のんびり農業とは無縁な『天穂のサクナヒメ』RTAの世界──「ダッシュ機能がないけどダッシュは必須」「稲作を利用して時間を飛ばす」世界記録保持者・ratiltさんインタビュー
2020年11月10日に発売され、「攻略wikiとして農林水産省の公式ホームページが使われる」ほどガチの米づくりが体験できると話題になった『天穂のサクナヒメ』。
「稲を育てて強くなる和風アクションRPG」と銘打っている本作は、草むしりや水やりなどゲーム市場類を見ないリアルさが経験できる米づくりと、農具を武器に鬼を倒していく横スクロールアクションという異色の組み合わせが目を引く一作となっている。
そんな本作において、いかに最速でクリアできるかを競うRTA(リアルタイムアタック)という世界があるをご存じだろうか。
「壁抜け」に「一部強制戦闘のスキップ」など多彩なバグ技を駆使し、ダッシュ機能がないなか疑似ダッシュで駆け抜けるアクションパート。稲作を利用して時間を飛ばすことで米づくりにかかる時間を圧縮する稲作パート。
発売とほぼ同時期から研究が続けられており、普通にプレイすれば約30時間かかるクリアタイムも、いまや1時間35分35秒(世界記録「1:35:35.49」)にまで縮まっている。
(画像は「Speedrun.com」より)
時期は12月──米づくりからは縁遠い季節ではあるが、国内最大のRTAイベント「RTA in Japan Winter 2021」に、『天穂のサクナヒメ』RTA現世界記録保持者であるratiltさんが出走。季節外れの黄金色の稲穂が実ろうとしている。
稲作をする『天穂のサクナヒメ』でRTA?計算された手抜き稲作とはなんなのか? 「RTA in Japan Winter 2021」出走タイトル発表においてもひと際注目を集めていた。
というわけでRTA in Japan 2021 Winterに天穂のサクナヒメ採用いただきました!
— ratilt (@ratilt_) November 6, 2021
計算された手抜き稲作、多彩なバグ技を駆使し、現WR保持者が最高に速いお米をお届けします!#RTAinJapan pic.twitter.com/pt13hO4zzO
そんな疑問が尽きない『天穂のサクナヒメ』RTAの謎を解き明かすべく、走者であるratiltさんにインタビューを実施。最高に速いお米を育て上げるその真髄に迫った。
ダッシュ機能がない『天穂のサクナヒメ』でダッシュする方法
──普通にプレイするとクリアまで30時間近くかかると言われている『天穂のサクナヒメ』ですが、ratiltさんの持つ世界記録では1時間35分35秒でクリアされています。ここまでタイムを縮めるにはどのようなテクニックが使われているのか教えていただけないでしょうか。
ratilt:
まず、アクションパートの基本にして一番大変なテクニックがあるんですが、それが何かというと……「移動」なんです。
──「移動」……ですか。
ratilt:
はい。じつはこのゲーム、「ダッシュ」機能が存在しないんですよ。普通にスティックを倒すだけだと早歩きくらいしかしてくれないんです。
でもRTAなので可能な限り早く移動したい。じゃあどうするのかというと「疑似ダッシュ」をします。
──「疑似ダッシュ」とはいったい……?
ratilt:
「下弱攻撃」を行うことで、サクナ(プレイキャラ)が前に向かって鎌を振るんですが、同時にちょっとだけ前に進むんです。そのあとに方向キーを進みたい方向に2回入れると、「速歩」と呼ばれるステップで、さらにちょっと前に出る動作を行います。
そして、この「下弱攻撃」と「速歩」って、互いにモーションをキャンセルし合う関係なので連続で行動できる。「下弱攻撃」と「速歩」を連続で入力(下弱→右右、下弱→右右、下弱→右右……)することで、ダッシュしているように見えるくらい素早く移動が可能になるんです。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──えー! ものすごく忙しいですね。
ratilt:
忙しいですし、かなり疲れます。RTAを走っていると終盤あたりはもう手がパンパンになっちゃうくらいで……。
でもいざRTAでタイムを削るとなったら必須技術なんですよ。この疑似ダッシュをRTA中ずっと正確に出し続けるっていうのが難しいところでもあります。
──タイム短縮するために必須な技術として、疑似ダッシュ以外にはどのようなテクニックがあるんでしょうか?
ratilt:
代表的なものだと、「壁抜け」や「一部強制戦闘のスキップ」があります。これらはRTA最初期(2020年12月)から使われ始め、いまでも現役で活躍しているテクニックです。
「壁抜け」は行き止まりなど本来は進めない場所の壁をすり抜けてショートカットするテクニックで、「一部強制戦闘のスキップ」は敵を全滅させないと先に進めないエリアの判定領域を飛び越えることで戦闘を発生させずに突破するテクニックになっています。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──壁抜けできる箇所って決まっているんですか?
