドバンチの制作なんですよね。バンさんにそのことを話そうと思って、ぼく忘れちゃったんですよ。音楽の使い方が非常に面白かった。
みなさんも気になっておられるでしょうから、ぼくも露骨に言っちゃいますけれど、宮崎駿の件だって、僕だってわかんないわけですよ。本当にやっちゃうかもしれないし、やらないときはやらないわけですよ。だから普通の実写映画だとクランクインって撮影からやるじゃないですか。ある程度確実になるのは絵を描き始めてからなんですよ。
それでももう少し様子をみないとね。どこで辞めるか心配なんですよ(笑)。ぼくも昔、出版社にいたので映画と漫画、小説の一番の違いって紙に描くものってお金がかからないでしょ。でも映画ってお金がかかるんですよ(笑)。
あんまり簡単にね、こうだって言えないんです。だって、どこでどうなるか本当にわかんないですから。そんなに計画的に色々と作ってきた会社じゃないし。ちょっと休もうやって言って1年休んだり本当に自由にやってきたんで。それを世間の方は受け入れてくれたので、本当に幸せだと思ってるんですけど。
だけど、本当に今回の『レッドタートル』についてこのことだけは伝えとかなきゃいけないなと思うのは、もし受賞できたらって、言葉を考えるじゃないですか、まず第一に、マイケルへの感謝。作って、と言うのは簡単でそれを実際に作るって本当に大変だと思うんですよ。そういうことで言えばワイルドバンチのバンさんをはじめ現場の方、本当に頑張ってくれた。
宮崎駿が実をいうと観たんですよね。当然手書きのアニメーションなんで、「このスタッフどこに居る?」とか言い出すわけですよ(笑)。このスタッフがいるなら俺にもできるかなとか、そういう感想をふと漏らす。そういうことはやっぱりあるんですよね。その人達をみんな集めるのは、なかなか難しい、とぼくは言いました(笑)。
――『レッドタートル』を観て、今までのジブリと全然違うなと思ったんですけど、その立ち位置というのは?
よくそう言われるんですけど、ぼくは宮崎駿と高畑勲、このふたりだって随分ちがうなって思っているんですよ。『レッドタートル』は、宮崎駿の感想がその答えになるかも知れません。宮崎駿の感想はふたつあります。ひとつは「商業映画を作っていると、どうしても映画のなかでお客さんを喜ばせなきゃいけない。つい、そういうシーンを入れてしまう。あなたの映画にはそれが何もない、見事だ。」って言ったんですよ。宮崎駿という人は。マイケル自身にそれを伝えました。
同時にもうひとつ言ったのは、これだけ日本のアニメーションが有名になって、世界のアニメーション映画が日本のアニメーションの影響を受けているわけですよ。「あなたの作品は日本の影響をまったく受けていない、これも見事である」と、そんなことをマイケルに伝えていましたね。ぼくもそれを聞きながらものすごく納得でしたけどね。やっぱり自分の信ずる作り方、それをきちんとやったんですよね。
――津波のシーンを入れたのは誰の案だったのでしょうか?
あれは監督です。さっきも申し上げたように10年でしょう。いわゆる3.11の前に出来ていたんです。実を言うと監督のほうから「いま日本で辛い事件、事故が起きたそのときにこのシーンをそのままやっていいのか?」という相談がありました。やっぱり自然というのはやさしいだけじゃなくてそうじゃない面を必ず持っている。そういうことがあったからなくすというのは良くないんじゃないか、と思ってそのままでいいという判断をさせてもらいました。