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最終巻発売前に語っておきたい『鬼滅の刃』炭治郎の投擲(とうてき)スキルのすごさ──ガチ武術家に聞いて判明した刀を振るってる場合じゃないかもしれない炭治郎の才

「竈門炭治郎の投擲スキルがすごい」

 一部の『鬼滅の刃』ファンの間で、まことしやかに囁かれていることをご存じだろうか。

 「投擲」(とうてき)──ものを投げることを指す言葉だ。そう、炭治郎は剣士でありながら刀を投げる

 知らない方はいないと思うが、『鬼滅の刃』は、人を喰らう鬼を倒すべく、日輪刀という特別な刀を手に戦う少年少女たちが描かれている作品だ。

(画像はAmazon「鬼滅の刃 1 」より)

 鬼に対して有効な唯一の武器、それが日輪刀である。そんな特別な刀を炭治郎は投げる。しかも1回ではない。2回、3回と。そして驚きなのが、この投擲が、作中ではわりと有効な攻撃として描かれている。

 そこで気になった。

実際に炭治郎の投擲スキルはどのくらいすごいのだろうか?

そもそも刀の投擲じたい、実戦の場で有効だったのだろうか? 

 この疑問に迫るべく、ニコニコニュースオリジナル編集部では、戦国時代の兵法を研究し、武術のプロフェッショナルである横山雅始氏にコンタクトをとった。

 海外の警察や軍人、ボディーガードなどを指導し高い評価を得ているだけでなく、国内外の武術家や格闘家を中心にリアル合戦を再現するイベント“ガチ甲冑合戦”の主宰をも務める横山氏。その知見を求めて、映画やアニメ界隈から武術監修の相談もくるという。

 当初は、ガチ武術家に「炭治郎の投擲スキルはどのくらいすごいのか?」と聞いたら、なにかおもしろい回答が得られるのではないか。そんな軽い気持ちだった。

 しかし、お話を聞いていくうちに、気づけば、刀の投擲による有用性や、刀の役割の変遷など、戦場における刀の歴史に波及。「二刀流は刀を投げるのが常套手段」「刀が“斬る武器”として活躍したのは幕末くらい」など、驚きのエピソードが飛び出した。

取材・文/竹中プレジデント

炭治郎は石を投げても相当強い

──『鬼滅の刃』の作中にて、炭治郎が刀を投げて攻撃するシーンがいくつかあって、一部の読者の間では「炭治郎の投擲スキルがすごい」と話題になっているくらいなんです。あの刀の投擲って、実際にはどのくらいすごいものなんでしょうか。

横山:
 実際に普通の人間が刀を投げた場合、3メートルくらいでしたらまっすぐ飛ばすことは可能だと思います。しかし、それ以上の距離となると、刀は柄のほうが重たいので自然と回転してしまうんです。

 そして、刀を投げているシーンを見る限り、10メートル近い距離を回転させずにまっすぐ飛ばしている。これは炭治郎君の投げる力がすごいということですね。

5メートルの距離から刀を投げた場合も、回転してしまって刀は刺さらない。

──技術以前に炭治郎の刀を投げるパワーがすごいと。

横山:
 そうですね。もしくは、普通の刀の重量は1キロ前後なんですが、もっと重たければ、より長い距離をまっすぐ飛ばせるでしょう。ただその場合も、重たい刀を投げるためには相応の力が必要になりますから。

──炭治郎は、生身で鬼と戦うために身体を鍛えていますし、呼吸の使い手でもあります。まっすぐ飛ばすための力というのは十分に持ってそうです。作中1話でも斧を投げて、あわや水柱の冨岡義勇に一撃を当てかけていますから、投げる技術に関しても才を感じます。

横山:
 厳密にいうと、刀を投げる技術と、斧を投げる技術というのはベツモノではあります。斧というのはどんな風に投げたとしても、構造として必ず回転しながら飛んでいくんですよ。ですから、おおよその距離を目測して刃の部分が刺さるように投げる必要がある。

 作中の描写を見る限り、炭治郎君は目測する技術、投げる技術の両方を持っていてかつ、刀をまっすぐ飛ばせるパワーも備えているわけです。

──これは炭治郎、剣を振るっている場合ではないかも?

横山:
 そうかもしれませんね。斧を投げるなり、それこそ石を大量に用意して投げるなりしても相当強いと思いますよ。

──斧や石……鬼殺隊最強と謳われている岩柱の悲鳴嶼行冥が、まさに鎖の先端に鉄球、斧をつけた武器で戦うんです。もしかして炭治郎は、水の呼吸や ヒノカミ神楽を舞っている場合ではなく、岩の呼吸を学ぶべきだったのでは?

