カゲプロを生んだボカロP・じん「雰囲気で言葉を選ばない」「インプットに時間をかける」作詞術を語る――『サマータイムレコード』や『Summering』…代表曲の初出し裏話も
人気ボカロPの名曲プレイリストを制作し、それに伴ってインタビューを行う本企画。今回は今やボカロ好きなら誰もが知る超人気クリエイター、じん(自然の敵P)さんが登場!
世間を一世風靡した「カゲロウプロジェクト」シリーズのみならず、近年はアプリゲーム・プロセカや、ジャンルの枠を超えた曲提供でも活躍するじんさん。
今回は珠玉の名曲が集まったプレイリストの話に加え、2025年2月19日発売の3rdフルアルバム『BLUE BACK』についても制作秘話を伺った。
誰もが気になっていた『Summering』の真相や、初めて明かされる人気曲『サマータイムレコード』の裏話。そしてラストには驚きの爆弾発言「音楽を辞めたいんですよ(笑)。」が飛び出すなど、非常に濃い内容となった今回のインタビュー。
ぜひお気に入りの楽曲を聴きつつ、貴重なトークを隅々までチェックして欲しい。
取材・文/曽我美なつめ

■「タイガーランペイジ」に衝撃を受け作り手の道へ
──じんさんは元々バンド活動もされていましたが、音楽を聴き始めた原体験はどんなものなんでしょう。
じん:
僕の出身は北海道の利尻島なんですが、当時の環境的にもなかなか新しい情報や最新の音楽がスムーズに入って来る場所ではなくて。なので両親が聴く音楽を、受動的に聴いていたのが一番最初の原体験になります。
自分の意志で最初に好きだと思った音楽は、6~7歳の時に父と見た映画「菊次郎の夏」の劇伴でした。CDを買って欲しいって言った記憶がありますね。テーマ曲だった久石譲さんの「summer」もすごく好きで、ピアノで弾けるようになりたくて練習したりもして。
──そんなルーツから始まり、学生時代はバンドへ傾倒していって、と。
じん:
ロックバンドのルーツは中学の頃に出会ったTHE BACK HORNでしたね。不登校だった頃、家のケーブルテレビで見た「奇跡」っていう曲のPVに感動してボロボロ泣いてしまって。その出会いが間違いなく自分のターニングポイントのひとつです。
それと、北海道には昔からオルタナティブなロックバンドの系譜もあったので、その系統のバンドも好きでした。eastern youthやbloodthirsty butchers、NUMBER GIRLとか。あとは筋肉少女帯や人間椅子といった文学的な素養のあるバンドにも、特に中学~高校時代は多大な影響を受けていましたよ。
──じんさんは元々、本を読むこともお好きでしたもんね。
じん:
そうですね。地元に娯楽自体も少なかった中、大量の本を無料で読めるという理由で図書館に行くのも好きだったんですよ。ただそういえば、中高でロックに傾倒し始めてから初めて音楽の中で歌詞を意識するようになった気がします。それまではインストや、歌詞が英語であまりわからない海外のブルース、フォークが主な音楽体験でしたから。
──重ねて、VOCALOIDのルーツですとどんな曲になるんでしょう。
じん:
sasakure.UKさんの「タイガーランペイジ」です。それまではボカロを勧められても、やっぱりアニソンチックなかわいい音楽の文化というか。今まで自分の聴いてきた音楽とは全然違うな、という思いが強かったんですが、この曲を聴いた時にイスから転げ落ちるぐらいの衝撃を受けたんです。
具体的に言うと、ものすごくプログレだな、と思って。学生時代にオルタナやガレージロックを入口にした後、海外のプログレやUKロックもすごく好きでよく聴いてたんですよ。モグワイやレディオヘッド、シガーロス、ピンク・フロイドやエマーソン・レイク・アンド・パーマー、ザ・フーとか。
当時のJ-POPにはないすさまじい要素に恋をして、それと同じものをsasakure.UKさんの音楽にもバチバチに感じたんです。それまでは音楽に向き合う際、あくまで自分はフォロワーの視点だったんですけど、「自分で作らなきゃ」と作り手側へ価値観を一変させてくれた曲でもありましたね。
──そこから今に至るまで、ボカロPとしてずっと多彩な曲を作られています。制作のこだわりについても、併せてここで伺えれば。
じん:
提供曲かノンタイアップリリースか、状況によっても多少違いはありますけど、一貫して「何のために作るか」は常に考えていて。ただ漫然と音楽を作ることがあまりできないんです。制作の際もテーマというか、その曲を作る意味・意義を考える所からいつも始まりますね。
