「なんとなくヤバそう」で漫画もフィギュアも写真集もダメ!? 表現の世界に吹き荒れる「自主規制」の問題【山田太郎と考える「表現規制問題」第4回】
マンガやアニメなど「表現の自由」を守る活動に取り組む「表現の自由を守る会」の山田太郎氏を案内人として、「著作権の非親告罪」「有害図書指定」「国連勧告」「児童ポルノ禁止法改正」など表現規制のアジェンダを考える連続企画(全5回)。
第4回目は、“表現規制の本丸は「自主規制」”と題し、なぜ自主規制は行われていくのか、そのロジックを大解剖。圧力をかける敵がいるわけでもなく、自ら表現の規制を狭めていく心理とは……。
漫画評論家にして、『マンガ論争』を手掛ける永山薫氏をゲストにお迎えし、これまで行われてきた自主規制の歴史&ちょっとトリビアなエロマンガスタディーズまで網羅。
表現者、出版業界、さらには流通業界の複雑な事情が絡み合って引き起こされる自主規制。自主規制している側も、実は「なんで規制しているのかよく分かっていない」……そんな暗部まで見えてくる内容となっています!
自主規制の歴史~出版団体・店舗による自主規制、コンビニ規制
山田:
全5回にわたってお送りするこのシリーズですが、第4回目の今日は「自主規制」について。第2回の「どうしてマンガやアニメは国連から敵視されているか」という内容がスマートニュースに取り上げられ、ネット上で大変ハネました。たくさんの方に読まれたようで、今回も負けず劣らずの内容でぜひネット上の多くの人に読んでもらおうと思っています。
智恵莉:
はい。
山田:
これまでマンガやアニメが政府などの圧力で規制されるという話を伝えてきましたが、実はマンガやアニメが本当に規制される相手は民間対民間。作り手自身や出版社が萎縮してしまったり、あるいは流通業者(Amazon、Yahoo!、Googleなど)やメディア、そういったところが、視聴者をはじめとしたさまざまな人たちからあーだこーだと言われたくないから伝えない複雑な問題があります。
智恵莉:
自主規制……。
山田:
(頷く)。報道の自由やコンテンツの自由は、同じ表現の自由の中でも少し質が違って、報道の自由というのは政府などの「敵」……相手が誰か、誰が規制しているのか分かりやすい。一方で、コンテンツの自由というのはそうではない。報道機関、あるいはメディアは伝え手として内容を変えたり歪めてしまったり、最近では“報道しない自由”があるのかという議論が出たりするわけですが、自主規制がまさしく表現の自由を奪う本丸だということを、今日はたっぷりお伝えしたいと思います。
智恵莉:
実際にこれまでどんな自主規制が行われてきているのでしょうか?
山田:
『マンガ論争』を出版されてきた、業界で一番詳しいプロフェッショナル……永山編集長にお伺いしましょう。
出版団体・店舗による自主規制、コンビニ規制などいろいろあると思うのですが、出版団体による自主規制の歴史……このあたりからどんな形で自主規制が行われてきたのか説明していただけますでしょうか?
永山:
一番分かりやすいのは、1964年に制定された東京都青少年健全育成条例です。
山田:
やっぱりスタートは青健条例なんですね!?
永山:
ですね。これに対応したのが、雑誌協会(雑協)、書籍出版協会(書協)、書店商業組合などの約4団体で組成された出版倫理協議会(出倫協)です。自主規制として「帯紙処置」というのをやりましょう、と。帯紙というのは……出版界では「腰巻」とも呼ばれるのですが(本の帯を見せる)、連続3回あるいは年間5回不健全指定を受けた雑誌は、腰巻に「18歳未満の人には売りません」という恥ずかしいことをしなければいけなくなった。
山田:
18禁ってやつですね。
永山:
「18禁の帯をつけて売ってください」という声が出版界のほうから挙がった。自主規制だけども、それによって強力な規制を避けようと。とにかく出版界も自主規制しているという姿勢を見せたわけです。
歴史は再び繰り返される!? 東京オリンピックを境に規制が強化
山田:
なるほど。最初に青少年健全育成条例が通った……であれば、厳しく規制されてしまう前に出版協や出倫協のほうから自主規制をしようと。
永山:
というか、これは条例で指定された図書にあたるので、「反省してます」「過ちは繰り返しません」と自分たちでペナルティを定めたということですね。
山田:
実は、東京都青少年健全育成条例が制定された1964年は、東京オリンピック開催の年なんですよね。そして、2020年に開催される東京オリンピックを控え、現在おりしも青少年健全育成基本法の話が挙がっている。一つの目標・目的になっているのではないかとも言われていますが、何か関係があるのでしょうか?
