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『ドカベン』水島新司はなぜ売れたのか? “野球ができることがそれだけで幸せな世界”で殿馬や岩鬼など“ハンディキャップを抱えた天才たち”を描く水島ワールドの魅力

 水島新司氏による漫画『ドカベン』は、少年チャンピオンコミックスにて連載されていた人気作品。同作は、連載終了後も圧倒的な知名度を誇り、幅広い読者から親しまれ続ける名作野球漫画です。

 ニコニコ生放送「山田玲司のヤングサンデー」にて、漫画家・山田玲司氏は、水島氏の作品における人物描写が、作者の人間性と結びついていることに言及。さらに、水島氏が用いた特徴的な画法についても紹介しました。

(画像は「ドカベンドリームトーナメント編(34)(完結)」より)
ドカベン 水島新司
左から山田玲司氏、久世孝臣氏、シミズ氏、奥野晴信氏。

※本記事はニコニコ生放送での出演者の発言を書き起こしたものであり、公開にあたり最低限の編集をしています。

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中二ナイトニッポンVol.84/水島新司はなぜ売れたのか?〜「タコピーの原罪」と「プラネテス」炎上問題から考える、フィクションと現実

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■古典的映画の撮り方を漫画に持ち込んでいるのが水島メソッド

山田:
 俺はリアルタイムで強烈な影響を受けた水島チルドレンでもあります。それに俺の世代は、みんな『ドカベン』の話ばかりしているんだよね。

 それくらいみんなが『ドカベン』に熱中した時代がありました。そんな自分が、漫画家になってわかった水島メソッドの本質を紹介していきます。

ドカベン 水島新司

 水島先生の漫画は、基本的に超ロングショットが入ります。たとえば『あぶさん』だと通天閣から入ったり、『ドカベン』だと保土ケ谷球場の全景から入ります。

 とにかく、大ゴマで1回遠いところから世界を見てから、細かいところへ入っていく。これは古典映画の古典中の古典である撮影方法なんですよ。

 つまり、古典的な映画の撮り方をそのまま漫画に持ち込んでいるとも言えます。しかし、ここで重要なのは、水島先生の価値観が表れているということなんですよ。

 人々が暮らす世界の中に野球があって、そこにこんな人々がいるという順番で、世界そのものを愛おしく表現しています。その愛おしい世界にさまざまな人間がいて、そこで野球ができるんだということにつながっていくんです。

■水島先生にとって野球をできることがそれだけで幸せだった

山田:
 水島先生には、貧しくて野球ができず、フェンス越しに野球を眺めて「うらやましい」と思っていた過去があります。さらに、水島先生はラーメン屋でアルバイトをしながら、客が残したラーメンの汁を吸って生きていたということも語っていました。

 本当にギリギリの生活ですよね。水島先生にとっては、野球をできることがそれだけで幸せだったんです。そういう時代の人が描いているから、作品のスタートが個人の鬱屈に起因していません。

 水島先生は基本的に貧乏な生活を描きますが、代表作の『ドカベン』では山田太郎があまりにも強すぎて、いろいろな相手が山田太郎に挑んでは散っていく話じゃないですか。

ドカベン 水島新司

 宮本武蔵みたいなものです。圧倒的な強者がいるからこそ成立していた世界なんです。山田太郎は努力もしますが、天才なんですよ。とくに素晴らしいのが、絶対に主人公にならないような彼の造形です。

 彼はおじいちゃんと妹と暮らしているのですが、「お父さんがいたらな」や「お母さんがいたらな」とは言いません。まったく気にせずに明るいんですよ。

 山田太郎という名前も重要で、水島先生はあえて付けたんだと思います。これは水島先生の中で、貧しくても明るくて、平凡なやつが一番強いという哲学が山田太郎の中に入ってるんですよ

 だから、後から出てくるエキセトリックな登場人物は、平凡な山田太郎にはかなわない。『ワンパンマン』だし『モブサイコ100』なんですよ。

奥野:
 確かに! 個性的であればあるほど、普通のやつに負けちゃうっていう。

山田:
 水島先生のもうひとつのポイントとして、彼には圧倒的な自信があるんです。だから、どんなヒット作の漫画と連載が並ぼうが、ほかの雑誌で連載しようが、さっきの水島メソッドを平然と最初の3ページくらいで大胆にやりますよ。

 だから、話の引きを作るなどはやりません。ちょっとした時代のブームに乗ったりはしますけど、あくまでそれはちょっとしたネタでしかなくて、基本的に堂々と「俺の世界へようこそ」と漫画を描いているんです

 この安心感は、やっぱり強いですよね。それは自分への自信と同時に、人間を信じている強さもあって、これが絵に出るんですよ。とにかく強い視点のロングショットでスクリーントーン使わずに、カケアミタッチで描いていく。

 キャラ造形が多様なことは、この絵を見てもらうだけでもわかると思いますが、特筆すべきはこの線の強さ。線が強くとも、繊細な部分も描ける。水島先生は、Gペンを日本一うまく使った人だと思います

ドカベン 水島新司

■ハンディキャップを抱えた天才たち

山田:
 水島新司の漫画とは何か、ということを当時はわかりませんでした。しかし、ハンディキャップや問題を抱えているキャラクターが多く登場するんですよ。

 たとえば、山田太郎は貧乏で主人公らしくない見た目をしています。でも、彼は自らの見た目にコンプレックスを抱いていないんですよね。水島世界では、外見にコンプレックスを持った人がほとんどいません。

 その生まれた姿を誇っている人がほとんどです。殿馬一人はピアニストだけど指が短かったじゃないですか。里中智は小柄でレギュラーになれなかった。悪球打ちの岩鬼正美は物事の価値観が逆になっている。

ドカベン 水島新司

 また、水島新司の世界では基本的に男性が活躍して、女性が応援するという型が取られます。だけど、女性が活躍するのが『野球狂の詩』じゃないですか。この作品では、女性であることがハンディキャップなんですよね。

 水島先生は自分の価値観の中に、女性が応援するという型あるのに、あえてそれをひっくり返して描くことができるんですよ。圧倒的な自信があるから、そういうこともできるのだと思います。


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