なぜ行方尚史は十五番勝負を望むのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.17】
6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。
類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?
ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。
「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。
■前のインタビュー記事
・総括、第3期叡王戦(佐藤康光九段)【vol.16】
叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー
シード棋士 行方尚史八段(前期叡王戦ベスト4以上)
『なぜ行方尚史は十五番勝負を望むのか?』
行方尚史八段。強豪である。
第3期叡王戦では準決勝まで勝ち進み、今期は予選をシードされて本戦からの出場となった。
私が行方に初めて会ったのは、2017年11月。
将棋の街・山形県天童市でだった。
天童をホームタウンとするサッカークラブ・モンテディオ山形と、私が作品を通してコラボしているFC岐阜の試合において、将棋&サッカーコラボマッチが行われることとなり、我々はそこに招かれたのだった。
将棋&サッカーコラボマッチを第1回から支え続ける野月浩貴八段のきめ細やかな配慮や、アテンドしてくださった天童市の職員さんのおかげもあり、1泊2日の行程は非常に楽しいものだった。
ところで試合は、Jリーグの歴史に残る大雪となった。
FC岐阜が先制したものの、雪が降り始めた途端に山形の選手達が生き生きと躍動し始める。
逆に、温暖なスペインからやって来たFC岐阜のキーパーは珍しく大量失点を許し、ヤケになった岐阜のサポーターが服を脱いで上半身裸になるなど、終わってみれば岐阜にとって散々な試合となった……。
傷心の私にとって唯一の慰めは……楽しかったプロ棋士たちとの旅の思い出である。
私の取材も兼ねていたこともあり、行方、野月、そして佐藤和俊六段と将棋連盟の職員さんや天童市の職員さんに私を加えた一行は、一台のバンに乗って、天童の名所を巡った。
車の中では行方が中心となって、楽しいトークに花が咲いた。
中川大輔八段との、あの歴史に残る23時間15分の死闘のことが対局者本人の口から聞けるなど、取材としても本当に貴重な時間だった……。
そんな行方との再会、しかもまた一緒に仕事ができるとあって、私はウキウキしていた。
ポロシャツ姿で現れた行方は、あの時と同じように笑顔を浮かべ、再会を喜んでくれていた。
しかし。
その口から語られ始めたのは……衝撃の提案であった。
──サッカーのときにご一緒させていただきました白鳥でございます。よろしくお願いします。
行方八段:
大変な天気でしたね。
──いや、本当にもう(笑)。
行方八段:
今日は他に何人かインタビューを?
──今日はそうですね、佐藤会長が今、終わりまして。で、行方先生と、そのあと丸山先生にお願いしております。
行方八段:
丸山さん何時からですか?
──丸山先生は1時間後です。
行方八段:
じゃあちょうどいいですね。
──それぐらいでよろしくお願いいたします。
行方八段:
はい、よろしくお願いします。
まずそうですね(お願いしますと言ってすぐニコ生将棋スタッフの方に身体を向けて)まず運営さんに、今回の仕組みをね。本戦のね、仕組みをね。どこまで決まってるのかが全然私、聞かされてないんで。24人っていうのしか知らないんです。もう決まりました? 細かいこと。
ニコ生将棋スタッフ:
ええ。もう完全にフラットな状態で……。
行方八段:
フラットで。フラットに抽選やる?
ニコ生将棋スタッフ:
フラットに抽選です。誰がシードということでなくて、24人もう横並びで、はい。
行方八段:
横並びで。あ、じゃあ抽選自体も公にやるっていう感じなんですか?
ニコ生将棋スタッフ:
そうですね。一応。
行方八段:
完全に対等な抽選。平等というか、特に誰がシードされるかとか決まってるわけではなしにですか?
ニコ生将棋スタッフ:
あ、そうですね。はい。
行方八段:
24人でどうやってシードを決めんのかなって、ちょっと疑問に思ってたんです。
ニコ生将棋スタッフ:
あ、そうですね。ちょっと変則というか……人数も、変わったところがございますので。
行方八段:
32人にすればいいじゃないですか。
──ああ、なるほど。24人だと本戦でもシードが発生してしまうわけですね。32人ならそれがない、と。
行方八段:
ちょっとね、24人だと……まあ、勝てば対局料が増えるからいい、いいという受け取り方もありますけど(笑)。
ニコ生将棋スタッフ:
いえいえ。
行方八段:
まあちょっと……平等になるかどうかは分からないですよね。
ニコ生将棋スタッフ:
そうですね。先生がおっしゃるとおり、ちょっと筋がね、悪いところがあるなって。
行方八段:
うん。本戦でどうやってシードを決めるのか気になってたんです。前期ベスト4の人をシードにするのかな、とか。でもそれもちょっとおかしいのかなって思って……どうしようかなと。
だから32人にしたらどうですかね? もう。
──今からですか!?
