のんびり農業とは無縁な『天穂のサクナヒメ』RTAの世界──「ダッシュ機能がないけどダッシュは必須」「稲作を利用して時間を飛ばす」世界記録保持者・ratiltさんインタビュー
RTAに挑戦し続けた結果、画面が見えなくても進められるように
──ちなみにratiltさんは『天穂のサクナヒメ』をどれくらいプレイしているんでしょう?
ratilt:
最初に購入したNintendo Switch版で200時間くらい。RTA関係なく普通にプレイしていたのですが、そのうちRTAに挑戦するようになって……ロード時間などの関係でより有利だということでSteam版を改めて買って、こちらは720時間くらいプレイしています。
──合計で920時間……毎日2、3時間くらいずつプレイしている計算になりますが、これだけRTAを走り続けていると、しんどかったり大変だと感じるときってないんですか?
ratilt:
そうですね……記録が2時間をきったあたりから、私とメタペンさんの更新合戦になっていったんですけれど、メタペンさんの記録を抜けない時期が続いたときですね。
辛いというほどのことではないんですけど、あれこれ試してもうまくいかず、苦戦していた時期ではあります。
──当然ですが、徐々に記録更新は難しくなっていくわけで……。更新合戦はアツい展開ではありますが。
ratilt:
メタペンさんが更新する前に自分が出していたワールドレコードというのが、めちゃめちゃ運が良かったときの記録だったんです。
出現率が低い素材も漏れなく集められて「これだけ運勝ちしたらしばらく更新できないわ」と思っていたら、1週間経たないうちにメタペンさんに更新されて(笑)。やりかたを変える必要を感じてチャートの詰めに戻ったりして。
──記録が伸びないときは辛いかもしれませんが、そういう競い合う人がいるからこそ、記録更新に繋がっていくんでしょうね。
ratilt:
まさにそうですね! 記録更新できたときの達成感も大きいんですけど、競い合うライバルがいて、「こういうのはどうかな?」と提案し合う仲間がいて。そういうコミュニティとしてのやりとりも含めてRTAという遊びかたのおもしろさかなぁと思っています。
──RTAにハマった前後でなにか『天穂のサクナヒメ』をプレイするときの感覚に変化ってあるんでしょうか? 例えば、普通にプレイするだけだと物足りなくなってしまうような。
ratilt:
それに関しては大きく変化はないですね。普通にプレイしてもめっちゃ楽しいですよ!
ただ、アップデートの直後は、仕事が手につかなくなることがあります(苦笑)。「これはこう使えるんじゃないか」とチャートを考えてしまったりとか。
──それは大変ですね(笑)。
ratilt:
ああ、ただ、ゲーム内の時間が夜で画面が暗くてまともに見えなくても進めるようになったのはRTAを走るようになってから変わった点でしょうか。
──画面が見えなくても進められる、とはどういうことなのでしょう?
ratilt:
『天穂のサクナヒメ』には昼と夜があって、夜になると真っ暗になってしまうんです。本当にまともに見えないくらい。
ですので、最初のころはなるべく昼に進めるようにチャートを組んでいたんです。でも、何度もくり返していると慣れるのか、RTAを走り始めてから2、3ヵ月くらい過ぎたころには、見えない状態でも正確にステージを把握できるようになって、真っ暗でも問題なくプレイできるようになったんですよね。
『天穂のサクナヒメ』RTAを走っている方と話しても、みなさん同じようにステージを正確に把握してプレイされていうようなので、『天穂のサクナヒメ』RTA走者はおのずとそうなっていくのかもしれません。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
ゼロから手探りで詰めていった『天穂のサクナヒメ』RTAの歴史
──いまでこそチャートが統合されて詰まってきた『天穂のサクナヒメ』RTAですが、最初期のころってどのような雰囲気だったんですか?
ratilt:
そうですね……。私が『天穂のサクナヒメ』RTAを始めたのが2020年の12月くらいなんですが、先駆者は少なかったんですけど、公開されている動画を参考に「こうやったらもうちょっと早くなるんじゃないか」とか試行錯誤しながら走り始めました。RTAの土壌が整っていたと言える状況ではなかったですね。
──すでに方法を確立した先駆者がいれば、参考になるチャートは出来ているので、まずはそれに沿ってプレイできると思うのですが、発売されたばかりの『天穂のサクナヒメ』ではそれができない。どのようにチャートを作っていったんでしょう?