永山:
やっぱり、「表現内容を浄化したい」という意識が働いていると思いますね。海外の皆様にお見せするにはちょっと……みたいなものは、なるべく排除したいという意識がどこかで働いているんじゃないか、と。
山田:
後ほど話に出てくる「青少年健全育成基本法が最大の自主規制の嵐になるかもしれない」という話題につながってくるかと思うのですが、その年が出版団体における自主規制のきっかけになったということなんですね。
永山:
そこから話は飛ぶのですが、90年に「有害コミック騒動」というのがありました。一般の青少年が読むマンガにエッチな描写がいっぱいあったため、市民団体が「けしからん!」と運動を起こしたわけです。
その前にも、永井豪の『ハレンチ学園』などいろいろエッチな描写のあるマンガはあったわけですが、とある和歌山の団体がはっきりとした形で運動として主導したことをきっかけに、野火のように全国に広がりました。鎮火させるためにはどうしようかという話になり、結果、自主規制という形になりました。実はこのときエロマンガというものは、ほぼ市場から消えたんです。
山田:
ほほぉ~。
永山:
出しても指定扱いされるんじゃないか!? ということもあったし、実際厳しかった。そこで出倫協は、「成年コミックマーク」というものをつけて、「18歳未満の人には売らないようにします」とゾーニングをしました。書店によって売り場を別にすることが落とし所となり自主規制を始めました。
この出倫協というのが、皆様よくご存知の小学館や集英社、講談社などの大手出版社の団体なんです。最初に問題視されるのが、どうしても大手の出している本。しかし、実際にエロマンガをたくさん出している出版社というのはもっと小さな会社。そういった小さな出版社が集まって出版倫理懇話会(出倫懇)を作って自主的なことを行っていたのですが、ここがとばっちりを食らってしまったんです。
山田:
どういうことですか?
永山:
「エロマンガ、けしからん!」となったとき、大きい出版社はそんなにエロマンガに頼ってないですよね。ところが小さい会社はエロマンガで食べていたのに、それが出せなくなってしまったということです。
智恵莉:
自主規制のようで、結果的に小さな会社を弾圧したような感じになってしまった……。
自主規制の煽りを食らった小さな出版社と若手作家たち
永山:
小さな会社はもらい事故みたいな形になった。このときすごい大変だったのが若い漫画家さんです。彼らはマンガで食べていくことが厳しくなってしまった。
山田:
今だったら自分たちでコミケとかで売ることができるけど、昔は不自由な時代だったもんねぇ。
智恵莉:
うんうん。
永山:
コミケが始まったのは1975年からなので、あることにはあったんですけれども、今ほどではなかった。
山田:
今のようにメジャーではないですよね。
永山:
僕が聞いた一番悲惨な話は、ちょうど冬の時期に水道光熱費が払えなくなった漫画家さん。ガスも止められちゃって暖房も使えなくて、一日中布団にくるまっていたとか。
山田・智恵莉:
あぁ~。
永山:
なかなか悲惨な状況だったようです。
山田:
それでもやっぱりエロとかグロとかの表現はやめないんだ?
永山:
やりたいんですよね。
山田:
やりたいんだ。もう命がけなんだね、表現する側としては……(笑)。
永山:
命がけです。ご飯を食べるためにエロを描いている人も当然いますけど、「これをやりたい」「これを描きたい」といった性や人間の欲を追求したいという漫画家さんも多いので、簡単にはやめられないです。
智恵莉:
そうですよね。
永山:
このときは単行本、いわゆるコミックスにマークをつけるという形だったんですけど、1996年に「ヘアヌード批判」というのがありました。雑誌にヘアヌードを掲載するのはいかがなものか!? みたいなことがありまして、それを受けて成年範疇の雑誌を作ろうということで、成年雑誌マークが作られた。さらに2004年、青少年条例の改正がありまして、このときに不健全指定を受けた図書は包装するようになった。
山田:
ビニ本!
永山:
じゃなくて、シュリンクですね!
山田:
ビニ本じゃないの!? 最近、ビニ本って言わないの?(笑)
永山:
ビニ本はそれとは別で大昔の話だよ!(笑)
山田:
大昔の話なの……!?
永山:
80年代くらいかな。
山田:
智恵莉さん、ビニ本って知ってます?
智恵莉:
言葉は分かりますけど、見たことはないです(笑)。
山田:
げぇ! 見たことない!?
永山:
ビニ本は一般流通には流れてません(苦笑)。もっとアングラなスレスレのところです。
智恵莉:
もっと裏側な感じ(笑)。
永山:
昔のことを言い始めると時間を取っちゃうんだけど、ビニ本とさらに非合法な裏本があるんですよ。
山田:
裏本って非合法なの?
永山:
ビニ本はぎりぎりグレーゾーン。完全に危ないのが裏本。
山田:
へぇ~! って、刑法175条にひっかかるやつですね。ちょっと別の研究になっちゃうんでやめときましょう(笑)。
智恵莉:
(笑)
永山:
そうですね、自主規制してない連中なんだから!(笑)