行方八段:
まあ、来年もある。
──来年から(ホッ……)。
行方八段:
今年はしょうがないとして。まあ、みんなで作っていく棋戦ですから。はっはっは。
ニコ生将棋スタッフ:
そうですね。5期のことももちろん、先生からそういったご意見があったことは伝えておきますので。
行方八段:
ええ、ええ。ちょっとね、やっぱり、それだとちょっと仮に1回戦でものすごいカードが出現して。で、さらに2回戦でものすごいカードが……まあ要するに、シードのほうが多少有利ですよね?
ニコ生将棋スタッフ:
そうですね。
行方八段:
そこをうまいことやるのが難しいんだったら、やっぱり、もう、いっそのこと32人に増やすようにできればと。
ニコ生将棋スタッフ:
なるほど、なるほど。
行方八段:
はい。本戦のやり方に関してはこれで承知しました。
ニコ生将棋スタッフ:
ああ、いえいえ。ありがとうございます。はい。
行方八段:
(白鳥の方を向いて)じゃあ、お願いします。
──お願いします。今のお話というのは、つまり……行方先生は対等な勝負というところをすごく意識しておられるということですか?
行方八段:
対等。ああ、そうですね。
──例えば他の棋戦だと、前期で挑決に進まれた方はこのシード枠に固定というようなシステムが決まってて。それは大丈夫ということでしょうか?
行方八段:
もちろんそれは決まってることなんで。それに、あれじゃないですか。まあ、それはあくまでも。
──勝ち取っていったという。
行方八段:
ええ、勝ち取ってるし。
──その辺りの、棋士としての公平性とか、勝負における心構えとか……そのあたりについてもっと教えていただけますでしょうか?
行方八段:
いや、それを突き詰めていくとですね。私は叡王戦はそもそも、ずっと予選から、もう七番勝負まで1時間でやってほしいと思ってるんですよ。ええ。
(再びニコ生将棋スタッフの方を向きながら)もうね、ぜんぜん話に入ってきていただいて構わないんで。
──(同じくニコ生将棋スタッフの方を向きながら興奮して)そうですね! 面白いですね、これはもう……こういう対談も面白いですよね!
行方八段:
(さらに興奮して)そうなんですよ! 私はね、もう時間の長さで棋戦の格を決める時代は終わってると。1時間でいいと思ってるんですよね、もう。
──なるほど! それは、1時間の勝負が面白いからということなんですよね?
行方八段:
うん。見てる人にとって面白いだろうし、やってるほうにとってもそれで十分ですよ。
あと、やっぱり休憩がないんで。休憩というのはやっぱり勝負の上で 、すごく違う要素が入り込んでくるから、私はフェアじゃないと思う(笑)。
──なるほど。本戦になって、持ち時間3時間になって休憩があるというところが、ちょっと行方先生的には不純なものが入り込むという。
行方八段:
はい。そうです、そう。
──1時間で済ませられるなら、もうそれでいいじゃないかと。
行方八段:
はい、はい。それでいいじゃないか。ええ。
──例えば休憩なし3時間っていうのも、あり?
行方八段:
ああ、ありですね。はい。
だから、15時に始めるでしょう、叡王戦。全然、休憩なしでもいいと思ってます。
記録が大変だけどね(笑)。
──まあ、そうですね。記録係が(笑)。
行方八段:
記録は別になんか1回ぐらいトイレ行ってもいいし。
──トイレ休憩。
行方八段:
ええ。残り30分とかになる前に。
1回ぐらいは行っといていいからって。そういう人権的なものとかを配慮しながらやれば。うん。
──いや、これは面白いですね! なるほど、なるほど。
行方八段:
私は、これからの時代はそれでいいと思っていますので。
それ、あの質問にも……あれ全部、白鳥さんが考えられたんですか?