ratilt:
言葉にするとすごくシンプルなんですが、ちょっと進めてはセーブを残してのくり返しですね。「こうやって進めていったらこのイベントを引いちゃう」というのをひとつひとつ検証していく。
それをもとに「理論的にはこうするのがいいんじゃないか」と推察をして、実際に走ってみる。その積み重ねです。
──地味ながら大変な作業ですね……。
ratilt:
でも自分の感覚としてはチャート作りがいちばん楽しいんです。
新たな発想でまだ誰も試していない要素を組み込んだり、逆に他の走者さんのチャートから相性のいい部分を取り入れたり。さながら品種改良のようですね。新しいチャートを思いついた時は早く走って試したくてワクワクします。
当時はみんなゼロから初めていて、何もかも手探りでしたね。チャートの作りかたも、走者ごとに全然違っていました。全員が思い思いの、自分がベストだと思うチャートを独自に進化させていったと言いますか。
──なるほど。手探りでチャートを作っていくのがratiltさんにとってRTAで楽しみを感じるポイントなんですね。
ratilt:
そもそも、実際にRTAを走るのは『天穂のサクナヒメ』が初めてなんです。
──えっ、そうなんですか!?
ratilt:
はい。もともと、いろんなタイトルを幅広く遊ぶというより、1本のタイトルをじっくり遊ぶタイプではあるんですが、『天穂のサクナヒメ』くらい深くやりこんだのは今作が初めてでした。
──RTAという遊びかたを知ったのっていつころなんです?
ratilt:
最初に知ったのは動画だったと思います。10年くらい前から、『ゼルダの伝説』シリーズのRTA動画をよく見ていました。いわゆる「3Dゼルダ」と呼ばれる、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』以降のタイトルがとくに好きで。
──ratiltさんにとって、RTA動画のおもしろさを感じる部分ってどのあたりにあるんでしょう?
ratilt:
「そんなやり方があるんだ!」っていう驚きもそうですし、そのやり方を編み出すプレイヤーの情熱みたいな部分にも惹かれます。走者になったいまはそこに“共感”という気持ちも生まれています。
──なるほど。視聴者から走者として自分も走ってみようと、RTAの世界に踏み出したんですね。
ratilt:
「RTAを始めよう!」と思って始めたわけではないんです。『天穂のサクナヒメ』を遊んでいて、「このゲームでRTAという遊び方ができたら楽しそうだな」と思ったのが、RTAを始めたきっかけでした。
現ワールドレコード保持者が最高に速いお米をお届け
──視聴者から走者になったratiltさんは「RTA in Japan Winter 2021」にも参加されるわけですが、やっぱりRTA走者としてRTA in Japanは目標のひとつになっているんですか?
ratilt:
そうですね。私自身、『天穂のサクナヒメ』のRTAを始める前から、いち視聴者としてRTA in Japanはずっと追ってきたので、自然と目標になっていました。
私だけでなく、RTA in Japanに出走することを目標のひとつにしている走者の方も多いと思います。
──出走発表のツイートが話題になっていて、注目度の高さがうかがえます。
ratilt:
今回、参加表明のツイートが伸びたのは、ゲームの内容を知らない方っていうのも多いからだと思うんです。
『天穂のサクナヒメ』を「稲作をするだけのゲーム」だとイメージしている方もいらっしゃって、そこで「稲作のRTAってなんだ!?」と盛り上がったというのもあるのかなと。
というわけでRTA in Japan 2021 Winterに天穂のサクナヒメ採用いただきました!
— ratilt (@ratilt_) November 6, 2021
計算された手抜き稲作、多彩なバグ技を駆使し、現WR保持者が最高に速いお米をお届けします!#RTAinJapan pic.twitter.com/pt13hO4zzO
──確かに。稲作に対する反応が多かった印象です。RTA in Japanで注目してほしい、ここを見ておくとより楽しめる的なポイントがあれば教えてください。
ratilt:
『天穂のサクナヒメ』をプレイしたことがある方なら、アクションパートの効率化や、壁抜けや戦闘スキップなどのテクニックを観ているだけでも楽しめると思います。
「ここで壁抜けするのか!」とか、倒さないと先に進めないはずの敵をまるっとカットしちゃうみたいな。アクションゲームなので、直感的に楽しめるRTAかなと。
──逆に稲作パートについてはどうでしょう?