同時に「聴く人の解像度を上げたい」とも常に思っていて。大体の場合は自分と同じような感覚を持つ人に届くといいな、という思いが全曲にあります。それこそ昔、不登校だった中学の頃の自分がこれを聴いたらどう思うんだろう、とか。
──その中で、よりもう一歩踏み込んだ制作のこだわりなども教えてください。例えば具体的に、曲を作る際はどの部分から着手されるか、とか。
じん:
曲によってまちまちですね。サビのメロディから作ることもあれば、イントロやAメロから構成することもあるし……。ただ強いて言えば映像的な作り方というか、何らかのワンシーンを表現しようとすることが多いかもしれません。
例えば「サマータイムレコード」は、僕が生まれ育った北海道の景色がモチーフなんです。場所自体はすごく田舎で自然も豊かな所なんですが、そこで夏に遊んでる僕を父が8ミリのビデオカメラで撮った映像を見ると、場所のイメージに反してなんか暗いんですよね。夏の強い日差しの影響で明るさの調節が上手くできなくて、そのせいで暗い画面になっちゃうんですけど、それを当時すごく不思議に思って。その感覚をギターのイントロだけで表現しよう、と思ってできたのがあの曲でした。音を聴いた瞬間に夏だと思うフレーズを作りたい、じゃあどうすればいいんだろう、と。何らかのビジュアルが想起されるストロングポイントをひとつ曲中に置いて、そこを軸に作っていく感じですね。
──制作の中で、一番熱が入るのはどの過程になりますか?
じん:
作詞ですかね。基本的に曲のオケって“背景”という認識があるんですよ。あくまで歌詞を引き立たせるためのバックというか。
音楽においては歌詞の方が、肉感のある有機的な存在、主役になる存在という印象があるんです。なので作詞は一番楽しくて、同時に一番辛いというか。一番熾烈な作業という感じですね。
──作詞の中で、何か自分に課しているルールなどはあるんでしょうか。
じん:
何となく書かない、ですね。言葉に関してはめちゃくちゃ精査して、本当にこの言葉でいいのかを“怖がって”書くようにしています。雰囲気で言葉を選ばないように、あるいは自分が意味を理解してない言葉はあまり使わないように。意味として絶対に相応しいものを選ぼうと悩みながら、毎回言葉をチョイスしていますね。
──近年のボカロ曲はかなり語感を重視する風潮もありますが、それよりは意味に重心を置いて、と。
じん:
いや、むしろ語感や音のハマりがいいのは大前提で、その上できちんと意味を通したり、自分が納得できる言葉を妥協なく選ぶって感じです。だからもう、毎回限界を突破しながら書いてるんですよ(笑)。
僕の場合、作詞自体にかかる時間は1~2日ぐらいですけど、それと同じかそれ以上に作詞に向けてのインプットに時間がかかるんです。本を読んだり映画を見たり、テーマにしたい場所に足を運んだり。準備運動のない段階で詞を書こうとしても、いいものが出来ないどころか書けないですね、もはや。好きでもない人とチューしろって突然言われるような感覚ですよ(笑)。
起きてる現象は別に誰が相手でも変わらないけど、やっぱりそこに意味性が欲しいというか。「心の準備をさせてくれ」って感じです。
──重ねて、とはいえ背景≒サウンドを作る際も当然こだわりがあると思うのですが。
じん:
こだわりは…メロディーですね。音質へのこだわりは当たり前のものとするべきですけど、いわば“上手な曲”は誰でも作れるし、僕が作らなくてもいいんですよ別に。大前提“上手な曲”ではあるけど、そこにプラスで何かフックがないといけなくて。それが僕の場合はメロディーかな、と思います。
どんなジャンルでも、曲調が明るくても暗くても、テンポが早くても遅くても、聴いて一発で僕の曲だとわかる。そんなアイデンティティになるメロディーというか。ただ、それは注力して作るものじゃなく自然に出てくるものという感覚もあります。それが結果としてこだわりになってる感じかな。
■「Summering」は辛い事を考えながら作った曲だった
──ここからはプレイリストについても伺わせてください。最初に一番難しい質問をするんですが、この中ですとじんさん一番のお気に入り曲はどれになるんでしょう。
じん:
最新の「BLUE BACK」ですね。これに限らず曲が出来た時は毎回、自分が今まで作ってきた曲からのバトンを最新曲が受け継ぐ感覚があって。特にこの「BLUE BACK」は自分のいろんな念を背負っているというか、他の曲の大事な部分もすべてここに繋がってるような曲になりました。今回のアルバムの表題曲でもあるんですけど、シンプルにこの中で「一番良くない?」って感じです。ね
──アルバムの顔としても申し分ない曲、ですね。
じん:
あと、従来の曲だと「サマータイムレコード」も思い入れがある1曲です。この曲、本来は作る予定になかった曲なんですよ。