──ああ、事前にお送りした質問は、はい。全て考えさせていただきました。
行方八段:
単独行動したとか。
──行方先生が名人戦で、対局前日の移動日に単独行動で単身対局場の高山に乗り込んだことですね。
岐阜県高山市で行われた第73期名人戦第2局で、行方は、対局者である羽生善治(当時名人)らとは別行動を取った。
対局者が関東と関西にわかれているのならばまだしも、関東の棋士同士で別行動を……しかも名人戦の対局者がたった一人で東京から岐阜まで移動するというのは非常に珍しい。
そんな行方の姿を余すところなく書ききった朝日新聞・佐藤圭司記者の観戦記は、将棋ペンクラブ大賞の観戦記部門で大賞を受賞した。
私はこの時のことをさらに深く知りたいと思い、事前にそれを質問事項としてまとめ、行方に送っていた……。
行方八段:
指しかけの夜とかに……例えば宿と対局場が離れてたりするじゃないですか? 皆さん車で移動するんですけど、私はできるだけ、やっぱりその町の空気を吸い込んで……。
──吸い込んで。
行方八段:
吸い込んで、それでやっぱり勝負に向いたいから。その町に馴染んでやりたいから。
ちょっと歩いて20分くらいの距離とかは、別に歩いても……和服とか、まあ大きな荷物は、前の日の検分のときに置いておいて。
そのあとは、もう本当に、本当、こんな感じで(自分の着ているポロシャツを引っ張りながら)格好で、はい、気軽に、気ままにやってたんですよ。ええ。
──もうそれが、外にも出られないという。
行方八段:
ええ。出れらないとかになったら、もう2日制とかやる意味ないと思うんですよね。
──ああ、なるほど。その場所の空気を吸って、それを対局に生かせないのであれば、場所を移る必要はないということですね?
行方八段:
場所を移す必要がない。そうです。ええ。
もう、それ、別に地方でやる意味もまったくないと思うので。
──それは地方出身の行方先生がおっしゃるからこそ重みがありますよね。地方って、やっぱりうちを盛り上げてほしいとか、いろいろそういうこともあって、対局を誘致するわけで。
行方八段:
今の仕組みだとあれですよ。もうおそらく、どんなに風光明媚な町に行っても、もう宿の。
──景色しか見えない。
行方八段:
景色だけ。
──宿の中しか見えない。
行方八段:
宿と対局場の景色しか見えないという。
本当に外の空気は吸えないという。ええ。ナンセンスだと。
──そうですね。行方先生が名人戦で高山の町を散策してくださったようなことは、もうできないということなんですね。
行方八段:
まあ羽生さんも、そのときは結構、指しかけの夜とかにコンビニで見かけたみたいなことが観戦記に書かれていましたしね。
──外を歩かれますもんね、羽生先生も。
行方八段:
やっぱりそうしないと、2日間の勝負では持たないというのがありますね。ええ。
それで結局あれですよね。羽生さんも結構、苦しんで。2日制の戦いで苦しんでるんじゃないかなと。
──あ、なるほど、なるほど。
行方八段:
まあ結局、ここまでやっぱり、いろいろ問題も起こったし。実際問題やっぱり、そういう、なかなか公平性を保つのは大変になってるし。
もうやっぱり極論としては(持ち時間を)短くして、休憩とかをもう。
──休憩がなければいいじゃないかと。なるほど。
行方八段:
休憩によって紛れが生じて、それによって自分は助けられてきた部分も確かにあるんだけど(笑)。これからの時代は休憩がないほうがすっきり戦えるのでは?という思いがある。
──それができるのが叡王戦の良さじゃないかということですね。
行方八段:
そうですね。もう見てるほうはやっぱり1時間でも本当にね、スリリングで楽しめると思うんですよね、はい。
──不正の問題とかはあっても、中継されてるのであれば不正しようがないわけですもんね。
行方八段:
はい、短ければ短いほどいいんじゃないかと。1時間で。
──ところで、行方先生はどちらかというと……。
行方八段:
はい。長考派っていう(笑)。
──ははははは!
行方八段:
いや、いや。まあ、これは難しい問題なんです。私そう、前期の叡王戦で、1回戦が澤田六段、ね。三重のね。うん。彼が……。
──よく千日手になる(笑)。
行方八段:
そう(笑)。それも千日手だったんですけど。
彼がその感想戦のときに、この部屋で……『3時間は早指しです』と言い放って。ははははは! 私はもう驚きました(笑)。
──あれはみんなビックリしました(笑)。
行方八段:
まあ、そういう人もいますけどね。とはいっても、澤田くんなんて早指しでもがんがん勝ってますし。まあ、半分冗談だと思いますけど(笑)。
そういう人もいますけど。今の時代やはり、それよりも公平性ということを考えると。
──休憩は要らないと。
行方八段:
休憩は、もうホントだから、5時間の将棋っていうのはもうなくしたほうがいいと思ってる。
最大で4時間。4時間って昼休だけでしょう。まあ昼休くらいはいいじゃないかと、人間の生理的に 。
タイトル戦も、王座戦なんかも、もう、叡王戦と同じようにチェスクロックになって。夕休……挟むと逆にやっぱりおかしくなるもんね。もう時間が少なくなってるからね。
──そうですね。叡王戦になると5時間で、まあ軽食という形でサンドイッチみたいなものが最後に来て。非常に短い休みが……。
行方八段:
ああ。30分ですか?