岩柱・悲鳴嶼行冥
(画像はAmazon「鬼滅の刃 15」より)

横山:
 じつは鎖がついた鉄球や斧を飛ばすのに必要な技量というのは、投擲技術とは違うものにあたります。

 刀をまっすぐ飛ばすためには力が必要ですが、鎖武器の場合は腕力というより、どう遠心力を利用するか、いかに鎖を操るかということの操作能力が求められます。下手をすると自身に武器が当たってしまう危険性も高く、非常に扱いが難しい武器なんです。

──あっ、そうなんですね。

横山:
 ただ、作品を読んでおもしろいなと思ったのが、目の見えないキャラが鎖武器を使っているというところですね。

──確かに岩柱は目が見えません。鎖武器使いと目が見えないこと、どのような関係があるのでしょうか。

横山:
 鎖武器というのは、手練れになると指先や手に感じる遠心力の方向性によって扱えるようになります。ですから、武器として振るう際に目が見えようが見えまいがあまり関係ないんです。

 また、ぶんぶんと振り回されると、その間合いに入った瞬間に餌食になってしまいますから、接近もされにくい。そういう意味だと、理にかなっている武器の選択だなあと。

実際の剣術で刀を投げる技はある

──お話を聞く限り、刀はまっすぐ飛ばすのが構造上難しく、やはり投げる武器よりも“斬る武器”という印象が強いです。そもそも実戦のなかで刀を投げることってあり得たんでしょうか?

横山:
 作中のように長距離の投擲は難しいですが、3メートル程度の距離であれば、刀を投げる攻撃は非常に有効だと言えます。

 昔の剣術でも、刀を2本使う流派においては、2本のうちどちらかを投げるというのは常套手段だったんです。私がやっているところ(流派)でも2本使えば片方は投げます。

──刀を投げるなんてことが実際にあったんですか!? それって流派の技のなかに、投げる技として存在するということでしょうか。

横山:
 そうですね。技としてあります。

──刀を飛ばす技なんて『るろうに剣心』に出てくる“飛龍閃”のように創作の世界だけかと思っていました。

横山:
 たとえば、二天一流で有名な宮本武蔵、彼は刀を投げようが木刀を投げようが敵を狙えば絶対に外すことがない。それくらいに投げるのがうまかったと、養子の宮本伊織が建立した小倉碑文にも書かれているんです。

──あの有名な武蔵も刀を投げていたと。二刀流といえば、片方の刀で相手の攻撃を受け、それと同時にもう片方の刀で攻撃する攻守一体なところが強みなイメージがあります。

横山:
 実際に刀を2本の手で握って攻撃してくる威力を、片腕で受け止めることはほぼ不可能なんです。

 武蔵の剣術、二天一流のなかには“2本の刀で受け止めて返す”技もあるのですが、それは型のうえであるだけであって、彼自身が実戦において使っていたのかは非常に疑わしい部分ではあります。

 逆に、顔にめがけて刀を投げた場合、刺さろうが刺さるまいが相手は避けざるを得ない。そのときに隙ができるから飛び込んで斬れると。投げたほうが合理性はありますよね。

──そう聞くと投げる以外の選択肢がない気がしてきました。

横山:
 そもそも、重たい刀を2本持つということは、思うように身体を操作できなくなるわけですから、刀2本を振り回すほうが不利になってしまう面もあるんです。

 「兵法三十五箇条」にも書き残されているんですが、武蔵自身、「二刀を持って戦うのは実戦のためにあらず」と言っているんです。二刀を使うというのは、片腕になったとしても刀を使えるための練習であって、二刀を使って戦うという意味ではないと。

(画像はウィキペディア「二天一流」より)

──剣道で二刀流を扱う方もいますが、武蔵の剣術にあったような型が受け継がれた構えに過ぎないんでしょうか?

横山:
 剣道で使う竹刀は軽いですから、打ち込みの威力も低いんです。従って、両手で打ち込もうが片手で打ち込もうが、片手で受け止められる。ですから戦いにおいて有効なわけなんです。

 鉄の棒に刃をつけたものが日本刀ですから、しかも重量は1キロ、重いものですと1キロ半のものもあるんですよ。それで打ち込んでくるものを片手で止められるかというのは至難の業でしょう。普通なら受け止められない。

──なるほど。軽い竹刀を使う剣道だから二刀流が活きている。

横山:
 そうですね。木刀や刃引き(刃のついてない)の真剣での試合となると、片手で受け止めようとはなかなか思わないしできないでしょう。

──では実戦の場で2本の刀を持って戦う有利性みたいなのはないんですね。

横山:
 どこかの部屋に立て籠った強盗犯なんかを取り押さえる際には有効だとは思いますが、果たし合いや戦場においてはほとんど役に立たないでしょうね。

──二刀流で片方を投げるメリットというのはわかりました。たとえば刀を1本しか持っていない状態でも投げることはあったんですか? たとえば、『鬼滅の刃』単行本8巻、劇場版でも描かれている猗窩座との戦いで、炭治郎が1本しか持っていない刀を投げるシーンがあるんですよ。