アルバム「メカクシティレコーズ」制作時に、収録予定曲を全部入れても「まだ曲が入れられそう」となって、追加で1曲好きな曲を書いていいよ、となりまして。カゲロウプロジェクトって元々その性質上、物語の展開や表現のために必要な曲が大半で、それは“僕が好きで作った曲”ではないんです。
ただ「サマータイムレコード」だけはそんな経緯から“僕が聴きたくて作った曲”なので、他に比べるとやや異質な曲かもしれません。あんまりカゲプロっぽくない曲というか。
──それはかなり意外なお話な気もしますが。
じん:
最近では「カゲプロと言えばこれ」という方も多いですよね。「歌ってみた」や演奏動画を投稿して下さる方も多くて、僕すごく嬉しいんですよ。というのも、元々実は「サマータイムレコード」は唯一、意図的にインストを公開してなかった曲なんです。なぜかと言うと、「バンドでやってみようぜ!」「自分たちで演奏しようぜ!」ってなってほしくて。
僕が昔THE BACK HORNを聴いて「人集めてバンドでやりたい!」って思ったように、いろんな人の楽器演奏やバンド活動の初期衝動になって欲しい、という願いを込めた曲でもあったんです。当初は難しいだろうなと思ってたのが、今は本当にたくさんの人が演奏してくれたバージョンが世の中にあって。全然原曲ママである必要もなくて、いろんな「サマータイムレコード」がある部分も含めて嬉しいですね。僕の曲に込めた願いや信念はちゃんとみんなに伝わったんだな、と。
──じんさんがTHE BACK HORNに人生を変えられたように、この曲がまた誰かの人生のターニングポイントになると思うと感慨深いですよね。
じん:
最近だと、VTuberさんの卒業でも歌われてましたね。変な話ですが、こんな仕事をしている一方で、「音楽なんて大したものじゃない」と思う自分も常にどこかにいるんですよ。食事や睡眠に比べると、音楽なんて全然生活に必要不可欠ではなくて。それでも、出会いや別れの大事な瞬間に思い浮かぶ曲として扱って頂けるのは、本当にすごく幸せなことだなあと思います。単純に曲を書いて出したこと以上の意義を与えられて、嬉しいと同時に、なんだか不思議な事を目の当たりにしてる感覚にもなりますね。
──ありがとうございます。重ねてよりディープなボカロP・じんを知るためにおすすめの曲ですとどれでしょう?
じん:
やっぱり「Summering」でしょうか。この曲はボカロに留まらず、僕自身の切実な思いというか、辛いテーマと向き合って作った曲で。テーマを持って音楽を作るという部分ですごく自分らしさを出せた曲でもあるので、その点も含めて聴いて欲しいですね。
──やや踏み込む話ですが、“辛いテーマ”の事をもう少し具体的に訊いてもいいですか。
じん:
この曲は元々、「子供の頃好きだったけど、大人になるにつれ捨ててきたもの」がテーマなんです。でも、わざわざ過去を顔の前に突き付けて「これがお前の捨ててきた物だ」って提示するのってすごく残酷じゃないですか。「上手に生きてるよね、お前は」って昔捨てた物に言われるような、恨み節の曲なんです。幼い頃大事だったぬいぐるみや、中学の友達との大切な思い出も、全部過去の夏休みに置き去りにされてそこに永久に閉じ込められてるかもしれない。そんな曲を作る上で、自分をすごく薄情な人間に感じる辛さがあったんです。ただ、そんなメッセージを歌った曲って世の中にあまりないと感じていたので、自分がやりたいと強烈に思って作るに至った形ですね。
──今作は制作陣のラインナップからも、やはりカゲプロシリーズとの意味深な関連性を推察する声も多かったですが。
じん:
あれは本当に紛らわしいことになってすみません(笑)。元はあのクリエイター陣で「僕たちも頑張ってるよ」みたいな感じの、もっと明るい希望的な作品を作りたかったんです。たまたま僕が持ってきたテーマがめちゃくちゃ暗かったせいで、あんな雰囲気になっちゃったんですよ…(笑)。
カゲプロについては、実際問題何かしらやりたい気持ちも全然あります。ただやっぱり、コンテンツ自体があらゆる方面の方を大勢巻き込む巨大なものになってるので……。僕一人で作ってない以上、僕だけが自分勝手に何かをすることはできないし、SNSでも僕だけの言葉で何かを発信するのも違うよな、と。やるならちゃんと時間をかけて、しっかり納得のいく形で動かしたくて。そもそもが大掛かりなプロジェクトなので、そうなった時はめちゃくちゃ大変だと思いますけど(笑)。自分たちなりの戦い方で頑張っていきますのでご安心ください、という感じですね。
■今後の抱負は「音楽を辞めること」、その真意とは?