──(ニコ生将棋スタッフを見つつ)30分ですね?
ニコ生将棋スタッフ:
はい。
行方八段:
それは名人戦と一緒ですね。名人戦の2日目の夕休と一緒ですね。
──それぐらいでも、ちょっとやっぱり?
行方八段:
うーん……。
──それぐらいなら食わなくてもいいじゃないかぐらいの?
行方八段:
まあ、記録の問題はあるんですけど……どうだったですか? 今回。
5時間は、まさに白鳥さんが観戦されたやつでしょうけど。
──あっ、そうですね。第1局は、対局室から夕休を記録係の子が取れるところが離れてたんです。雨も降ってて。で、もう、走ってきて、詰め込んで走って帰るみたいな感じで。まあ、トイレに行けただけよかったのかなと思うんですけどね。
行方八段:
ええ、記録はまあ、食べるっていうよりもトイレにじっくり(笑)。
──ははは。じっくり。
行方八段:
慌てずにトイレに行ける時間があるかと思って。
──あとは、まあ、時計の電池が切れるんですよ、5時間だと切れかけて。で、2局目は確か切れちゃったんですよね。
行方八段:
ああ、なるほどね。今までない状況だから大変だったですね。
──機材チェックという意味でもやはり、多少の休みは必要かもしれない。トラブルのときですね。まあでも、対局時間が長くなきゃそれも起こらないわけで。
行方八段:
そうですね。
──そうなんです。
行方八段:
1時間でやってあれですね。もう十五番勝負でやる!
──ははははは! ああ、なるほど。1時間は1日2局なので。
行方八段:
1日2局で。
──それは確かに面白いですね(笑)。
行方八段:
十五番勝負でいいんじゃないかと(笑)。
──8本先取の十五番勝負で! それは面白い発想ですね(笑)。
行方八段:
で、15局目までいったらニコファーレでやって(笑)。
ニコ生将棋スタッフ:
それはすごい(笑)。
──行方先生としては勝負に不純な休憩とか、そういうものはもう取り払う。
行方八段:
お休みは、もうどんどん、極力やっぱり減らすべきだと。ええ。ええ。
──なるほど。いやあ、これはちょっともう……事前の質問が(笑)。
行方八段:
まあ、そこは白鳥さんが(笑)。
──上手くまとめますからね(笑)。
行方八段:
もう(話すのも)2回目だから。まあ前回、天童で会ったときも。
──そうですね、そうですね。結構お話しさせていただいて。まあ、そのときのことも含めて、私も今回、書かせていただこうと。
行方八段:
白鳥さん、あれですね。叡王戦の1局目、観戦記、拝読させていただきました。
──ああ! ありがとうございます。
行方八段:
いや、いや、非常に素晴らしい内容で。
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──いや、いや、いや。私は将棋が弱いので、ああいう、その……心情に迫ったというか。このインタビューでも、皆さんの主張をぶつけていただきたいなっていう。やっぱりそれをファンの方も望んでおられると思いますので。
行方八段:
あれでだいぶね、七番勝負も盛り上がったんじゃないですか。
──ああ、いや……ありがとうございます。
行方八段:
2人のやっぱりね、キャラクターが。あれで盛り上がったんで。ええ。
いや、ちょっとですね、残念に思いましたね。あれは。せっかくああやって書いていただけるんだったら、もうちょっと頑張ったほうがよかった(笑)。
──ははははは! ただ、準決勝のときの行方先生の悔しがりようというか……。
行方八段:
悔しいというかですね、悔しいというか……やっぱり自分の不甲斐なさに対する怒りですね。
──やはり、相掛かりの出だしから、形勢を損ねる段階が少し早かったというのが?
