連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第八回
2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第八回です。(第七回はこちら)
4月24日、25日、幕張メッセでの2年ぶりの超歌舞伎上演を経て、その思いをつづります。
「超歌舞伎」をご覧に頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。
・超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』 タイムシフト公開中!
・超歌舞伎 公式サイト
https://chokabuki.jp/
幕張メッセに戻ってきた超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』
文/松岡亮
緊急事態宣言が発出されるという社会状況のなか、感染症対策を万全にして、千葉県の幕張メッセまで足を運んで下さった皆様。こうした状況を鑑みて、ご自宅から生配信、タイムシフトでご覧になって下さった皆様。超歌舞伎の新作『御伽草紙戀姿絵(おとぎぞうしこいのすがたえ)』をご高覧いただき、本当にありがとうございました。
その一方で、緊急事態宣言が発出された地域では、歌舞伎のみならず、さまざまな演劇、スポーツ、イベントが中止となり、関係者の皆様、お客様の思いを考えると、ただただ胸が痛むばかりです。
今回の超歌舞伎公演に於いても、出演者の皆さん、私たちスタッフも非常に厳しい感染症対策のもと、お稽古を重ね、本番の舞台に臨みましたが、日々刻々と変わる社会状況に対応しながら薄氷を踏む思いで、4月24日、25日を迎えたというのが、正直なところです。
1年間温めた作品
昨年4月の緊急事態宣言発出を受けて、『御伽草紙戀姿絵』という作品は、ひとたび眠りにつきましたが、前々回の文章でも触れたように、この間の時間というのは、決して無駄ではなかったと、いま改めて痛感しています。
例えば私が担当している台本に関しても、2021年の超歌舞伎プロジェクトが動き出した段階で、もう一度、台本を推敲する時間ができましたし、アナログ、デジタルの演出面に関しても、さらに練り上げることができました。その結果が、あの舞台成果に繋がったと確信しています。
ただ、上演するはずだった作品が、長い猶予期間を経て、再び日の目をみるという経験は私自身も初めてのことで、今回の作品が本当に面白い作品なのか、超歌舞伎のお客様に受けいれられる作品なのか、半信半疑の思いが、ずっと心の奥底に残っていました。
今回、歌舞伎製作チームに、新たなプロデューサーが加わりましたが、率直に台本を読んでどう思うかと、単刀直入に尋ねました。
すると当のプロデューサーは、「とても面白い作品だと思いますし、大詰の劇中曲を使っての立廻りという形は、斬新だと思います」と答えてくれました。
これまでの超歌舞伎に携わっていなかったプロデューサーの、その言葉は、全ての不安を取り除いたわけではありませんでしたが、ホッと安堵したのもまた事実です。
切腹の場面に込めた想い
個人的に、お客様にどのように受け取ってもらえるのかと、最後の最後まで心配だったのは、第三場源頼光館寝所の場の後半でした。そろそろ超歌舞伎でもじっくりとお芝居を見て欲しい、歌舞伎ならではの切腹した人物が長々と喋り続ける場面を作りたいという、個人的な願望から生まれたのが、あの第三場の後半でした。
とはいえ、超歌舞伎の醍醐味のひとつに、スピード感ある物語展開があげられるのですが、いわゆる〝ミクの拍子舞〟の後に、どっしりとしたお芝居があることによって、「物語展開に急ブレーキをかけてしまうことになるのでは?」という不安が、ずっと胸に渦巻いていました。そのために、物語の運びをスムーズしながら、ドラマの高まりを失わないようにと心がけて、決定稿の台本となる直前まで、推敲を重ねました。
ようやく私自身の不安が薄らいできたのは、お稽古を重ね、通し稽古に臨む頃のことで、全体のバランスからみても、あの場面が決して長く感じられないと思ってからでした。しかし、お客様がどのように捉えて下さるかは、全く別の問題です。
そして迎えた、24日、25日の本番の舞台、中村獅童さん演じる袴垂(平井)保輔と、澤村國矢さん演じる平井保昌の二人きりのお芝居にじっと見入る客席の様子や、「泣ける」「感動した」というコメントの数々を見て、ようやく安堵した次第です。
「言の葉」の力を得て
それにしても、結果的に、書き手が想像した以上の大作となり、なおかつ、これまでにも増して、歌舞伎色の濃かった『御伽草紙戀姿絵』を、2日間で33万人以上のお客様がご覧下さったこと、私も感無量の思いで胸がいっぱいです。
また、適宜、コメントで、歌舞伎の約束事を解説して、歌舞伎初心者の皆さんフォローして下さったお客様にも御礼申し上げます。今回の作品をご覧になったあとに、皆さんがSNSを通じて発信して下さっている「言の葉」の数々も、本当にありがとうございました。
ちなみに初音ミクさん演じる七綾太夫の亡魂は、皆さんの「言の葉」と聖なる「白き炎」の力により、一陽来復を招く、三千世界の女神である、吉祥天女へと転生しました。エンドロールで現われるミクさんは、その解脱の様子を表現したものです。
そして、第三場源頼光館寝所の場に、七綾太夫の亡魂が出現し踊る長唄の詞章は、〽頼光様の煩(わずら)いは いとしいとしというこころ」というものでした。この「いとしいとしというこころ」は、「戀」の字を詠み込んだもので、今回、旧字の「戀」にこだわったのは、この詞章を生かすためでもあり、旁(つくり)にある〝糸〟に蜘蛛の糸のイメージを重ねあわせるためでもありました。
実は劇中のとある場面に「いとしいとしというこころ」が文字で登場します。どの場面にその文字が登場するのか、タイムシフト視聴でご確認下さい。
幕張メッセ公演への感謝、そして9月の京都・南座公演を見据えて
さて、超歌舞伎を立ち上げから携わっている歌舞伎製作チームのプロデューサーは、今回も「吉例につき」と言って、幕張メッセ入りしてから、シーフードヌードルを啜っていました。そして奇特な上司は、今年も私たちを幕張から東京まで送り届けてくれました。「ロミオとシンデレラ」を爆音で聴きながら。
末尾に、ニコニコネット超会議2021における超歌舞伎公演を実施して下さった、主催のニコニコ超会議実行委員会様、超特別協賛のNTT様、『御伽草紙戀姿絵』の劇中曲である、「ロミオとシンデレラ」という素晴らしい楽曲を世に送り出してくれたdorikoさんに、この場を借りて、御礼申し上げます。
あわせて、まだまだ先行きは神のみぞ知る社会状況ですが、九月南座超歌舞伎公演で皆さんと再会できれば望外の喜びです。
南座という劇場空間で、『御伽草紙戀姿絵』という作品がどのように変化していくのか、斯うご期待くださいませ。
(5月以降も、本連載は引き続き掲載予定です。引き続き、お楽しみください。)
執筆者プロフィール
松岡 亮(まつおか りょう)
松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。
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