ratilt:
そうですね。特定の入力を行うだけで壁抜けできる箇所もあれば、フレームレート【※】を60fpsから30fpsに変えることで、衝突の判定が緩くなる箇所もあります。
※フレームレート……映像が1秒間に何枚の動画で構成されているかを示す数値。高いほど、映像が「ぬるぬる動いている」ように感じられる。
ただ、毎回その操作を挟むのもタイムロスにつながるので、設定を変えずに壁抜けできないかは研究されていて、結果、操作テクニックとしては高度化するけれど、60fpsのまま抜ける方法が多数開発されてきました。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──ちなみに壁抜けをしている間、プレイヤー側としてはどのような操作をしているのでしょう?
ratilt:
箇所によって入力はさまざまなのですが、代表的なものだと「下羽衣(R)2回で壁にめり込みつつタイミングよく速歩(右右)で壁抜ける」。複雑なポイントだと、「速歩(右右)→ジャンプ(B)→下羽衣(R)→右飛燕(A)→右上羽衣(R)→右羽衣(R)→右飛燕(A)」でようやくひとつの壁を抜けられたり……。
──はぁ……。
ratilt:
すいません。わからないですよね(笑)。RTA in Japanでの解説でもなるべく触れたいとは思っているのですが、一連の入力は本当にさまざまですし、とにかく目まぐるしいので解説が追いつかず、「ここ壁抜けします」くらいで済ませちゃうかもしれません。
RTAでも稲作からは逃れられない『天穂のサクナヒメ』
──『天穂のサクナヒメ』にはアクションパート以外にも米を育てていく稲作パートもあります。稲作パートにおけるタイム短縮のテクニックはどのようなものがあるのでしょう?
ratilt:
アクションパートは、「壁抜け」や「一部強制戦闘のスキップ」などグリッチ(バク技)を駆使できる余地がけっこうあるんですが、稲作まわりではそういうのが見つかっていなくて、稲作をサボったり誤魔化したりすることが難しいんです。
RTAでも稲作からは逃れられない、それが『天穂のサクナヒメ』です。なので、いかに稲作を手抜きできるか、というのが大事になってきます。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──稲作からは逃れられない。
ratilt:
はい。その代わり、米づくりに要する時間を短縮するために、稲作を利用して時間を飛ばすテクニックが使われています。
──……時間を飛ばす?
ratilt:
このゲームの稲作パートって、田植えをするとか、収穫をするとか、特定のイベントがあるんですけど、その中に自動で時間が経過するポイントがあるんです。
そこでゲーム内部の計算結果がマイナスになるように調整すると、まる1日分の経過時間が上乗せされる。これにより、稲が成長しきった後の翌春までの時間を圧縮が可能になります。
これを利用してタイム短縮を狙う技で、誰が名付けたのかわからないんですが、いつの間にか「稲架掛けメイド・イン・ヘブン【※】」って呼ばれています(笑)。
※メイド・イン・ヘブン……『ジョジョの奇妙な冒険 第六部 ストーンオーシャン』に登場するキャラクター「エンリコ・プッチ」の、時間を加速させる能力を持つスタンドの名前から取ったものと思われる。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──すごい名前ですね(笑)。
ratilt:
稲作パートって、春から夏~秋のはじめにかけて稲を育てて収穫までするので、RTAの場合、秋から冬にかけては、ひたすら団子(ご飯)を食べて過ごすしかないんです。
団子を食べるにも、朝起きて、母屋に入って、夜ご飯を食べる、そこから翌朝へと時間がかかります。「稲架掛けメイド・イン・ヘブン」を使うと、この1日分のサイクルをカットできるんです。
──タイム短縮を狙ううえでかなり重要なテクニックなんですね。
ratilt:
いまもこの「メイド・イン・ヘブン」シリーズは研究が進んでいます。その結果、「このタイミングでも起こせるぞ」という場面が増えていて、もう少しタイムを圧縮できないかの試行錯誤が続いています。
稲作をする『天穂のサクナヒメ』、稲作をしない『天穂のサクナヒメ』
──『天穂のサクナヒメ』発売から約1年経っているわけですが、RTA的にはどんな状況なんですか?まだまだタイム更新の可能性は残されているのか、それともある程度行きついているのか。
ratilt:
現状で言えば、詰まるところまで詰まってきてはいます。
『天穂のサクナヒメ』RTAの歴史的なところを交えてお話すると、2時間を切るくらいまではチャートの改修が記録更新するうえで比重が大きかったんです。