行方八段:
ひどい自爆をしてしまいました 。
──あれは気合が少し、その……。
行方八段:
空回った? うーん……そうですね。まあ、なんか全てにおいて違うような将棋だったかな…… 。
……これがタイトル戦に直結する勝負なのかっていうことに関しては正直、やはり、自分の中で……。
葛藤。うん。だからやっぱり、どうしても違和感を感じたままっていうところはありましたかね。ええ。
──そのときもやはり、もう1時間でやればいいじゃないかっていう気持ちはありましたか?
行方八段:
それは……もう始まっちゃってるから。まだ始まる前にはそういう、前回も同じことをやっぱし言ってたんですけど。
──あ、言ってたんですか。
行方八段:
というか、1時間だと思ってたんで。
──あ、思ってたんですか。
行方八段:
思ってたから。で、本戦に入ったら3時間、え? なんで? 1時間でいいんじゃない? と思ってたんですけど。まあ、それはそれで、まあ、澤田戦とか千日手があったりとかして、まあ、いろんなことあったんで。
まあそれに3時間になったからといって、10時スタートじゃなくて、15時スタートなんで。
まあ、その、のんびりとできるっていう。
──朝は少しのんびりしたいっていう?
行方八段:
ええ。朝は、うん。そういう意味もないわけではないです。
──そういう意味でいくと(叡王戦のシステムは)行方先生にちょっと合ってるところもありつつ……。
行方八段:
ええ。自分で調べたことはないんですけど、おそらく10時開始よりも午後開始の棋戦のほうが勝率は高いと。
──なるほど(笑)。ただ、なかなか午後開始の棋戦に行方先生が出られることは……。
行方八段:
ないから、ないから(笑)。
──NHK杯とかですもんね。
行方八段:
NHKも自分で決められるもんじゃないんで、まあ、午前、午後ってあって。ええ。この間も午前の収録だったですけど。銀河戦もそうですね。
銀河戦はたまたま、本当にたまたまですけど、全局、午後から収録だったんですよ、今回。で、まあ運良く決勝までいっちゃって。
──『これはいい!』という感じだったんですかね? やはり。
行方八段:
そんなこと言うと、朝からの棋戦に(笑)。
──怒られちゃう(笑)。
行方八段:
いや、もちろん早起きして、極力、ええ。朝の棋戦に……25年やってる棋士の言葉じゃないけどね(笑)。
──タイトル戦も11時くらいから開始してほしいとか?
行方八段:
いや、それは別に、9時開始の持ち時間4時間でいいと思ってます。全部のタイトル戦が。昼食休憩だけでいいと。
あと、そうそう。あれですよね。運営さんに(ニコ生将棋スタッフを見つつ)前回、準決勝が平日だったんで、やっぱり土日にやってもらいたいというのがね。
ニコ生将棋スタッフ:
確かにおっしゃるとおりです。
行方八段:
あと、そうですね。和服は……今回、あれですよね? 挑決が三番勝負なんですよね?
ニコ生将棋スタッフ:
そうですね。
行方八段:
そうなれば、たぶん自然と着る、かもしれないんで。あんまり強要しないでもらいたい。いや、私も結構、わがまま言ってあれなんですけど。
ニコ生将棋スタッフ:
いえ、いえ。
行方八段:
それは自然に着るっていう感じのほうがいいと思うんで。はい。
──なるほど。番勝負以外で和服を着るというのは、やはりちょっと違和感が?
行方八段:
あと、一番の違和感はですね(5階の)そこでやるわけですけど、隣で。
──はい。
行方八段:
2人とも和服着て、きちっとしているんだけど……盤が汚いんだよ!(笑)
ニコ生将棋スタッフ:
それはいけないですね。
行方八段:
盤がね、ちょっとね、もうボロボロなんですよ。準決勝ぐらいになったら特対(4階の特別対局室)でやるべきで。
盤が普段の5階用だから。格、グレードが、ガクッと落ちるんですよ。
だからせっかくのこんな大きな勝負なのに、なんで盤はつり合ってないんだろうって。まあ、できるだけ……1回戦、2回戦はいいんですけど。準決勝ぐらいからはちゃんと特対でやったほうが。
ニコ生将棋スタッフ:
いや、それはおっしゃるとおりですね。
──ああ、なるほど、なるほど。そこに違和感が。
行方八段:
うん。ちょっとつり合ってないもんね。ええ。
──つり合ってないものもあったんですね。なるほど。今回もちぐはぐなところがあったかもしれませんけども、本戦にシード棋士の1人として出られるということになって、意気込みというか、今回はこうしてやろうというお気持ちはどんなものがありますか?
