現役アナウンサーが語るボカロの“活舌の凄まじさ”。「マトリョシカ」「ロストワンの号哭」など、eスポーツ実況で活躍・平岩康佑が惹かれたボカロ10曲
初音ミクの初版から今年で16年、留まることを知らないボーカロイドの人気。今やメジャーシーンにも進出しているボーカロイド楽曲だが、そのファンは著名人にも多い。
ボーカロイド好きの著名人にプレイリストを作成してもらい、それを元にインタビューを行う本企画。今回はフリーアナウンサーでありeスポーツ実況などでも活躍する平岩康佑さんが登場。「アナウンサー厳選!早口名ボカロ曲集」と名付けられたプレイリストを軸に、滑舌を改善するコツやボーカロイドが音楽業界に与えた影響、局アナ時代にボカロ曲に支えられたエピソードまで、分析や考察も交えながらたっぷりとボカロの魅力について語ってもらった。
高速ボカロ曲はボカロから歌い手への挑戦状に見えた
──まずはボーカロイドを知ったきっかけを教えてください。
平岩:
GoogleのCMに使われていた「Tell Your World」を聴いたのがボカロ曲との出会いでした。そのときはとにかく楽曲の良さに惹かれて。そこからニコニコ動画でいろんなボカロ曲を調べて聴くようになって、どんどんハマっていきましたね。
──ボカロを知った当時に出会った、印象的な曲はありますか?
平岩:
「初音ミクの消失」はボーカロイドの面白さに気付いたきっかけの曲です。ボカロが登場したことで、ボカロ登場以前の歌モノにはないくらいBPMが早い曲に歌が乗るようになって、それが違和感なく受け入れられていることがすごく面白いと感じたんです。歌詞も、普通の曲であればもっと一節が短いので体言止めが使われていたり、文章っぽくない形で書かれていることが多いのですが、ボカロ曲の場合はある程度整った文章が歌詞になっているパターンが多くて。曲のスピードが上がることで歌詞の量も多くなるので、その分1曲で表現できることが増えているのも興味深いと思いました。僕の中では、ボーカロイドが早い速度で歌えるからこそできることの魅力に気付いた曲が「初音ミクの消失」だったので、すごく衝撃を受けましたね。
──歌詞の量だけでなく文章の形も今までと異なるという着眼点はすごく面白いです。曲を聴くときは歌詞の言葉の並びに注目することが多いですか?
平岩:
ボカロに出会う前はそうでもなくて。ボカロ曲は早すぎると何を歌っているか分からないので歌詞が気になりますし、わざわざ歌詞を調べなくてもMVの一部として載っていることがほとんどじゃないですか。なのでボカロ曲に出会ってから歌詞を見ながら音楽を聴くことが増えました。エミネムのラップも歌詞が分からないので調べようと思いますし、洋楽のノリに近いのかもしれません。
──BPMが早いボカロ曲はその分1曲で表現できることも多いというお話もありましたが、今回のプレイリストのテーマを「早口名ボカロ曲」とした理由も、その部分にボカロならではの魅力を強く感じたからなんですか?
平岩:
そうですね。僕はアナウンサーなので、噛まないで話したり歌うということをすごく意識しちゃうんです。でもボーカロイドって、どんなに言いづらい発音や早いテンポでも噛まないじゃないですか。歌手の方に話を聞いていると、「この行の言葉は苦手だからあまり歌詞に入れないようにしている」とか、「語尾は『あ』段で終わるのが一番言いやすい」とか、みなさんそれぞれあるみたいなんです。でもボカロにはそういった不得意な発音もない。ボカロPの方が歌わせたいように歌わせられるのがすごいなと感じたんです。なのでボカロだからこそ歌いこなせる早口の曲を中心に選んでみました。
──早口の曲に感心したとき、ご自身で口に出したり歌ったりすることもありますか?
