プーチンとは何者なのか?——前代未聞、ロシア国営放送製作のドキュメンタリー『プーチン大統領のすべて』を全編ノーカットで配信する意味
ドワンゴ・エグゼクティブ・プロデューサー 吉川 圭三
いまさら言うまでもなく、ロシアは、現在の国際社会における最重要プレイヤーだ。
日本という国の立場から見ても、北方領土問題やエネルギー問題、ひいては極東情勢を左右する最重要国家として、ロシアの動向は、我々日本人にとっても他人事ではない。そして、そんなロシアを率いるウラジーミル・プーチン大統領も、冷戦後の世界秩序の行方を左右する最重要人物である。
しかし、一方で、我々日本人は、どれほど隣国ロシア、そしてプーチン大統領のことを知っているだろうか?
今回、ニコニコドキュメンタリーでは、ロシア国営放送制作のドキュメンタリー、『プーチン大統領のすべて』と『ロシアと中国:ユーラシアの中心』の二つをお届けする。ロシアとは、そしてプーチンとは何者なのか。それをあえてロシア国営放送制作の映像作品——言ってしまえば、ある種のプロパガンダ映像である——を通して見てみることで、そこから読み取れるものがあると考えたからだ。
思い返せば、本企画をやろうと思ったキッカケは、今年2016年の1月に遡る。
「NHKスペシャル」で『激動の世界』と言うシリーズを放送していた。初回は各界のゲストを招いての討論会で、そこに弊社・ドワンゴ会長の川上量生も招かれていたので私も見た。2回目からは各国への取材で「EU」「アメリカ」「ロシア」が題材で大胆な切り口で現状と未来を取り上げていた。その番組の予測通り、現在時点でそれぞれをふり返ってみると、「EU」は英国離脱問題で大荒れ、米大統領選も大変な事になっている。
「ロシア」はどうだったか。1月10日に放送された「大国復活の野望・ロシア・プーチン大統領」と題する回でプーチン大統領がこう言い放った。
「EUやNATO軍やアメリカのやり方はひどい。我々ロシアの国力増強・経済成長を阻害する重大な要因になっている」
プーチン単独インタビューは大変な難関と聞いていて、NHKもロシアの放送局からこのインタビュー映像を入手したものと思われた。私は「ロシアから見るとEUやアメリカもそう映るのだ。」と軽いショックを受けると共に、『世界の台風の目』ロシアに関する何かの作品をニコニコドキュメンタリーでやるべきだという強い思いを持った。
しかし、ロシアへの海外メディアの取材の壁は厚く、ロシアの内状を描いた米・英・仏のドキュメンタリーも少ない。しかも「ニコニコ」でやるにはかなりユニークな作品を入手しなければユーザーは納得しないだろうと、なかなか機会を得られないでいた。
しかし、きっかけは意外と早く訪れた。
今年4月、久々にフランスのカンヌで行われたMIPTV(国際映像マーケット)。各国のメディアが出店する世界最大級の映像マーケットである。私は25年前から10回ほど出席したが、そこで意外なブースを見つけたのだ。
「ロシア国営放送」
25年間でロシアが出店しているのを見るのは初めてであった。立派なブースで作品も豊富だ。我々はその中から2つの作品を選んだ。その一本が「プーチン大統領のすべて」という、2時間31分にも及ぶ超大作のドキュメンタリーである。
やっとのことでニコニコでの配信権が獲得出来て、おそらく今回が日本初の「ロシア国営放送作品のノーカット上映」になるだろう。しかも、題材はロシア最高の権力者「ウラジーミル・プーチン大統領」である。国営放送はまさにロシア連邦政府に運営される放送局。ロシア国内向けに製作された本作品はおそらく、かなりの資金がつぎ込まれ、プーチンと政府サイドの言い分を取り上げた内容になるだろうと予測された。
かくして日本語字幕がつき、初めて本編を見る。何とプーチン大統領の単独インタビューもしっかり入っている。山あり谷あり、かつ意外と冷静で、かなりの重量級の力作となっていた。
1991年12月、ソ連が崩壊し、エリツィン大統領が民主政権を立ち上げる。
しかし、体調不良のエリツィンは1999年、無名の元KGBエージェントのプーチンを大統領代行に任命、2000年の総選挙で大統領に就任する。
私も勉強不足で恐縮だったが、この時点でロシアは、経済面でも外交面でも内政面でもボロボロで国家の体(てい)を成さなくなりかけていた。巨大財閥が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)して利権を漁り、ロシア連邦内の各共和国は中央政府のコントロールが利かなくなっていた。さらにイスラム原理主義者とのチェチェン紛争、極度のエネルギー不足、内外債務対策、原子力潜水艦沈没、9・11以降の米軍イラク侵攻対策、モスクワ劇場占拠テロ、世界同時不況によるロシア経済の落ち込み、ウクライナとの関係などなど……この大国にはトラブルの種は尽きない。それにどう対処して来たか、プーチンと側近の証言が続く。
これはロシア連邦及びプーチンから見た、「ロシアの波乱の現代史」の物語である。
プーチンの専門家によっては、彼の強引なやり方や方法論の是非に意見の分かれるところもあるのはもちろんだが、この広大で複雑な国家を為政者としてどうまとめて来たか?という、彼らの証言は一見に値すると思う。少なくともプーチンには強力なリーダーシップがあり、それは欧州や米国の行動原理とは異なることはわかる。我々、アメリカを中心とした西側の論理の中で動いている世界とは異なる、ロシアの言い分を聞くには最良のドキュメンタリーであろう——例え、ロシアの「言い分」が一方的で極論であったとしても。
『プーチン大統領のすべて』は、ロシアという我々にとって近いようで遠い国を、“彼らの側“から知りうる稀有な作品である。昨今の国際情勢に興味がある方のみならず、広く多くの方に見てもらい、考えるキッカケになってもらえれば。そう思う次第である。(了)