行方八段:
そうですね……やっぱり昨年に増して豪華メンバーになったという印象がありますので。
誰が来ても大変でしょうけども、まあ、自分としては、そうですね。やはりちょっと、まあ前期の準決勝っていうのはやっぱり悔いが残る勝負だったんで。
どんな状況になっても全力を出し切れるように心構えをつくっておきたいなというところです。
──なるほど。事前にお送りした質問から離れてしまったんで、ちょっと戻りたいと思うんですが……先期の結果として非常に若いタイトルホルダーの誕生ということになったんですが、行方先生としてはどうお感じになっておられますか?
行方八段:
今の若手は羽生さんたちを見て将棋をやった人たちなんで、皆さんやっぱり賢いですね。
賢くて、なおかついろんなことを飲み込むスピードが速いですね。飲み込んで、それを消化して自分の力に変えるという。自然とやはり、賢いだけじゃなくて勝負師としての面も……上がっていくうえで自然と備わってきてるし、非常に厄介だなっていう。
厄介だなっていうのは、もう何年も前からあったんですけど。まあ、それがやはりもう完全に大きな流れになって。
もう飲み込まれつつある状況ですけど、なにくそと今もう、ここでふんどし一丁で……。
──でも行方先生も40歳近くになってタイトル挑戦っていう結果を出してこられたわけじゃないですか。若い方が有利という中で珍しいこととして当時も取り上げられたと思うんですが……結果に結び付けるためにはどういうものが必要だったと思っておられますか?
行方八段:
ああ、やはりちょっと私の場合は……そうですね、心のどっかで浮ついてた部分もあったと思うんですね。
やっぱり、いつかいけるよっていう思い、いつか順番来るよっていう思いはどっかであったのかもしれません。
竜王戦で挑決にいったのは新四段、20歳のときで。で、それからの十数年というのは棋聖戦で2回ベスト4に出たことがあったんですけど、挑決まで行ったことは一度もなくて。
だんだん、だんだん、もうベスト4とか本戦入るのも厳しくなってくるような感じで、それに甘んじてたというか……危機感が足らなかったかもしれないです。
──そこを持たれたということなんですかね。危機感を。
行方八段:
40近くなって、はい。
──ご結婚とか、そういう転機もあってということなんですか?
行方八段:
それももちろんありますね 。
──以前インタビューで、ずっといい目を見せてあげられなかったと。その気持ちが結果につながっていったとか?
行方八段:
それは妻のみならず、やはり地元の。
──応援してくださっている方々にも。
行方八段:
ええ。ただ結局あれですね。挑戦して、それでやっぱりどっかで満足しちゃってた部分があるのかもしれないです。
私が非常に悔やんでいるのはですね、今まで大きな舞台でいい将棋を指してこられなかったと。
タイトル戦に2回出ましたけど、今振り返ってみて……今振り返ってみて、自分が納得いくような内容の将棋は果たしてあったのか?という。 2局ぐらいしかないのかなっていう。
そこはやっぱりあれですよね。うん、やはり相当、準備の段階から、心構えがちょっと甘かったんだろうなってところがあって。
もう4~5年くらい前から状況が激しく、競争は激化してより厳しい状態になってるんですけど。なんとかそこんところを、自分なりのやり方で……。
やっぱりもう1回……そうですね、もう1回大きな舞台に立ちたい。立っていい将棋を指したい。今度はいい将棋を残したいという、ええ。
──タイトル戦の舞台に立たれたからこそ、また思うものが生まれたということなんですかね。
行方八段:
そのときはそのときで必死にやってたつもりだったんですけど、やっぱり今考えてみるとあらゆる面で甘かったなというところがあるんで。
──劇的な勝負でしたけどね。敗局で恐縮ですが……羽生先生との王位戦第1局の、不発だった角のレーザービームとか。
行方八段:
なんか中二病みたいな感じで、あれは恥ずかしい(笑)。
──人間らしくて私はすごく行方先生の言葉は好きですけどね。例えば大川慎太郎さんの『不屈の棋士』(講談社)もすごい面白かったです。やっぱし読む側としては。
行方八段:
そうですね、一番関わり方が難しい時期の話だったから、うん。あれから何年もたってだいぶ考え方も変わってますけど、ええ。ちょっとあのとき何話したか思い出せないです、もう。3年くらい前ですかね、そういった取材されたのは。
──ファンとして衝撃だったのは、行方先生も一度(将棋ソフトを)使ったことがあるよっていうね。
行方八段:
あれ、当時は……なんだっけ。『激指』でしたっけ。『激指』を買ってやった覚えはありますけどね。
それのときはやっぱりちょっと、馴染まないなと思って……。
今はまたちょっと、考え方違いますね。
──そうなんですか?
