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山本寛監督『この世界の片隅に』を語る「女性のドロドロした部分をバッサリ切ったのは英断。僕なら残した」

 11月12日に公開された長編アニメ映画、片渕監督の『この世界の片隅に』。上映館数が公開当初は63館と小規模にもかかわらず、SNSや口コミが火付け役となり大きな話題を呼んでいる。

 第二次世界大戦中の広島・呉を舞台とし、18歳で呉に嫁ぐことになった主人公・すずの日常を描いた本作品だが、ヒットの理由はいったいどこにあるのか。岡田斗司夫氏山本寛氏が、『この世界の片隅に』の魅力と見どころについて熱を込めて語った。


「途中から映画を見始めても、いい作品はいい作品なんだ」

岡田:
 もともと原作にハマっていたの?

山本:
 アニメ化したいってmixiで書いたくらいにハマっていた作品で、でも応援が無いなぁと思っていたら片渕監督がやるってなった。若干、嫉妬心もあったんですけど、でも予告を見た瞬間に「あぁ、これはもうやられた」と。

岡田:
 予告を見た瞬間に分かった?

山本:
 もうオレには出来ないっていうぐらい。

岡田:
 オレは予告を見たときは、ぜんぜん気が付かなかったんですよ。予告を見たときは「よくあるアニメだな」と思っていたので。

 だから僕は『この世界の片隅に』を話すときには「予告で判断しないでくれ!」ってすごく言っているんだよね。プロから見たら、やっぱり予告で分かるの?

山本:
 あんまりプロの目線がどうか分からないですけど、僕は来た・来ないっていうのを察知するというのかな。必ずしも当たるとは限らないんですけど、本当にワンカットを見た瞬間。

 宮崎駿さんも言っていますよね。「途中から映画を見始めても、いい作品はいい作品なんだ」と。あの考え方って、よく分かるんですよ。もう数カット見ただけで「あ、これは来た」っていうのは、分かるんじゃないかなと。

岡田:
 オレは分からないよ。

山本:
 あれ?(笑)

岡田:
 『ファンタスティック・ビースト』の予告編を見たら「面白いに違いない」と思って観に行ったら、来週語るけども世紀の大空振りやったから。

山本:
 あきまへんな。

岡田:
 「ここから5作品を作るの、どうすんだ」って心配になるぐらい(笑)。じゃあ、わりとヤマカン的には『この世界の片隅に』にはやられた感じ?

山本:
 もう3回見ていますけど、来月は4回目を見に行こうと。

岡田:
 呉まで行って見るんだもんね。どんだけ好きなんだ(笑)。

『戦争』がだんだんと教訓めいた神話みたいに形作られている。

山本:
 もう完全にファンです。聖地巡礼してきます。それはいいんだけど、とにかく原作に忠実でもないんですよね。結構、変えている部分もあるっていうのも、本当に上手いなぁと思う。あとは原作の処理の仕方とか、描写。本当にそれこそモンペの作り方とか、無い食材の中で料理を作るとか。

 ああいうのを、ひたすら丁寧にやっているっていうのも、本当に淡々としている中で、僕らだったらどうしても起伏をつけたがるんですよね。

岡田:
 あぁ、「宮崎駿」的な文脈で。

山本:
 そう。「あれを盛り上げなきゃ!」っていうのをグーッと耐えて、あえて淡々と。そのわりに、カットの切り替えが早いんですよ。淡々と日常を描写して、ありえない事がいっぱい描かれるんです。

岡田:
 すごいよねぇ。あと、ヤマカンさんのブログでも書かれていましたけど、あれの基本が喜劇(コメディ)だというのが凄いですよね。まだ観に行ってない人って、あれを「かわいそうな話」とか「まじめな話」って思い込んでいるけど、けっこう延々とクスクス笑えるコメディだという。

山本:
 そうです。だから原作読んでビックリしたのが、やっぱりその喜劇だという事ですね。その前に、こうの先生が描かれた『夕凪の街 桜の国』っていうのは、本当に目を背けたくなるぐらいの原爆の悲劇を描いているんですけど、それとは打って変わって今作では「そこにも日常はあるんだ」と。

岡田:
 見ていると、戦争の中で物資がなくなって、それで工夫して生きて行く様が面白いですよね。

山本:
 面白いし、生々しいし、なんか「あぁ、地続きだ」って感じがするんですね。

岡田:
 うん。現代とね。

山本:
 それで、どうしても戦後世代と言うのは、僕らの世代もそうなんだけど、『戦争』がだんだんと教訓めいた神話みたいに形作られている。

山本:
 「戦争は僕らの日常とは、ぜんぜん違う世界のものだ」みたいな認識が、ちょっと僕も感覚的にあったんですけど、違うと。「すずさんも、その時にちゃんと生きていたんだ」っていうのを、日常を丹念に描くことによって「戦争は本当にあったんだ」という事がちゃんと伝わってくる。