ratilt:
稲作は適当にやっているように見えて、綿密に計算されていると言いますか、「どこまで手を抜いていいか?」を見極めた上での効率化になっているので。プレイ画面だけを見てもいまいちわからないところも多いと思うんです。
ただ、とくに稲作パートは未プレイの方含めて注目してくださっている部分だと肌で感じているので、できるだけプレイしたことがない人でも楽しめるように、どこを解説して、どこを省略するか。当日の台本について詰めているところです。
直近のアップデートでまさかの修正が
──最後にこれは若干余談になるのですが、『天穂のサクナヒメ』RTAで世界記録を出したときも、何箇所かミスと思われるシーンがありまして。これはまだまだ記録更新の可能性は残っているのかなあと、RTA in Japanでの世界記録更新を期待してしまいます。
ratilt:
記録更新の可能性はまだまだ残っていると思います。ただ、つい先日(2021年12月2日)アップデートが入ったんです。ここで入った修正がRTA的になかなか厳しくて……。
(画像は「Steam:天穂のサクナヒメ」より)
──ほう。それはどんな修正なんでしょう?
ratilt:
ゲーム後半で、島の火山が噴火してしまい、田んぼが駄目になってしまうという展開があるんです。
そこでゲームとしては、サクナの能力がすべて半減してしまい、そのステータスを回復するために島中からアイテムを集めることになるんですね。でもじつは、実質的に半減していないステータスがあったんです。
それが「食力」というステータスでした。この「食力」は食事をした際の能力値へのボーナスに関わるものなのですが、この半減が機能していないのが、必要最低限のアイテムのみ回収して進みたいRTA的には非常にありがたかったんです。それがアップデートで機能するようになってしまったようで……(苦笑)。
──半減していなかった「食力」が、半減するようになってしまった。
ratilt:
噴火後のステータスが半減している中、食事のボーナスで能力を盛って戦っていたので、これまでより能力の低い状態で進むことになります。
しかも、しかもこの「食力」の能力減を回復するためのアイテムは噴火後ボスラッシュの最後のボスを倒さないと入手できないんです。だから「食力」が回復するころにはもうラスボス戦なんですよね。
アップデートが入った後、界隈で集まって内容を見ながら、「これは使えそう」、「この仕様変更はありがたい」みたいに盛り上がっていたんですが、この修正に気付いてからはもうてんやわんやで。えらいこっちゃと。
──RTAを走っていなくても、一大事なのが感じとれます。アップデート後にも走られていると思うんですが、体感としてはいかがでしたか?
ratilt:
後半の攻撃力がガタ落ちするのが大きいです。ボス戦にかかる時間が増えてしまいました。ボス戦での戦いかたについてはまだまだ研究を続けているので、本番までにどれだけ仕上げられるかですね。
あとは、アップデート後に改めてチャートの検討を重ねていて、RTA in Japan本番ではさらに進化したチャートで走る予定です。
──おおっ、RTA in Japan本番を楽しみにしています!
ratilt:
本番直前のアップデートという逆風の中ですが、ヒノエ島(本作の舞台)の叡智を結集して仕上げたチャートで本番に挑みます。
のんびり農業とはほど遠いハイスピードな展開で、既プレイ未プレイ問わず楽しんでいただけると思います。速さを求めた豊穣神がいかなる姿なのか、ぜひその目でお確かめください!
(了)
ダッシュ機能がないにも関わらず疑似的なダッシュを編み出し、「壁抜け」に「一部強制戦闘のスキップ」などのグリッチ(バク技)を駆使して1秒でもステージを駆け抜け、米作りでは稲作を利用して時間を飛ばすことでタイム短縮を目指す。のんびり農業とはかけ離れていた『天穂のサクナヒメ』RTAの世界はいかがだっただろうか。
『天穂のサクナヒメ』発売からまだ1年、発売当初は当然ながらRTA先駆者も少なかった。そんな環境のなか、研鑽しあうライバルとともに地道にチャートを洗練させていった積み重ねが現在の世界記録に繋がっているわけだ。
ratiltさん自身、「そういうコミュニティとしてのやりとりも含めてRTAという遊びかたのおもしろさ」と語っていたことが今回の取材でとくに印象に残っている。
さて、そんなratiltさんが12月26日15時8分(予定)より、「RTA in Japan Winter 2021」に出走する。タイトルはもちろん『天穂のサクナヒメ』RTAである。
本記事ではできるだけ、『天穂のサクナヒメ』RTAを知らない人でもわかりやすいようにお届けしたつもりだが、それでも百聞は一見に如かず。実際の走りを見たほうが「すごさ」や「ヤバさ」は実感できるはずだ。気になった方はぜひ『天穂のサクナヒメ』RTAがどのようなものなのか、その目で確かめてみてほしい。
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