行方八段:
ええ。例えば藤井くんとかが出てきて。
藤井くんは詰将棋とソフトの両輪というか、アナログとデジタルっていう両方をうまく駆使して急速に伸びたっていう印象なんで。
まあ、そこのところはやっぱり僕も柔軟に考えなきゃいけないなと。彼の存在によっていろいろとやっぱり、考え直した部分はあります。
──藤井先生も行方先生と対局したいとか、かっこいい先生だっていうことをおっしゃっておられ、そのこともお伺いしたかったんですが……どうですかね? 藤井先生のことは、行方先生は早くからご存知で?
行方八段:
ああ、そうですね。相当早くから、ええ。
詰将棋解答選手権のチャンピオン戦ってのがあって、私もずっと出てるんですけど、そこに小学2年生で初出場したのが藤井くん。
で、プロ棋士もいる中でいきなり13位。かなりびっくりして。トントントンッて4年後には小学6年生で優勝ですからね。
今年もまざまざと違いを見せつけられて、ええ、さすがにあのレベルの問題を全問解けるっていうのは……うーん、人間業じゃないですね。ヤバい(笑)。それを体感したいから解答選手権に出てるような感じで 。
──その藤井先生が行方先生から何かを得たいと思って、『魂の七番勝負』で対戦相手に選ばれて。
行方八段:
どうなんですかねぇ? ただ単に解答選手権で、僕もずっと出てたから、それで親近感はあったんじゃないかなと。私は勝手に思ってますけどね(笑)。
──対戦してみてどうでしたか?
行方八段:
もう1年以上前なんで……そうですね。まあやっぱり終盤の、うん、切れ味が半端じゃないって。まあ誰でもそう言うでしょうけど、私も……。
ちょっと自分がいいかなと思った局面から、ちょっと気が付かない手、指されて。気が付いたらもう切られてたって感じだったですね。
──もともと詰将棋が強い子がこういうふうに伸びるなら、ソフトもありじゃないかって。そう思われたってことですか?
行方八段:
そういうことはありますね。あと、前期の叡王戦本戦で結構上まで勝ち進んで。そうすると感想戦とかでソフト使ってやるじゃないですか。大盤の横で感想戦を。
やっぱりそこで自分が、まあ、気が付いてない……なんですか。へんてこな手じゃなくて、本筋な手を提示されたりとかすると、『ああ、なるほどな』と思って。
やっぱちょっと、うん、柔軟にいかなきゃな、考え直さなきゃいけないかなっていうところは、ええ。奇天烈な手なんかもありますけど……澤田戦の感想戦のときとかに結構、本筋の手を示されて。
さらにそれが腑に落ちるもんだったんで、やっぱりちょっと考え直さなきゃいけないなと思ったんですね。ええ。
やっぱりそう、いろいろあって。うん。ちょっとあのときとはだいぶ考え方が変わってますね。当然ですけどね。ええ……まあ、数年間まったく勝てなかったっていうのも、もちろん大きいんですけど(笑)。
──行方先生の、でも、コンピューターに頼らない、わが道を行くというところが、ファンにとっては憧れるところでもあったと思うんですが。その辺のそのバランスというか……ソフトを無条件に取り入れるわけではないですよね? 今おっしゃったように。
行方八段:
ずっとソフトとの関係性は考えていましたよ 、ええ。
……ここ数年、あえて矢倉に活路を見出そうとしてたんだけど、昨年の順位戦で木端微塵に飛ばされた……さすがにマズイと…… 。
意固地になって矢倉にこだわり続けた結果、狙い撃ちされるっていうことになってしまったんで。その辺は、やっぱり……限界があるかなと。
──藤井聡太先生にもインタビューさせていただいたんですが、もともと矢倉党だったとおっしゃってた。角換わりはちょっと消極的というか、受け身なので自分に合ってないと思ってたと。でも、それが厳しいと感じたと。コンピューターが出てきて、三段リーグの途中で切り替えて角換わり党になったっておっしゃってたんで。
行方八段:
ああ、僕が最初に藤井くんの将棋見たのはたぶんその、岡崎将棋まつりの佐々木勇気戦で、それを『将棋世界』で見た。そのときに矢倉だった。矢倉だったんですよね。
──まだ矢倉でっていう感じだったんでしょうね。ただ……。
行方八段:
途中で変わった。どこで変わったのかな? って。
矢倉はお互いの呼吸が合わないと、立ち会いの呼吸が合わないと成り立たなくなっちゃってるんで。もう相手はすぐに変化できる。今までみたいなじっくりと……先手が攻めて後手がカウンター狙いみたいな展開にさえならなくなって、重厚な戦いにならなくなってきてるんで、ええ。
──そこで言うと、髙見叡王が使っておられるような矢倉はどうですかね? 新しい……。
行方八段:
ああ、だからそういうことになってくるわけですね。そういうことになってくるんですけど、それさえもまあ結構、やっぱり早繰り銀みたいな感じでされるとじっくりとした展開にならないですよね。昨日の王座戦(第3局)とかもそうですけどね。ええ。
──ああいう戦いになってくと、行方先生もちょっとフォームチェンジというか?