岡田:
 1970年が、僕が小学校6年生の年だったんですけども、その時に大阪の天王寺って所に行くと、戦争で腕とか足をなくした軍人さんたちがアコーディオンを弾きながら物乞いをしていたのがリアルに見れたんですよ。

 でもそれが中学校2・3年の時に、いわゆる大阪万博が終わってから、大阪の町からそういう人達がいっせいにいなくなったから。あれが戦後が終わった瞬間ですよね。そこを見ているので僕はなんとなくまだ戦争の地続きがちょっとあるけど、ヤマカンさんの世代はないですよね。

山本:
 わからないです。僕のおじいちゃんも戦争に行っているから写真が残っているんです。満州でおじいちゃんがイエーイってやっている写真とか。でも白黒だし、残っている映像も白黒だし、画質荒いし。やっぱり地続き感がないっていうのがありましたね。

岡田:
 あとね、案外語る人と語らない人がいるじゃないですか、戦争体験。うちの父親が昭和20年、広島の兵学校に行っていたんですよ。広島の兵学校に行っていて、すずさんの旦那さんが行くはずだったところ。あそこで原爆が落ちたときに広島県内にいたんだけども、父親は「いやあ、なんか大変やったよ」って言うだけで死ぬまでその事を語らなかったですね。

 やっぱり、いろいろあったみたいなんだけど、その辺のことを語らない日本人も結構多いので地続き感がないっていうのはすごいわかります。

山本:
 うちのおじいちゃんは僕が小学校のときに死んじゃったんですけど、結局何も教えてくれなかったですね。戦争の悲劇の話も自慢話も教えてもらえずに亡くなっちゃって。

岡田:
 あんまり戦争話しちゃうとそういうふうな映画かと思われちゃうんですけど。ちょっと話ずれたけど割と喜劇でクスクス笑えてしまうというので、僕なんか見た瞬間にもう、まいりましたと。

 本当に映画館で頭下がっちゃって。こんなの作られたらどうするんだよって思ったんですよ。

原作のSEX描写や女のドロドロしたシーンをカットしたのは大英断?

山本:
 僕は話の大筋はもちろん知っているから、最初のカットから泣いていましたけどね(笑)。

岡田:
 早いな―(笑)。

山本:
 1回目はもうたまらんかったなー。ずっと泣いていましたね。

岡田:
 あの『悲しくてやりきれない』の歌から入るのずるいですよね?

山本:
 あ、これオープニングなんだと思った瞬間ぶわーっと涙が出てきてそこから画面ろくに見てないですよ。

岡田:
 『悲しくてやりきれない』って1968年か9年ぐらいのフォークソングだから時代性って明らかに合ってないんだけど、これ真面目な戦時中じゃなくて気分とか気持ちの話ですよっていうのが最初に出ています。

岡田:
 冒頭森永チョコレートとかああいう豊かな昭和19年のクリスマスを描くことによって全く別の世界に連れて行かれるんだけど、導入なんかはすごくうまい。びっくりしました。

山本:
 その分克明にビルのひとつひとつ、民家のひとつひとつを片渕監督が調べ上げて、可能な限り……。

岡田:
 あんなのやりたい?

山本:
 やりたかったけど……。

岡田:
 自分もアニメ化したかったんでしょ?

山本:
 でもあの取材量には勝てないし、本当に執念ですね。ほぼ週1回くらい夜行バス使って。夜行バスも調べたんですよ、こっちも調べてやれと思って。呉まで12時間夜行バスに乗るんですよ。それをほぼ日帰りで毎週やってたっていうね。もう大変ですよ。

岡田:
 さすが片渕監督、世界で唯一、宮﨑駿に口で勝つ男(笑)。

山本:
 (笑)

岡田:
 宮﨑駿がミリタリーの話をしだしたら「それは観念論です」って言って、資料を見せながら翌日反論するという恐怖の監督(笑)。

山本:
 だから焼夷弾の描写ひとつにしても新しいっていうか本当に史実通りって言われていますよね。

岡田:
 空中でバンバンする対空砲火も5色の色が本当に史実通りというか、すごいです。

山本:
 色まで調べるかー。

岡田:
 ああいうのをやりたかった? 自分としても。

山本:
 そうですね。

岡田:
 ああいう描き方ではないにしても、自分なりのやり方っていうのをアニメ化しようとしたときにちょっと考えたわけでしょ?

山本:
 うん。

岡田:
 その自分プランと片渕プランっていうのは。

山本:
 それがほぼ同じで、さらに先を行かれたっていう。

岡田:
 先を行かれたっていうのはどの部分?

