「庵野秀明はゴッホだと思えばいい」──監督の生い立ち、内面を知るともっとおもしろくなる『シン・エヴァンゲリオン劇場版』
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、庵野秀明氏が監督を務め、2021年3月8日に公開されたアニメーション映画です。
2021年4月7日には、制作会社のカラーが公開初日から30日間累計で興行収入70億円を突破したと発表。また、今回の興行収入は、これまで上映されたシリーズの中で最高記録を更新しているということも告知されています。
本作について、ニコニコ生放送「山田玲司のヤングサンデー」にて、漫画家・山田玲司氏が、漫画家ならではの視点で解説を行いました。
山田氏は、大ヒットを博している『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に関して言及し、庵野氏がどのような人物で、どういったメッセージが作品に込められているのかを考察。
作品のテーマが形作られた経緯を庵野氏の人物像や、影響を与えた世代における特色とともに読み解いていきます。
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※『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のネタバレを含みます。本記事はニコニコ生放送での出演者の発言を書き起こしたものであり、公開にあたり最低限の編集をしています。
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庵野秀明=ゴッホ!?──作家主義から読み解くエヴァの見かた
山田:
庵野秀明さんのことをどういう風に見ればいいのかというのは、まずこういうことだと思うんですよね。庵野はゴッホだと思ってもらえばいいです。
久世:
はあ……?
山田:
映画監督を画家のように作家として捉える「作家主義」という映画の見かたがあるんです。たとえばゴッホという作家のことを知って、ゴッホの絵を観るといろいろなことがわかります。
この絵(「包帯をしてパイプを咥えた自画像」)は皆さん知ってますよね。なんにも知らずにこれを見ると、ただのおじさんがパイプをくわえている……。
久世:
そうですね(笑)。
山田:
だけど、このときのゴッホはゴーギャンと暮していて、いっしょに芸術ができると思っていた時期が一瞬で終わって……。
ゴーギャンがいなくなっちゃって、(ゴッホは自身の耳を切り落とした)だいぶすごい境地にいってるやつですよ。この絵の背後にあるゴッホ自身の物語というのを知ると、この絵がより「クる」わけですよ。
これは、もう1個の有名な絵画ですね。この絵は左のひじ掛けがついていないほうがゴッホ用のイス(「ファン・ゴッホの椅子」)です。右のほうのひじ掛けがついているイスがゴーギャン用のイス(ゴーギャンの肘掛け椅子)です。
久世:
あー……。泣かせる。
山田:
「ゴーギャンのために、ちょっといいイスを用意して待っていたよ」という思いがゴッホを知れば知るほど、この作品がただ明るいだけの絵じゃないとわかります。
この見かたをして、ぜひこの絵を見てもらいたいんです。NHKのドキュメンタリーでもやっていた通り、庵野秀明さんのお父さんは世の中を憎んでいたんですね。
ゴッホの物語を知るように、庵野秀明が世界を憎んでいた男に育てられた男だということを知っていると、シンジとゲンドウのふたりを見るだけでちょっとつらいわけです。
山田:
いろいろなことがあって、テレビアニメ版のときと、旧劇場版のときに大暴れをなさってから、復活してきたときのこのシンジ君の顔の意味みたいなのも……。
久世:
わかるんですか!?
山田:
ゴッホを見るように、庵野秀明の内面がすべてのビジュアルイメージの背後にありますからね。知らないとわからないということでいえば、このポスター。なんだかわからないじゃないですか(笑)。
山田:
だけど、オタクたちは、みんな庵野さんに付き合ってたから、庵野さんが鉄道オタクということがわかっています。そうしたら、このポスターは庵野さんが人生でレールを変えるときということがわかるんですよ。
久世:
あっ、このビジュアルでね。
山田:
いままで走ってきたレールを変えるという時期に、いま来ているという風に解釈すると、ポスターに写っているレールが切り替えできるところになっている意味がわかる。
線路を走るものは、何なのか? という話までわかるとおもしろくなる。なぜ電車の中で綾波と話しているのか?