行方八段:
まあまあ、あれはあれでありだと思いますけど。要するに分かりやすく先手が攻勢取れて……まあ僕後手も好きだったですけど、しばらく受けてカウンター狙って最後8六桂どんと決める(笑)。そういう感じの将棋にもうならなくなっちゃってるんで、うん。
だからもう矢倉といってもまったく別物だなーという感じで。今までの自分が好きだった矢倉ではないなって感じで。
で、まあ、今はいろいろと……まさに前期の叡王戦の準決勝辺りから相掛かりとかやって。あのときは全然何も分からないでやってましたけど。
──あのときからもうすでにフォームチェンジを考えておられて、そして1年たってまた新たに本戦に来られたということで……どうですか? 新しい行方先生を見せる準備というのはもう整ったという?
行方八段:
今はそうですね。ちょっと前よりはだいぶクリアな感じで将棋を指せてると思うんで。
──じゃあもう新たな行方先生の面白い将棋を見させていただくことができると。
行方八段:
そうですね、まだまだやはり強くなれるのではと。
やはり新鮮……将棋やってていろいろと今までになかったものがどんどん出てきて、それに対する驚きがあって。やっぱり、それは面白く感じるんで。
──楽しい?
行方八段:
そう感じるようになってきたというところですね。ええ。例えば雁木なんかもそうですね。なんか最初のころは全然、意味が分からなかったですけど。今はその面白さも分かるし。
やっぱりA級に4~5年いて、どうしてもA級の将棋を指さなきゃいけないみたいな……肩に力が入ったところはあったんですけど。
今はその肩の力が抜けて、柔軟にやっていこうという感じになったということですかね。
──行方先生は、大山先生の直系じゃないですか。
行方八段:
はい。
──そこでやっぱり、大山先生に……大名人に恥ずかしくない将棋をっていう気持ちはあったんですか?
行方八段:
ああー……やっぱり名人戦に出たころとか、そうだったですね。名人戦に恥じない将棋をと。その思いだけで……。
──その思いはやはり、強かった?
行方八段:
思いは強かったですけど、まあ結局、その思いに力が付いていかなかったところ。あと力が入り過ぎてたのかなってところもあるし、うん。
年々厳しくなってますけど、今は前を向けて指せているかなっていうとこなので、今の自分の将棋をお見せしたいと思ってますね。
このインタビューの後、行方は将棋連盟に対しても、今回の叡王戦本戦における1回戦シードの決め方などについて、自らの意見を提出している。
確かにニコ生ユーザーの視点としても、抽選会で(完全に運だったとはいえ)クジの結果が偏り、本戦1回戦で予選シード棋士同士が潰し合うような結果になってしまうなど、『もったいない!』と思ってしまうような組み合わせも発生した。
行方はこのインタビューで、ドワンゴの運営に対して、不満を述べていたのではない。
自らの意見をぶつけることで、誰にとっても気持ち良く戦える環境を、誰にとっても気持ち良く観戦できる環境を、整えようとしているのだ。
「みんなで作っていく棋戦ですから」
行方はこの叡王戦を、もっともっと素晴らしいものにしていこうという気持ちに溢れている。
そして何より、この叡王戦で……今度こそ、先期は果たせなかった最高のステージで将棋を指したいという気持ちに溢れているのだ。
自分が納得のできる、最高の将棋を。
ニコニコニュースオリジナルでは、第4期叡王戦本戦トーナメント開幕まで、本戦出場棋士(全24名)へのインタビュー記事を毎日掲載。
■次のインタビュー記事
・なぜ深浦康市は立ち上がることができたのか?【vol.18】
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