平岩:
カラオケで歌ってみたりします。聴いているだけでももちろん早いですが、歌うとさらにその早さを感じるんです。全く口の動きが追いつかないですし、口に出すことだけで精いっぱいになるんですよね。なので歌い手の人はすごくリスペクトしています。歌が上手いだけでなく、活舌も相当いいんだろうなと。早口のボカロ曲って、ボーカロイド側から歌い手への挑戦状のようにも思えるんです。「この曲をリアルのあなたが歌えるの?」と問いかけているようだし、それを受け取って正面から戦ってる歌い手の人たちがすごく格好よく思えるんですよね。
──挑戦状というのは面白い視点ですね。特に好んで聴く歌い手はいらっしゃいますか?
平岩:
今僕はeスポーツキャスターとして活動しているんですが、eスポーツ業界でよくご一緒するのがそらるさんと天月さん、まふまふさんなんです。歌い手の中でも彼らはすごく好きですし、歌い手という枠を越えていちアーティストとして普段から聴きたいと思うことが多いですね。特にまふまふさんが『紅白歌合戦』で歌った「命に嫌われている。」のパフォーマンスにはすごく感動しました。『紅白歌合戦』を見ていた人の中にはまふまふさんが歌い手であることを知らなかった人もたくさんいたと思いますが、日本中の人が見ている番組で命を削っているような全力のパフォーマンスをしてくれたことはいちボカロファンとしてもすごく誇らしかったです。
──ボカロを知ったきっかけとして歌い手の名前を挙げる方も多いですし、まふまふさんの『紅白歌合戦』でのパフォーマンスも含め、歌い手のボカロシーンへの影響はかなり大きいものですよね。
平岩:
そうですね。今って、ボカロ曲とそうでないものの境目がすごく曖昧になっている気がするんです。当たり前のようにボカロPの人がメジャーシーンにいるし、CM曲にも使われている。元々ボカロPとして活動していた米津玄師さんやYOASOBIのAyaseさんなど、ボカロシーンから生まれたアーティストも多い。音楽業界の構造も、今までは大きな会社に所属して有名な曲を作らないと多くの人に聴いてもらえなかったのが、今は良い曲だったら多くの人に聴かれるという構造になりました。ニコニコ動画やボカロの存在が音楽業界の流れを変えたひとつの要因になったことはすごく意味があることだと思います。
──Adoさんを初め、ボカロシーンを実家のようだと公言しているシンガーも増えていますし。
平岩:
Adoさんって、ボイトレなどほとんど行かずに歌い続けて今に至っているみたいなんです。すごくいい歌い方をしているのに師匠が人間ではなくボーカロイドなのも、今までにはなかったことじゃないですか。初音ミク登場以降の出来事はそういった新しい動きが多くて、すごく面白いなと思います。
活舌の限界がないボーカロイドは最強
──今回プレイリストを作ることになった際、絶対に入れたいと思った曲はありますか?
平岩:
「マトリョシカ」ですかね。ハチさんの曲は絶対にどれか入れたいと思っていたんですが、中でも「マトリョシカ」は昔すごくよく聴いていた曲なんです。僕は頑張らないといけないときはアップテンポな曲に元気をもらうタイプなんですけど、「マトリョシカ」もよく元気をもらった曲のひとつでした。
──ボカロ曲の中には、アップテンポではあるけれど歌詞の内容は暗いといった曲も多いじゃないですか。プレイリストの中でいうと「ロストワンの号哭」などがそれにあたるのかなと思いますが、これはどんな思いで選曲したんですか?
平岩:
ボカロ曲って、気持ちを隠さないストレートな歌詞の曲が多いのも魅力的な部分だと思うんです。暗かったらとことん暗いとか、絶望的とか。万人受けはしないかもしれないけど、書きたい世界観を守って尖っているのが格好いいなと思って「ロストワンの号哭」も入れました。
──もちろん歌うのと喋るのとでは異なる部分も多いと思いますが、早口の曲を歌うのに役立つ、スムーズに発声するためのアドバイスがあれば是非教えていただきたいです。
平岩:
口の形を正しくするのが全てだと思います。例えば「あ・か・さ・た・な」を発音するときは口を縦に開けないといけないのですが、口が正しく縦に開いてないまま、「い」や「う」を言うような口の形で「あ」段を言っている人が多いと感じるんです。その状態で発音するとすごく滑舌が悪く聞こえてしまうんですよね。しかも、早口で発音しようとすればするほど口の動きが間に合わなくなって中途半端な口の形のときに声になってしまう。口の形を意識するとたいていの場合滑舌は治ると思います。
──なるほど。
平岩:
僕も実況をやっているとすごく早口になるときもあるんですが、「これ以上早いと不明瞭な発音になる」というラインが自分の中にあるんです。なのでどんなに白熱してもそこは越えないようにしています。その点、滑舌の限界がないボーカロイドは最強だなと思いますね。
──今回のプレイリストの中で、「みくみくにしてあげる♪」の選曲理由として「全ての始まりの曲なので」と書かれています。この曲には特別な思い入れがあるんですか?