横山:
 まずあの場面、相手が逃げている状況でしたら投げるべきでしょうね。実戦なら、投げてみて刺さればそれで勝負が決まるわけですから。

 手元から武器がなくなっても、相手が自分に向かってきているわけではないので、投げて当たる可能性に賭けるのはいい判断だと思います。

──ではもし実戦において、お互い向かい合ってのガチンコ勝負の最中でしたらどうなるのでしょう。

横山:
 さすがに相手との距離にもよりますが、3メートルくらいの距離、刀を構え合って切先が当たるか当たらないかの間合いでしたら、投げるのは有効な手段ですね。振りかぶって投げるわけではなく、構えた状態からスッと投げるので、まず避けられません。

 私が剣術の試合をするとき、お互いの刃の切先が2、30センチ離れたくらいのちょうど戦う間合いに入ったとする。そのときに、冗談半分でよく言い合うんです。「(今回の試合では刀を)投げるのはなしにしようや」と。その距離で刀を投げると投げたもの勝ちなんですよ。まず避けられませんから。

実戦の間合い。この距離から刀を投げられた場合、回避するのは難しいとのこと。

──それでも丸腰になってしまうリスクがどうしても怖いと感じてしまいます……。

横山:
 まず、剣士の基本として、二刀流ではなくとも脇差は差していますから。1本投げたからと言って、実際に丸腰になるわけではないんです。

 もし、脇差すらなくとも、柔術や組討術の心得があれば、隙をついて近づいて投げたり首を絞めたりすればいい。そう考えると、投げてしまうのもありはありなんです。もちろん、刀しか使えないのであればよほど度胸がないと難しいでしょうが。

武術的には真面目に戦うより刀を投げたほうが絶対的に有利

──時代劇や漫画の世界では、相手の攻撃を刀で受けるシーンが多く描かれていますが、いまのお話を聞く限り、相手の攻撃を刀で受けることじたいが悪手のように思えてきます。

横山:
 もう土壇場、受けざるを得ないときは弾いたり受けたりしますが、できるだけかわす。意外かもしれませんが、刀と刀でチャンバラしないというのが基本なんです。

──実際に戦いの場で剣士同士がつばぜり合いをすることは多くなかったわけですね。

横山:
 斬り合うと刃こぼれもしますし、簡単に折れてしまうこともあります。実際に新選組の山南敬助が浪士と斬り合ったときの資料が残っていまして、それによると刃こぼれもひどく、刀もすごい折れかたをしているんです。加えて、私自身にも経験があって……。

──経験があって!?

横山:
 はい。まあ昔の話ですが、姫路城でのイベントで、甲冑を着て刃引きの真剣を使っての試合的な演武をやったんです。

 その際に、相手の刀を受けたら鍔近くからポッキリ折れてしまって。切先近くで受けたのにまさか鍔近くから折れるとは思ってもいませんでした。

──こちらはもう丸腰ですよね。その後、どうなったんですか?

横山:
 これはチャンスと相手は飛び込んできますから、実戦の場においては絶体絶命です。その際には、組み討って投げてなんとかなったのですが、不利な状況に陥ってしまったのは事実です。ですので、できるだけ刀で受けないほうがいいわけなんです。

──実戦の場で経験した横山先生がおっしゃると言葉の重みが違いますね……。

横山:
 武術的に考えると、真面目に戦うより投げたほうが絶対的に有利なのは間違いないです。だからいまの剣道の試合でも、竹刀を投げていいことになれば戦いかたは変わってくると思いますよ。

──それだけ刀を投げる攻撃が強いのであれば、刀を投げる技が語り継がれてもっと有名になっているんじゃないかと思うのですが。

横山:
 江戸時代における剣術はひとつのスポーツであったんですよね。御前試合もそう、スポーツとして正々堂々と戦う。ですから、刀を投げることは卑怯なことであると、禁止されていたわけです。

──いまの時代でいう野球やサッカーなどのようにエンターテインメントとしての剣術だったと。

横山:
 はい。ですから、戦いも同じ武器の使い手同士というのが基本でした。刀と槍が戦ったら槍が勝つに決まっているので、刀は刀同士、槍は槍同士の試合だったんです。

 そもそも、刀というものが“斬る武器”として活躍した時代は幕末くらいで、それ以外の時代ではほとんど使われていませんでしたから。多くの方が抱いている刀のイメージは時代劇や漫画の世界の影響が強く、実際の刀が持っていた役割とは違う部分が多いんです。

