ボカロの演奏不可能曲ってどうやって弾いてるの? 超絶技巧6弦ベーシスト・BOHさんに聞いてみた(仮BAND新作の話も公開)
打ち込みとの融合で、ライブでの生演奏の良さが見直されている
——BOHさんがセッションミュージシャンとしての活動をどんどん本格化させていったと思うんですけど、それと同時に、最近はライブエンターテインメントと言う言葉をよく聞くようになっています。アニメの音楽にしても例えばBOHさんがバックバンドとして参加されたワルキューレ【※】のライブように生バンドでやるようになったり、セッションミュージシャンに求められるものって変わってきたりするのでしょうか?
※ワルキューレ
TVアニメーション『マクロスΔ』の劇中に登場する架空の女性5人組の戦術音楽ユニットであり、アニメに出演する女性声優・歌手5人による実際のユニットでもある。
BOH:
僕もそれは凄く感じていて、アイドルとかもそうですけど、ずっとバックバンド無しでオケを流してやるというが主流だったんです。でも、ライブとかを見に行くと、お客さん的にもバンドが付いて生のグルーブ、演奏が加わるということの方が贅沢に感じると思うんです。それと音が圧倒的に違うというのと、人間がやる感じというのがまた、最近になって見直されてきている。打ち込みは打ち込みの良さであって、人間は人間の良さでそれぞれあるんですけど、特にその両方の良さを融合させたショーというのが多いんです。
——打ち込みと生の融合ではミュージシャンにはどのようなことが要求されるのでしょうか?
BOH:
現場によっても違うんですけど、普通の生バンドみたく演奏だけで合わせれば良いと言うよりは、例えばダンスに合わせた同期の音源がなっていたりだとか、そういうものにも寄り添いつつ、生のグルーヴを出さないといけない、でも走っている打ち込みのシーケンスデータのクリックにジャストでピッタリ合わせながら演奏したらそれは良い演奏になるのか?と言ったら、そういうわけでもないんです。やっぱり面白くない演奏になってしまうので。それを上手いこと溶け込ませて、聴く人にも違和感を与えず、CDを流しているようには聞こえないんだけれども、CDと似たような演奏にはなるように演奏する。元のオリジナル音源が打ち込みだったとして、それを壊さないように生のグルーヴを加えるとか、そういう作業が必要になってくるんです。それはスタジミュージシャン全盛期の80年代や70年代〜90年代前半とかには無かったものなので、本当にここ何年かで物凄く普及してきたんです。
超パーティーなどのほとんど演奏不可能な曲を、特殊奏法を駆使しつつ演奏する
BOH:
超パーティーでも面白いのが、MMD(MikuMikuDance)だとかでは初音ミクとかVOCALOIDは歌がデータで、演奏は生じゃないですか? だから逆なんですよね。歌が生で演奏がカラオケというのが普通ですけど、その逆をやっているんです。
——歌は全部タイミングが決まっている訳ですよね。
BOH:
そうです。何回再生させても同じです。それにただ合わせるとツマラナイ演奏になってしまうので、歌のタイミングは毎回変わらないから、そこで生の演奏でどう全体をコントロールするか?というコトが出来て、尚且つ、超パーティーは何十曲も弾くコトになるので、それに素早く対応できるメンバーというコトで集められたのが、超バンドだったりするんです。
——実際にそういう生らしさを出す上での工夫というのは、どういったトコロになるんでしょうか?
BOH:
生の歌も、初音ミクとかとやるときも、同じなんですけど、その曲が一番伝えようとしているコトが何かというのをまずは理解して、その曲の大切な部分、例えばメロディのこういうトコロが伝えたいとか、この曲はメロディよりもリズムのノリを伝えたいだとか、そういうコトをみんなで共有をして、どういう演奏をするのか?という方向にいつも持って行っていますね。そういうコミュニケーションが僕は一番大切かなと思っています。
——打ち込みを生演奏でというと、演奏不可能な曲もあるのでしょうか?
BOH:
もちろんあります。特に超パーティーとかでは演奏不可能曲がほとんどです。
——そういった曲はどうやって演奏するのでしょうか?
BOH:
不可能だ、出来ないと言っていたら成立しないので、出来るようにちょっとだけアレンジしたりだとか、あとはそこで僕がよくやる普通に弾くのではない奏法、普通に弾いたら弾けないけれど、特殊な奏法を使えば、どうにか弾けるというモノのもあったりするので、そういうのを織り交ぜて、あたかも機械がやっているかのようなちょっと複雑なニュアンスをワザと出すだとかというのはやりますね。聴く分には大したコトないというふうに聞こえても、実際に弾くと本当に人間の手はコレしかないんだよと言うのもあるんですよ。もっと腕や指の本数が多ければ出来るけどみたいな。でも、そういうのをパッと聞いたときに聞こえてくる一番大事な音は何か?だとか、絶対にこの音がないと、ちょっとこのフレーズっぽくならないなみたいなのも譜面に起こせば判るので、それで大事な音だとか、一番伝わってくる音だとかは変えずに他の箇所をちょっとだけ変えたりという作業はしますね。
見た目も要求されるセッションミュージシャン
——セッションミュージシャンには見た目も結構要求されるというコトもおっしゃっていましたが、ルックスもあれば、パフォーマンスの部分もあると思うんですけれども。
BOH:
これも現場によってなんですけど、譜面を見ながら棒立ちでも良いからとにかくアーティストを支える、いわゆる上手な演奏をしてくださいという現場ももちろん今でもありますし、そうじゃなく、もっとバンドっぽく派手なステージングをしてくれだとか、そういう風に要求されるコトも現場によってはありますし、なので音楽だけじゃない一つのショーとして考えたときに、もう見た目も含めてが生バンドの面白さなので、ただ演奏すれば良いとか、ただ上手にフレーズ弾いていれば良いというだけだと、もう今は無理ですね。
——無理ですか?
