『24時間テレビ』で放送された“手塚アニメ”の制作現場が地獄すぎた件「オンエア中にラストシーンのコンテを描いていた」
ギリギリで間に合った『バンダーブック』
岡田:
手塚先生が頑張った結果、なんと、奇跡的なことに、『バンダーブック』はオンエアされることになりました。まあ、「オンエアされた」と言っても、ギリギリの状況だったんですけども。
当時のアニメーションというのは“フィルム”に現像されていました。2時間分のアニメだから、35ミリフィルムにすると10巻くらいの束になると思うんですけど。どれくらいギリギリだったかと言うと、1巻目をロールにかけて映写している時に、まだ最後の巻が納品されてなかったと伝えられています。
つまり、テレビ局でのアニメ放送が始まっているのに、最後のリールは、まだ現像所で現像して乾かしているような状態だったんです。だけど、アニメは作られました。本当にすごいです。
よく、アニメ界の伝説として「放送当日にギリギリ間に合った」という話があるんですけど、それどころの騒ぎじゃないんですね。「1巻目を放送している時に、最終巻が出来上がった」ものですから、もう日本のアニメ放送史上、空前絶後の事態です。
ところが、そんなアニメだったにもかかわらず、『バンダーブック』の視聴率は、24時間テレビの中でトップの28%を取っちゃうんですよね。
日本テレビの24時間テレビ『愛は地球を救う』の第1回放送なんですよ? だから、24時間テレビの中の他の番組も軒並み視聴率が良かったんですけど、その中でも、ぶっちぎりの1位を『バンダーブック』が取ってしまったんです。
なので、その後も、延々と手塚先生のアニメが作られることになってしまいました。すなわち、“アニメ地獄”というのが、ずっと続くことになったんですね。この後も、何回もスペシャルアニメをやって、その度に、視聴率的には大成功したんですよ。でも、ギリギリの進行は相変わらずです。
アニメ地獄はその後も続いた
この翌年に制作された『海底超特急マリンエクスプレス』は、『バンダーブック』よりも、さらにスケジュールが悪く“歴代最悪”と噂されています。
だけど、本当に歴代最悪だったのかどうかについては、はっきりしたことはわかりません。なぜかというと、毎回毎回、あまりにツラいので、スタッフがほとんど辞めちゃうからなんです。誰一人としてアニメスペシャルの制作に最後まで付き合った人がいないから、歴代最悪がどの作品なのかは誰にもわからないと言われているんですよ(笑)。
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どれくらい歴代最悪のスケジュールだったかというと、この時に制作をやっていた人から直に聞いた話なんですけど、手塚先生は、『マリンエクスプレス』のオンエア中に、そのラストシーンのコンテを描いていたって言われているんですよね。
そんなもの、絶対に間に合うはずがないんですよ。それくらいスケジュールが遅れに遅れたんです。そして、『バンダーブック』の時のような“失踪”はなかったんですけど、デスクや制作担当たアニメーターが、バタバタと過労で倒れて行ったそうです。
しかし、そんな中でも手塚先生だけは倒れないんですよ! 一番ハードに働いているのに(笑)!
変な言い方ですけど、手塚先生が倒れてくれれば、なんとかなったんですよ。だけど、みんながバタバタ倒れて行く中、誰よりも働いて、おまけに連載漫画も描いていたというのに、手塚先生だけは倒れなかったんですね。
現場スタッフが編み出した苦肉の策
手塚先生は、もう意地になってしまって、自分でコンテを描くのを絶対にやめようとしないんです。手塚先生が諦めて、コンテをもっと手の早い人、例えば、その時はガンダムをやっていたから無理だったでしょうけど、富野由悠季さんとか、そういう“職人”といわれるようなコンテマンに回せば、なんとか予定通りに間に合ったかもしれなかったんですよ。
だけど、手塚先生が意地になって抱えちゃってるから、どうしようもない。その結果、どうしたのかというと、手塚先生が1時間半くらいの仮眠を取っている間に、制作進行スタッフ達が集まって、「これ、どうしよう?」と会議をしたそうです。
コンテはまだ全部上がっていないけど、脚本はある。その脚本を読んだら、次がどんなシーンになるのかがだいたいわかる。そこで、もう、こうなったら、コンテが上る前に、我々の方で展開を予想して、撮影を済ませてしまおうという話になったそうなんです。
まず、完成している背景を、全て机に並べる。次に、完成しているセルを別の机に並べる。そして、それらを順列組み合わせで撮影する。シナリオを読んだら「ああ、ここでこいつが喋る」というのがわかる。その次は、海底で列車が走っているシーンになる。その次は、列車の中で事故が起こって追いかけられるシーン、というように、だいたいの流れは脚本を見たらわかる。
なので、これを背景とセルとを組み合わせて「たぶん、こいつが戦うんじゃないかな?」とか、「たぶん、こういうふうになるんじゃないかな?」と検討をつけて、どんどん撮影に回すんですね。
あとはもう、手塚先生のコンテが上がって来るのを待って、みんなで「当たった!」とか「外れた!」と言いながら、当たったらそのままアフレコ、外れたら撮影し直して、なんとかはめ込んでいくということを、本当にやっていたそうなんです。
アニメ業界は“底が抜けている”から下を見てはいけない
これは、当時の手塚プロにいて、『マリンエクスプレス』の制作スタッフの一番下っ端をやっていたはずなのに、次々と先輩たちが倒れたから、結果的に制作デスクにまで上がってしまった井上博明さんという、ガイナックスを僕と一緒に作ったアニメプロデューサーから、僕が直に聞いた話です。
井上さんは、これを僕に“怖い話”として聞かせたんですよ。「岡田くん、山賀や庵野を甘やかしたらダメだ! コンテとシナリオは早めにやらせろ! でないと、こんな恐ろしいことになるぞ!」と。
だけど、僕にしてみれば、この話はあまりにも面白くて。井上さんが帰った後、“ガイナックス講談会”というのを開いて、社長の僕が「『マリンエクスプレス』すごかったらしいよ。こんなことがあって」と話してたら、もう、アニメーターから背景スタッフまで、全員、大爆笑するんですよ(笑)。
そしたら、次の日、井上さんが不機嫌な顔で僕の前に現れて、「岡田くん、あれは笑える話じゃないんだ!」って言うんです。だけど、僕はもう、それを含めておかしくてしょうがなかったんですよね。まあ、すごい怒られたんですけれど。
そこで僕が、「アニメ業界って本当に下を見たらいくらでもあるんですね」と言うと、井上さんはこう言いました。
「アニメ業界というのは“底が抜けてる”から、いくらでも下はある。だから、絶対に下を見てはいけない。俺が知る限り、『マリンエクスプレス』が一番の下だけど。でも、噂によれば、俺が辞めた後、手塚プロではもっとすごいことがあったらしい……」と。
「放送中に手塚先生が絵コンテを切る」という以上にすごいことって、僕には想像もできないんですけど(笑)。
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