時代によって変化していった刀の役割や構造

──いまちょっと気になる言葉が出てきて……刀が武器としてほとんど使われていなかったとはどういうことなんでしょう。

横山:
 まず戦国時代は、戦場ではみな鎧を着こんでいるので、刀で斬ったとしても効果は薄い。ですから、当時は武器というよりも、「有名刀工に作らせました」「こんな有名な刀を持っています」という、武将のシンボルとしての意味合いが強かったんです。

 戦場に出る足軽たちは、脇差として短い刀を持ってはいましたが、それは首を斬るために便利だったからであったり、ほかの武器が使えなくなったときの保険としてだったり、そのくらいの用途でした。

──では戦国時代はどんな武器が主流だったんですか?

横山:
 槍や弓が主流でした。当時の槍は、長いものだと4、5メートルはざらにあって、それで叩くことによって鎧の上からでもダメージを与えられるんです。

 槍は叩くもの、刀は突くもの。槍で叩きダメージを与え、弱った相手を槍を短く持ち直す、もしくは脇差を抜き、鎧の隙間から突いてトドメを刺すと。

──飾りかトドメを刺す用か、それが戦国時代の刀の役割だったと。

横山:
 一応、限定的ですが、城内での屋内戦になると、武器として使われることもありました。屋内で4、5メートルの槍は振り回せませんから。ただ、相手は鎧を着ているので斬れない。じゃあどうするかというと、ぶっ叩いて弱らせて鎧の隙間を狙って刺す。

──ものすごい泥臭い戦いですね。

横山:
 そうですね。江戸時代に入って、刀は「切れ味が大事」と言われるようになりましたが、戦国時代では斬れる必要はなかった。逆に斬れないほうが武器として有効だったんです。

──斬れないほうが有効とは?

横山:
 刀というのは、切れ味を求めて薄くすればするほど、刃こぼれしやすく、折れやすくなってしまいます。逆に、鉈のように分厚くすれば切れ味はよくないけれど、刃こぼれしないし丈夫になります。

 ですので、戦国時代の刀は斬れ味は悪い。その代わり、突けば有効、叩けば骨を砕く、そのうえ壊れにくい。そういう考えのうえで使われる武器だったと思います。

──戦国時代では斬る武器としてはほとんど使われていなかったと。

横山:
 はい。江戸時代に入ると、平和になるため刀や槍は使われなくなります。そして、幕末、再び戦いが起きたのですが、鎧をつけて戦う時代ではなりませんでした。しかも屋内戦も多いとうことで、刀が斬る武器として使われるようになったわけです。

──戦国時代以前と江戸時代以降で、同じ刀であっても役割というのはまったく異なっていたんですね。

横山:
 同じ日本刀でありながら、その構造も打ちかたもまったく違います。いま、日本刀の伝統的製法として正しいと言われているのは、江戸時代の終わり、水心子正秀という刀鍛冶の方が考えた方法なんです。

 皮鉄(かわがね)という外を包む鉄と芯鉄という中で芯材のように鉄を1本入れている。いわゆる二重構造にしているわけなんです。それによって、硬くもあり柔らかくもあるバネのような強さを持ち、よく斬れる刀を実現させてたと言われているんです。

──現代の私たちがイメージする刀がまさにそれです。

横山:
 逆に、戦国以前の刀は芯鉄が入っていない1枚ものが主流でした。当時は鎖国もしていないので、南蛮鉄と言われる海外から輸入した鉄をいろいろ混ぜ込んで作っていた。これが大きな違いですね。

 ただ、この時代にどう刀を打ったのか、製法や刃の焼き入れなどは、じつはいまだに謎が多いんです。

──なるほど……ひと口に刀と言っても、時代によって構造も役割も全然違うんですね。


 思えば遠くまできたものだ。 

 「炭治郎の投擲スキルはどのくらいすごいのか」の質問をきっかけに、

・炭治郎の投擲スキルは実際にすごかった
・戦いの場で刀を投げる攻撃は非常に有効
・二刀流の流派において片方の刀を投げるのは常套手段だった
・そもそも刀が“斬る武器”として活躍したのは幕末くらい

など、刀にまつわるさまざまなお話をおうかがいできた。

 また、当初の目的であった“炭治郎の投擲スキルのすごさ”についても、刀をまっすぐ飛ばすためのパワー、斧を命中させるための目測技術、命中させるコントロールなど、その才の詳細を知れたのも興味深かった。

 この刀の投擲の難易度については、“ガチ甲冑合戦×伊勢忍者キングダム”チャンネルにて動画でも解説いただいている。実際に投げられた刀がどのように飛ぶのか、剣術の技としての刀を投げる技について興味がある方は、ご覧いただければ幸いだ。

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