金正男暗殺の目的は政権交代回避? 田原総一朗と専門家が語る北朝鮮の内幕
北朝鮮の第3代最高指導者、金正恩委員長の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が暗殺された。この事件が今後の日・中・米関係にどのような影響をもたらすのかを、ジャーナリストの田原総一朗氏が報道されない事実も含めて真相を語る。ゲストは歳川隆雄氏(国際政治経済情報誌「インサイドライン」編集長)と李泳采氏(恵泉女学園大学・准教授)。アシスタントは、鈴木純子文化放送アナウンサー。
歳川氏は2月末に中国と日本の安全保障の最高責任者がワシントンを訪れていたことに注目。今後北朝鮮が暴発した場合、どのように対応するのか協議があったのではないかという推測を披露した。李准教授は、金正男氏が暗殺されたことで、北朝鮮の核開発はますます加速する見方を示した。
田原:
次から次へと事件が起きてますね。2月12日には、安倍さんとトランプさんが、トランプさんの別荘でゴルフをしたあと会談している時に、北朝鮮がミサイルを発射したという情報が入ってきた。それで二人が遺憾の意を表明したと。
まるで安倍・トランプ会談を牽制するみたいな。それで日本のマスコミが大騒ぎになったんだけど、すぐ消えた。なぜなら、13日になんと今度は、マレーシアのクアラルンプール空港で、金正男(キム・ジョンナム)が殺されたと。
しかも衆人環視、国際空港の中で白昼堂々、まるでスパイ映画のような舞台設定で。いったい金正恩(キム・ジョンウン)はこのことで世界に何をアピールしたかったのか。謎がいっぱいあるんですよ。まあこのへんを色々聞きたいと思います。
アメリカと北朝鮮の関係はどうなるのか
歳川:
僕が1番注目しているのは、先月の27日に中国の国務委員・外交担当の楊潔篪(よう けっち)さんがワシントンに入りました。そして翌日に安倍首相の外交ブレーン、谷内正太郎国家安全保障局長がワシントンに入ったんですね。
まず、副首相級の楊潔篪さんがたとえ表敬訪問だとしても、トランプ大統領とホワイトハウス内で面会したのは異例なことです。
同じ時期に谷内氏、楊潔篪氏、日中の外交安保政策の実務の最高責任者が、アメリカの安保担当責任者達のいる場所にいた。日・中・米の3人が会っていておかしくないんです。一応外務省は否定してるんですけどね。それはないと。
なぜこのタイミングで楊潔篪氏がワシントンに行ったのか。なぜ異例にも関わらずトランプ大統領と面会したのか。いうまでもなく、この10月に中国共産党大会が開かれます。
党大会のために習近平氏は地盤確立のために粛清までやってます。そういう中で北朝鮮を巡る東アジアの情勢の不安定化・予測の難しさが日々深刻になってるんですね。
中国は北朝鮮側のアクションによる暴発があった場合に、アメリカがどう出るのか、というのが最大の関心です。その際日米で共通してるのは、アメリカがそれに対するリアクションを起こした場合に、中国がどう対応するのか、ということです。
ここからは半分私の想像ですけど、楊潔篪氏は国務委員として習近平氏に直結してるんですね。ですから間違いなくそのような関心を、アメリカ、日本が持ってることを承知している。そしてそれに対する答え、メッセージをもってワシントンに入ったと思うんですね。
1日の朝、ウォール・ストリート・ジャーナルの電子版が速報を打ったんです。「トランプ政権が対北朝鮮に対して武力行使も含め、金正恩のレジーム・チェンジ【※】の選択肢を検討し始めた。」と。
※レジーム・チェンジ
武力を行使したり、非軍事的手段によって、他国の指導者や政権を交代させること。体制転換。政権交代。
ウォール・ストリート・ジャーナルはもともと保守系ですけど、そこが決め打ちした原稿を打ってる。これは相当信頼性が高い報道だと思ってます。
つまり北朝鮮が核実験でなくても、ICBM級の長距離弾道ミサイルを発射したら。それが日本列島を越えて、場合によってはグアムも越えて、ハワイも越えて、西海岸の真ん中くらいまで飛ばす実験をした場合。ほぼ間違いなくトランプ政権は対北朝鮮に武力行使を行うと思います。
北朝鮮崩壊を望むのはどこ?