平岩:
僕がCMで「Tell Your World」を聴いてボカロを知ってから遡る形で色々聴いていたときに、みんなが初音ミクの曲を聴くようになったきっかけのうちの1曲が「みくみくにしてあげる♪」だと知ったんです。ボカロの黎明期って初音ミク自身が主人公になっている曲も多かったじゃないですか。でも段々ボカロの曲が増えていくにつれて、人間に近い歌わせ方をしている曲も増えていった。ただ「みくみくにしてあげる♪」みたいなミク自身をテーマにした曲がなければ、今ボカロがいろんな人に聴かれていろんな曲ができている世界線もなかったかもしれないと思ったんです。なので始まりの曲として選びました。
最先端の技術とともに進化する初音ミクへの期待
──平岩さんご自身が特に勇気づけられた曲や励まされた曲はありますか?
平岩:
歌詞の内容としては応援ソングではないんですが、「脳漿炸裂ガール」には励まされました。歌詞がすごく自由で、途中で「どうでもいいけどマカロン食べたい」という歌詞があるのを聴いて、何をやってもいいんだなと感じて勇気づけられたんです。僕がいた放送局では夏の全国高校野球選手権で実況デビューをするんですが、当時は初めての実況で緊張していたし、周りから色々言われてがんじがらめになっていた部分もあって。実況って99%が準備で本番が1%と言われるくらい準備が大事なので試合が始まったら楽しんだ方がいいんですが、最初の方は中々楽しめなかったんです。でも「脳漿炸裂ガール」を聴いて、何をやってもいいと背中を押されている気がしました。甲子園に行くときに聴いていた記憶がありますね。
──大切な1曲なんですね。プレイリストには「みくみくにしてあげる♪」や「初音ミクの消失」など黎明期の楽曲だけでなく、cosMo@暴走Pの「マシンガンポエムドール」やすりぃ「カメレオン」、ピノキオピーの「リアルにぶっとばす」など、ここ1、2年の楽曲も多く入っています。
平岩:
そうなんです。ボカロ曲はニコニコで検索してはデスクワークをするときによく聴いているので、新しい曲も聴いています。今回プレイリストを作っていて思ったんですが、どの年代の曲もすごく力を持っている感じがするんですよね。古い曲も懐かしいだけじゃなく、今の曲として聴いても色褪せないし尖っているというか。それってボカロPのみなさんが変にトレンドを意識せず、作りたいものを作っているからでもあるんだろうなと思います。
──改めて、ボーカロイドやボカロシーンの魅力はどんな部分だと感じますか?
平岩:
可能性があることですかね。今振り返ってみて、ボカロシーンから生まれたものってすごく多いなと思ったんです。数々の歌い手さんや音楽プロデューサーが登場したのはもちろん、曲の譜割りやテンポ、歌詞も今までではありえなかったものがたくさん生まれてきたんだなと思って。これからも新しいものが出てくるのかなと思うと目が離せないですね。
──平岩さんはeスポーツやバーチャル界隈とのかかわりもありますが、その視点から見て初音ミクやボーカロイドに期待していることや予想していることはありますか?
平岩:
今ってChatGPTがすごく注目されているじゃないですか。ChatGPTを使えば、初音ミクやボーカロイドが意思を持って話し始めるといったことも技術的には可能だと思うんです。なので今後はそれを使った新しい何かが出てくるのかなと思っています。初音ミクが自発的に歌い出したり実況をするボイスロイドが出てきたり、色々できるようになるんだろうなと思いますね。
Information
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