──話がやや前後しますが、先ほど少し触れたアルバム『BLUE BACK』が今回2月19日にリリースされます。ボカロのフルアルバムとしては12年ぶりの作品なんですね。
じん:
今回の収録作で一番古い曲が「ステラ」なんですが、あの曲を作った頃がそれこそカゲプロシリーズの制作が一旦ひと段落した時期で。「あれ、俺やることないやん?」ってなった時に、ちょうどまだ当時始まってなかったプロセカさんから楽曲制作のお話を頂いたんですよね。
そこで「そうか、カゲプロ以外にもこういう形で制作をしていく道筋があるのか」となって。なのでそこから僕の作曲家人生の第2章が始まって、それを今回ひとつの形にまとめたのが今作になります。
──“カゲプロではない”ボカロP・じんが楽しめる作品集、という感じでしょうか。
じん:
カゲロウプロジェクトだと書かないな、って曲もありますからね。すごくストレートな作りになってると思います。ある種、カゲプロのような物語性は一切封印して作った曲も多いですし。アルバムとしてよりプリミティブというか、ボカロP・じんの“素材の味”がオーガニックに楽しめるものになったかな、と。
──ずばり、今作の聴き所はどういった所でしょう。
じん:
やっぱり楽曲「BLUE BACK」ですね。さっき話した「ステラ」を作った時から今までの時期って、ある種僕にとっての第二の青春と言いますか。いろんな悩みや葛藤、嬉しい事、楽しい事もあった期間なんです。このアルバムの中で一番好きな歌詞が、「BLUE BACK」の<みっともなく青い歌を歌っていたい>って所で。それがすべてですね。かっこよくないかもしれないけどこうやっていきますわ、って。最初の頃からずっと変わらないままやってます、っていう現状報告です(笑)。
あと、曲はニコニコ動画やYoutubeでも単体で聴けますけど、アルバムという形態でまとめて聴く事で初めて見えるものもあるというか。僕自身も昔はアルバムで音楽を聴く体験で得たものがたくさんあったので、「たまにはそういう聴き方もどうでしょう」という提案的な側面もちょっとあるかもしれません。
──ありがとうございました。最後に今後の抱負なども伺えれば。
じん:
……極端な話なんですけど、音楽を辞めたいんですよ(笑)。
──最後の最後に爆弾発言が出ましたね?(笑)。
じん:
実は昔から、音楽を辞めたいとはずっと思ってるんです(笑)。というのも、僕は小さい頃から人が当たり前にできることができなくて、その中で唯一音楽だけは人に「いいね」って言われた経験があって。それは音楽をやりたくてやってるとか、好きで続けてるとは違って、これしかなかったからなんですよね。だから、できることなら音楽を辞めても、普通にこの世界の一員として生きていけるようになりたくて。なので、音楽をずっと何となくで続けたくないというのが自分の目標です。気持ちよく音楽を辞められるまで頑張る、というのが今後やりたいことですね(笑)。
とはいえまだまだ音楽は辞められそうにないので、その中での抱負としては今、僕と一緒に音楽やってくれるボーカルを探してます。最近は日夜、インターネットでいろんな歌を歌ってる人の情報や動画をリサーチしてるんですよ。3月に開催の歌コレ2025春でも「じん部門」が実施されますし、いろんな方の歌をチェックできるのが今からとても楽しみですね。
■アルバム「BLUE BACK」 配信情報

■Information
じん プレイリスト 詳細はこちら
「The VOCALOID Collection」 公式サイト
無料でボカロ聴くなら「ボカコレ」100万曲以上のボカロが聴ける音楽アプリ! ダウンロードはコチラ
じん Xアカウント