山本:
 やっぱり徹底的に史実を調べて、原作の喜劇的な部分を丹念に描いて。でね。原作と違うところはすずさんがちょっと三角関係でジェラシーするんですよね。あの部分をオミットしたっていうのは、僕も大英断だと思っていて、僕なら多分、のせてtoo muchな感じにして、もうこれ詳しくはブログみてください(笑)。ちょっと、too muchな感じで、やっぱすずさんもそういった後ろ暗い部分があるんだって。

岡田:
 ブログ上手かった。ネタバレにならないギリギリ書いていて。あ! 上手いなこいつって(笑)。

山本:
 ボボボボなっていましたよね(笑)。

岡田:
 うん(笑)。

山本:
 そういう部分もバッサリ切るっていう大胆さ。

岡田:
 だから、映画版のすずさん、ちょっと幼いよね。原作版のすずさんって、初夜を迎えるシーンで、おばあちゃんから言われたことで意味がわかって、ちょっと照れて言っていて、こっからどうなるのかなっていうのがあるんだけど、ここらへんを、もう全く知らない人として書いていて、あんまりそれが嫌味じゃないねぇ。

山本:
 原作は直接的な描写じゃないんですけどSEXシーンもありますからね。そういうのもバッサリ切った。それで、すずさんが(これもブログに書いたんだけど)聖女に思われるのはどうなんだ? っていうのは議論の余地があるのかもしれないですけど。もう2時間だから、これはもう時間の問題だと思います。2時間で描くにはすずさんの裏の部分、ダークサイド……。

岡田:
 女のドロドロした部分は……。

山本:
 無理です。

岡田:
 アニメでも描いているは描いているんだけども、マンガほど深く書かなかったのは大英断?

山本:
 はい。と思います。

岡田:
 やっちゃっていた? 自分なら?

山本:
 やっていましたね(笑)。

岡田:
 too muchだ。てんこ盛り(笑)。

山本:
 胃もたれする? っていう感じになったと思います(笑)。

岡田:
 で、2時間6分の尺でできるの?

山本:
 無理くりやったと思いますね。成功したかどうかはわかんないですけど。

岡田:
 じゃあ逆に、そこを入れたとしてヤマカンバージョンだったらどこ切ったの?

山本:
 日常部分を犠牲にするしかないですね。

岡田:
 あー!うんうん。

山本:
 だからモンペの下りとか、あれを本当にやったかどうかわからない。大事なのはもちろんわかっているんですけど、そこを犠牲にしますね。

岡田:
 なるほどなぁ。

山本:
 隣組とか、トントントンカラリンのあそこを切るとか、ミュージカルシーンなんですけど、そうなりますね。

片渕監督一家4人の一食分の食費が100円!?

岡田:
 11月12日のヤマカンさんのブログから「これは今年No.1どころの話じゃない。まぎれもなくこれは歴史的な偉業であり、もっといえば事件である。つまりほかのありとあらゆる過去の作品を葬りさる威力のある破壊的な作品なのだ。『この世界の片隅に』をもってアニメは今日終焉を迎えても誰も後悔はしない。」(笑)。

山本:
 あのーー。

岡田:
 (山本さん頭を軽く殴る)

山本:
 えーーー。殴られたよ。怒られちゃったよ。怒られちったよ(笑)。

岡田:
 言い切ったね(笑)。すごいな。そんなに、やっぱすごいこと? これって多分、見ているだけの人はすごい作品見たと思うんだけども、アニメ作っている人間からの発言として重み違うじゃん。

山本:
 うん。それは、僕はこれは批評をするって宣言したんですね。僕にとっての評論活動ってそういうものなんですよ。ぶっちゃけいうと、お客に来てほしい作品に関しては言葉の強さ。もう、なりふりかまわず、ありとあらゆる飛び道具を使って「来い!」と。

岡田:
 でも、本音として、おなじ映画監督としてそこまで言わせてしまう作品でもあるわけでしょう? 言っちゃえば、クリエイターって他人の作品をどんなに褒めても、でも俺のほうが上だと思ってなかったらつくれないじゃん。そこのバランスどうなのよ?

山本:
 僕あんまりね、やっぱり宮崎さんにはずっと負けた、負けたと思っているし、高畑さんにもやっぱり負けたと思うし、あのー、他の監督だと勝てるなとは思うんだけど(笑)。

岡田:
 高畑さんの評価そんなに高い?

山本:
 うん。自分にとっての絶対な何人かのうちのひとりに片渕さんが入ったなっていう瞬間だと思います。いや、もうやられたとしか言いようがないですね。すずさんの暗い部分とか突っ込みどころはなくはないんですけど。

岡田:
 なくはないけど?

山本:
 そんなこと……、あ! あとね、片渕さんをちゃんと、楽させたいっていうのもありますね。だって、一家4人の一食分の食費が100円とかね。

岡田:
 100円になってまで、クラウドファンディングしてまで!

山本:
 なんかもう、組合でも作ろうかみたいな(笑)。

岡田:
 (笑)

山本:
 なんというかなぁ、片渕さんを勝たせてあげたい! 男にしてあげたい! っていう思いも強い。ソッチのほうが強いですね。

岡田:
 男にしてあげたいっていうのはいいね。

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