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連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第三回

 2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第三回です。第二回に引き続き、第一作『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』の制作秘話をお送りします。(第二回はこちら

 「超歌舞伎」をご覧に頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。

 4月24日(土)・25日(日) 各日18:00より、「ニコニコネット超会議2021」にて超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』上演

・超歌舞伎 公式サイト
https://chokabuki.jp/

・チケット購入ページ
https://dwango-ticket.jp/

第三回 「初音ミクさんとの試行錯誤。そして、ニコニコで生まれた大切な台詞」

文/松岡亮

 各セクションのスタッフの皆さんが集った超歌舞伎の定例会議に、恐る恐る提出した準備稿でしたが(第二回を参照)、意外なことに「これでは無理です」というネガティブな意見はなく、ひとまずこの準備稿の方向性でという流れになりました。
 いま冷静に考えると、歌舞伎の台本を初めて目にする方ばかりであったので、台本の構成、展開についての要望を出しづらかったのだと思います。

『今昔饗宴千本桜』(2016年)のキービジュアル
あらすじや登場人物の相関図などご参照ください

 やがて打ち合わせを重ねるうちに、中村獅童さんと初音ミクさんとの台詞のやりとりが、なかなか難しいことを知らされました。普通の舞台であれば、出演者の皆さんがお互いの息を合わせながら、台詞を発し、そしてお芝居をしていけばよいのですが、ミクさんはバーチャルな存在です。いつもどおりの台詞のやりとりで良いはずがありません。当然といえば当然のことですが、なにぶん初めての経験でもあり、そこまで考えが及びませんでした。
 そのために細心の注意を払いながら、台詞のやりとりを入れ替えるなどして、獅童さんとミクさんがスムーズに台詞をやりとりできるように修正していきました。

ミクさんと國矢さんが呼吸を合わせた〝公開プロポーズ〟場面

 さて、『今昔饗宴千本桜』を何度もご覧になっているお客様ならご存じの場面である、青龍の精が美玖姫に自分の后(きさき)にならないかと誘う、いわゆる〝公開プロポーズ〟の場面がありますが、準備稿では映像で物語を展開させる予定でした。
 しかし、そもそもデジタル演出のための素材制作のデッドラインを越えたところから、物事が動きだしたこともあり、他の場面のクオリティを高めるためにも、この場面は映像ではなくお芝居で展開してほしいという要望が寄せられました。
 至極尤もな要望であり、急遽、〝公開プロポーズ〟をお芝居で展開することになりましたが、すでにその時点で、ミクさんと青龍の精を演じる澤村國矢さんとの台詞のやり取りなどを修正する時間は残されていませんでした。
 そのために、國矢さんは、常にミクさんの息にあわせて台詞を発し、お芝居をしなければならなくなりました。降ってわいた演出変更から受けた國矢さんのプレッシャーは、他人では推し量ることができないほどの大きなものだったと推測されます。しかし今でも忘れられないのは、その時に、演出の藤間勘十郎師が仰った「國矢さんなら大丈夫。」という一言でした。

『今昔饗宴千本桜』(2016年)より、所謂〝公開プロポーズ〟の場面
左:澤村國矢(青龍の精)、右:初音ミク(美玖姫)

 そして本番の舞台では、まさに勘十郎師が仰ったとおり、國矢さんはハードルの高い、ミクさん相手のお芝居を見事にこなし、〝公開プロポーズ〟の場面をひとつの見せ場にしてくださいました。
 本当に全てが手探りだった1年目、獅童さん、國矢さんは、試行錯誤を繰り返し、ミクさんとの息にあうようにと、何度も何度もお稽古を重ねてくださいました。本番の舞台では、そのおふたりの息が、ミクさんの息と共鳴しあい、ミクさん演じる美玖姫に魂が入っていき、超歌舞伎ならではの、あの舞台が生まれたのだと思います。

ニコニコだから生まれた台詞「数多の人の言の葉を」

 加えて、いまでは超歌舞伎の型(かた)といっても過言ではない、コメント演出にもふれておきたいと思います。公演実現に向けての議論を重ねていた2016年3月なかばでの会議の席上でのこと。ドワンゴサイドのプロデューサーから、ニコニコ動画の特色であるコメントを誘発するための台詞を考えて下さいとの提案を受けました。
 「コメント誘発!?」と内心驚きながらも、席上では平静を装って「わかりました。考えてみます」と回答しました。とはいえ、それまで歌舞伎の台詞で展開していたものが、これから盛り上がる場面で、「みんなのコメントをお願いします」という現代語の台詞がはいるのは、あまりにも興ざめです。

『今昔饗宴千本桜』(2016年)

 一難去ってまた一難。コメントを誘発する台詞ってどんな表現がふさわしいのだろうと考えあぐねた末に、「コメント→言葉」という発想が生まれ、「言葉」を「言の葉(ことのは)」としたら古風になり、歌舞伎の台詞として違和感がないと思い至りました。
 こうした経緯を経てコメントを誘発する、「数多(あまた)の人の言の葉を、数多の人の言の葉を力として、千本桜に再び花を」という台詞が誕生しました。
 この台詞案を、小躍りしたい気持ちを抑えつつ、歌舞伎サイドのプロデューサーに提案したところ、「言の葉」という表現は、やや古めかしいのではとの返答がありました。これは超会議のお客様の年齢層を的確に捉えた上での、冷静な判断だったと思います。とはいえ、書き手に、これに代わる妙案もなく、新海誠監督の『言の葉の庭』もあるから、若い世代にもきっと通じるはずだと、必死に説き伏せました。
 そして、書き手がそこまで主張するのであれば、その感性を信じようとプロデューサーも納得し、この台詞が採用されるに至りました。

『今昔饗宴千本桜』(2016年)

プロデューサーとの信頼関係

 実は今だから明かせるエピソードなのですが、2年目の超歌舞伎の台本と演出を固めていく過程のなかで、コメントを誘発するための「数多の人の言の葉を」という台詞がカットされそうな流れになりました。
 その時に、この台詞はカットできませんと、書き手に代わって、強固に主張してくれた人こそ、上記のプロデューサーで、結果的にカット案はなくなりました。もしあの時、カットされていたら、「数多の人の言の葉を」という台詞が、超歌舞伎を象徴するような名台詞になっていなかったでしょうし、超歌舞伎の型であるコメント演出も定着しなかったと思います。
 いまや超歌舞伎のプロジェクトチームのムードメーカーとなっている、このプロデューサーは、超歌舞伎の現場に入ると、超会議の謎肉でおなじみのカップヌードル(しかもシーフード味)を、毎朝食べるのがルーティンワークだと言って、朝からカップヌードルを啜る生活を1年目から続けています。
 本人曰く、1年目の大成功にあやかった験担ぎだそうです。おそらく今年も幕張メッセの控室で、カップヌードルを啜ることでしょう。

(第四回へ続く)

・第四回
https://originalnews.nico/310030

執筆者プロフィール

松岡 亮(まつおか りょう)

松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。


■超歌舞伎連載の記事一覧
https://originalnews.nico/tag/超歌舞伎連載


 

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