いかにアクションを上手く、素早く敵を倒すのかというのも当然あるのですが、それ以上にチャートの組みかた……どのステージをどういう順番で攻略するのか、どういう武器を作って、この季節にはここを攻略してっていうところのほうが大きく影響していました。
──チャートの改修が記録更新のうえで重要だったと。
ratilt:
ええ。例えば、今では「手抜きをしつつもちゃんと稲作をする」のが主流なのですが、「稲作を完全放置する」チャートも存在しました。肥料もやらず、草も抜かず十数年間ずっと団子を食べ続けて過ごすという。
──稲作をしなくても『天穂のサクナヒメ』はクリアできるものなんですね。
ratilt:
稲作を一切しなかった場合でも、1年ごとに最低限のステータスが積み上がっていくんです。
最初期のRTAでは、手間暇掛けてステータスを確保するより、最低限の成長保証を積み上げていって、同じくらいのステータスまで持っていくほうが良いんじゃないかという説が僅かな期間ですがありました。
──でもいまでは稲作はちゃんとやる。やはり稲作からは逃れられない運命に。
ratilt:
稲作からは逃れられてないですね。クリアに必要なステータスを確保して、あとはいかに手抜きできるか。工程の簡略化が進んだ感じです。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──より効率のいいチャートを見つけた人が記録を更新していく。そのくり返しだったわけですね。
ratilt:
そうですね。AUTOMATONの記事【※】でも紹介されたki-zuさん、現在世界2位の記録を持っているメタペンさん、そして私。おもにこの3人で競い合いながら、チャートを洗練させていったというのが今に至る歴史です。
本当に最近まで、記録的には1時間40分くらいまではまだ若干違っていたんですが、現在はチャートが統合され始めました。そのため、現在トータルのタイムに関わるいちばん大きい要素は「運」になってきてはいます。
──運というのはどう絡んでくるんでしょう?
ratilt:
おもにアイテムのドロップですね。チャート上、このアイテムはここまでに◯個ほしい、みたいな目標値がいろいろあるんですけど、運が悪いと全然足りてなかったりして。
チャートはあくまで理想通りに進めたら、で組んでいるので、アイテムのドロップ数しだいでは走りながらルートを切り替えていく必要があります。
アクションパートをプレイしながら、アイテム数を把握しつつルートについても考える。運に左右されるのが大変なところであり、おもしろいところでもあります。
塩1個のために2/60フレームの目押しを成功させる
──基本的にチャート改修によって記録が更新されていき、いまでは運に左右される要素が強いとのことですが「壁抜け」や「一部強制戦闘のスキップ」のようなタイムを短縮できるテクニックって新たに発見されていないんですか?
ratilt:
大幅なタイム短縮ができるわけではないのですが、セーブデータ間でアイテムを持ち越すという技が見つかりました。
──アイテムを持ち越す、というのは……?
ratilt:
このゲームには探索度という項目があり、上げていくことでマップが解放されていきます。探索度を獲得するために塩を6個手に入れたいステージがあるんですが、確定で入手できるのは宝箱からドロップする5個だけなんです。
あとひとつは探索して手に入れる必要があります。……が、塩のドロップ確率がものすごく低確率で、本来なら運頼りになってしまう。
そこで、他のセーブデータからアイテムを持ってきて、普通だったら5個しかゲットできない塩を10個手に入れるのがこのテクニックになります。
──なるほど……。操作としてはどのようなことをしているのでしょう?
ratilt:
手順としては、まず宝箱を開ける前の「塩をとる前のデータ」をセーブ。そして、宝箱を開けて塩を手に入れたらすぐにステージを脱出して「塩をとったあとのデータ」を別でセーブします。
次に、「塩をとる前のデータ」をロードして、再び宝箱を開けるために攻撃を当てる直前にポーズして「塩をとったあとのデータ」をロードするんです。
これにより、セーブデータをロードするまでに攻撃モーションが持続し、宝箱から塩を獲得した判定が「塩をとったあとのデータ」に入ります。結果、塩を10個ゲットできる。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
──本来はドロップしだいな探索度を確定で上げることができる、と。
ratilt:
はい。2/60フレームのタイミングを、ピッタリ目押ししなければならないので、安定させるためにはある程度練習が必要だと思います。私も何回もRTAに挑戦していくなかで身体が覚えていった感じです。
このテクニックを使わないと、アイテムドロップの運頼みになるため、30秒から1分くらいのロスに繋がってしまうんです。RTAでの必須テクニックになっていると言えます。