BOH:
無理です。それはミュージシャンとして絶対無理です。どこにも呼ばれなくなっちゃうと思います。
——そういった上で普段から気を付けてらっしゃることとかありますか?
BOH:
体を鍛えるというコトはやっていますし、自分が嫌いだというのもあるんですけど、甘い食べ物だとかお菓子は一切食べません。そういう健康や身体への気の使い方はしますね。ただ酒も飲みますし、タバコも時々吸うので、全部悪いコトをやっちゃったら本当にただ悪いだけになっちゃうので、ケアはしています。人前に出てショーをするためにアーティストが自分の時間を削って頑張っているのに、バックで演奏する僕らがグデーってなっているというのは避けたいなと個人的に思っているだけですよ。
——そうしたライブエンターテインメントでのお仕事ってどれぐらい増えているものなのでしょうか?
BOH:
全体的に今まで打ち込みでやっていたものを、生でバックバンドを付けたいんだよという、打ち込みのオケだけじゃなく、生演奏をつけたいというのは、全体的な流れとして増えてきていると思います。
仮BAND結成&命名秘話
——仮BANDについてお伺いしたいんですが、メンバーの藤岡幹大さん(Gt.)、前田遊野さん(Dr.)と出会ったキッカケはどういうものだったのでしょうか?
BOH:
仕事でたまたま一緒になった現場があって、そこで直ぐセッションをやろうとかいう話にはならなかったんですけれど、ギターの藤岡先生が2015年の11月に「自分の主催のセッションがあるからちょっと前田くんとBOHさん来てよ」っていうふうに言われて、その時たまたまスケジュールも空いていたので、気軽なセッションだったらイイよって言って、やったのが最初のキッカケですね。
——その藤岡さんのセッションがキッカケということですが、それが仮BANDとして活動していこうとなったのはどういう経緯になるのでしょうか?
BOH:
ドラムの前田くんが鼻息荒くて。「このセッション、滅茶苦茶楽しいからどんどん続けましょうよ!」みたいな感じになって。僕らは別にやらなくてもイイんだけどな……みたいな感じだったんですけど(笑)。で、ちょうどその時にレコード会社の人も見に来てて。
——それは最初の時に?
BOH:
本当に最初です。ゆっるーいセッションですよ。やりたい曲を適当に選んで、ただ弾くだけっていう。
——そういうセッションがバンドとして継続するのは珍しいのでは?と思ってしまいますけど。
BOH:
そういう方たちもいますが僕らは特に意識していませんでした。でもその時のライブを1回見ただけで、「ウチからCD出してよ」みたいな感じになって、でその話にドラムの前田くんが物凄い反応しちゃって。「いやー、もうヤりましょうよ! バンドにしましょうよ!」みたいにもう鼻息荒いから、それにつられて、アレヨアレヨという具合にですね(笑)。
BOH:
じゃあ3人だけでやるのも厳しいから、毎回ゲストを変えて誰かに参加してもらってやっていこうとなったんです。それで才能のあるJAZZピアニストの桑原あいちゃんを迎えて2016年2月に初めてライブをやったら、チケットは昼と夜の2ステージあったんですけど30分でSOLD OUTして、お客さんも凄く楽しんでくれて、あいちゃんが入ることで物凄い良いライブというか、音も良いグルーヴになったので……。まあ、これは真面目にやらないといけないのかな(笑)って。
——その時にもうレコーディングをしてCDを出すということは決まっていたんですね。
BOH:
決まっていました。「年内にはレコーディングをして出してください」って言われていたんですけど、色んなツアーのスケジュールだとか、やっぱり各々がセッションミュージシャンなので、スケジュールがまず合わないんですよ。それでどんどん遅れて、さすがにこれ以上遅らすのはマズイだろうということで、今年の4月に出す方向で進めていますね。
なので、まだ仮BANDっていう名前になってからはライブは2016年の2月と、11月の楽器フェア、その時は西脇辰弥さんというキーボーディストの方に参加していただいた、まだその2回しかやってないんです。
——名前は「仮」のままで行くんですね。
BOH:
普通にバンド組んだら、とりあえずバンド名決まっていない時にみんな仮バンドって言うじゃないですか。自分たちも同じように言っていて、ライブの前にじゃあバンド名っていう話になっても、誰も良い案を出さないんですよ。訳のわからん下ネタしか出てこないんで(笑)、それはマズイということで、「じゃあもう仮BANDでイイじゃん。仮BANDっていうバンド名にしちゃえばイイじゃん」って言って、そのままになっちゃったという。
——でも、バンド名って意外とそんなふうに決まるケースが多いですよね。
BOH:
それの一番悪い例ですね(笑)。