田原:
僕ね、わからないのだけど、なんで北朝鮮はミサイルや核開発をそんなに熱心にやるの。なんのために。
歳川:
いや、それしかアメリカを同じ土俵に引き出せないから。
田原:
そうでしょ。かつて、ブッシュのときに6カ国協議というのをやった。これを金正恩は狙ってるわけでしょ? アメリカと話し合いがしたい。
歳川:
いやいや、6カ国協議はこれまで20年弱やってきて、ぜんぜん効果が現れなかった。北朝鮮は力の信奉者ですから。力には力を持って同じ土俵に登らせるためには、それをやるしかないわけです。
田原:
もしね、アメリカと戦争になったら大変ですよ。そんなこと北朝鮮は狙ってませんよ。
歳川:
そりゃあ、金正恩氏の心の中を開けてみないとなんともいえませんけど。
田原:
本気でやったら北朝鮮は崩壊ですよ。
歳川:
それを望んでいる人がいるのかもしれない。
田原:
北朝鮮の中に?
歳川:
北朝鮮の中にいないとも限らないでしょう。中国や日本だって。
田原:
北朝鮮の崩壊を1番嫌がってるのは中国です。
歳川:
ですから、中国はどういう形でレジーム・チェンジができるのかを考えているわけです。
田原:
金正恩だけを殺して、北朝鮮はそのまま置いておくと。そういう話を楊潔篪とアメリカがやったと。
歳川:
まあ、そういうアクションを起こした場合に、中国は批判をしたり妨害することなく、後付けであれ事実上認めるよ、というメッセージを習近平がトランプに伝えたんじゃないかと。じゃないと、このあとすぐに習近平の訪米、米中首脳会談をやるというし。
オバマ大統領の北朝鮮政策は失敗です。
田原:
さあ、歳川先生解説を李さんはどう見る。
李:
まず、オバマ大統領の北朝鮮政策は失敗です。北朝鮮がICBMを何度も失敗したのはアメリカがサイバー攻撃をかけて、北朝鮮の核開発を阻止しようとしたからです。しかしそれも失敗だった。だから先制攻撃をしかけたかったけど時間切れになったというのが、オバマ政権です。
トランプ政権になって、国務長官とか国防長官とかはすごい変わるんですけど、その中にいる局長とか変わるまでは2年はかかります。すごく時間がかかる。タカ派は上だけなんです。だから戦争をしかけるまでには時間がかかる。それに来年、中間選挙です。
オバマ政権の時、就任式の時に北朝鮮は、2回も核実験をお土産にしました。これが米朝関係がうまくいかなかった原因です。だからトランプ政権は非常に慎重に動いている。だから私は北朝鮮が大きなことをするとは思っていないです。
ただ今回、米中の安全保障の実務者が会った。北朝鮮は核開発せざるを得ないんです。これしか生きる道がないからです。でもこれをすることは中国とアメリカから攻撃されることを意味します。
レジーム・チェンジがなされたとすると、金正恩体制のあと誰がいるのか。次の後継者は誰か。これが金正男カードでした。しかし今回このカードを消してしまった。
アメリカ・中国が攻撃する可能性はありますが、イラクみたいな混乱は望んでない。北朝鮮にとって金正男カードはとても脅威に見えたでしょう。
今現在北朝鮮の内部で核開発をどのへんまで進めるのか。このタイミングがトランプ政権と中国とのゲームをますます激しくすることは確かです。
ここで日本と韓国がどういう対応ができるのかが難しいところですが、ほとんど対応ができていませんね。
「日韓合意の内容は、韓国側がかなり譲歩している。当事者たちが抜けているから、韓国国民は反発している。」と語る李准教授に「自分たちが選んだ指導者が締結した合意を関係ないことにはできない」「大使の帰国は一時の感情ではない」と田原総一朗氏が応酬。議論は平行線をたどった。