久世:
なぜ電車が出てくるのかまでわかるということですね。
山田:
そうです。レール、青空、リアル画面だけなのに、いろいろわかっていれば、わかっているほど味わい深い絵になる。
久世:
本編が始まってないじゃないですか(笑)。
山田:
本編始まってないのに、庵野劇場が始まっちゃってる(笑)。
久世:
そういうことか……(笑)。もう、ここから(笑)。
山田:
ここからもう我々は、まんまとワナにハマってるんです。こういうことです。この人たちは右も左も同じです(笑)。よかった、庵野さんが耳切らなくて。
久世:
「エヴァンゲリオンって有名だから見に行こう」というのじゃなくて、まずは庵野さんを知らないと楽しむことが難しいということでもあるんですね。
山田:
それが作家主義なんです。
久世:
なるほど。
山田:
だからどんな人が作っているかということがわかると、よりおもしろい。これがなんで受けるかというと、庵野さんがウソをついてなかったからなんですよ。だから傷付くんです。
久世:
傷付くというのは誰がですか?
山田:
庵野さん本人。もちろん、誤解も受けますから。誠実で相手にゆだねたがゆえに、この方は何回も半端なく傷付いてます。だから、なんとか戻ってくれてよかったなと思います。
バブル期世代の葛藤がエヴァを形作った──世代を代表して庵野秀明が送ったメッセージとは
山田:
エヴァが何の成分でできているのかというところから、まず説明しますね。少年がロボットに乗るふつうのロボットアニメのように始まります。これは『マジンガーZ』から続く先代ロボットアニメのマナーに則っているんです。
そこに学園ラブコメがのってます。友達がいて、好きな女の子がいて、転校生がいて……。そして、なぜかそこに庵野秀明の半生が入ってきちゃうんです。
山田:
ここまでだったらわかるんです。でも、ここからがエヴァンゲリオンのいちばんおもしろいところで、庵野秀明が視聴者に向かって「お前はどうなんだ?」と言い出すんですよ。
これは60年代にやってたやつなんです。それを95年にぶちかましたのが庵野秀明のコンテンツで、そのときにそんなのを知らなかった奥野さんたちの世代は「この人すげえ……」ってなったでしょ。
久世:
「この人すげえ……」となりましたよ。
山田:
「この人は世界のすべてを知っている」と奥野さんは思ったらしいじゃないですか。
奥野:
俺の友達のオタクがものすごい考察とかを、むちゃくちゃおもしろそうに話してくれたんです。たかがアニメにそんなことあるのかなと思いつつも、俺もそれを考え始めると、やっぱりおもしろいんですよ。
「死海文書って何?」みたいな(笑)。もしかしたら、そこの中に何か隠されているのかもしれないと思ったんですよ。
久世:
新しい価値観と時代の到来を感じました。1995年、中学3年生の我々は……。
奥野:
そうそう、世紀末に向かう世が荒んでいく中で「庵野秀明は何かを知っている」という風に思っていた時期が僕にもありました。
久世:
ありましたよ。だって、ロボットアニメなのに主人公が熱血じゃなくてもいい……。そのうえ、主題歌で「少年よ神話になれ」と歌っていたのは、「お前らがんばれ」と言ってくれてるんだと思いましたね。
山田:
これを説明すると、時代によって、アニメや漫画家のテーマが変わっていくんですよ。わかりやすくいうと、手塚先生や石ノ森先生の時代というのは、基本的にあらゆる差別に対しての批判がテーマとなっていました。
現実に戦争を体験しているから、戦争批判がすごいんです。基本的にリアルな戦争反対、人道主義、ヒューマニズムのようなことを言っている。
山田:
そのつぎの世代は団塊世代ですね。富野・宮崎世代は環境問題がひどくなってきたということで「地球を守れ」というテーマが出てきます。
そして、戦争に関しては当事者じゃないけど、人間の愚かさのようなものを伝えようとしていました。それはなぜかといえば、学生運動で挫折した体験があったからです。
戦争体験、学生運動体験があって、庵野・イクニ(幾原邦彦)世代がつぎにくるんです。これが俺のちょっと上の先輩なんですが、この世代には何もないんですよ。
久世:
何もない!?
山田:
なんにもないんですよ。学生運動も終わっていて、不景気がきます。そしたら、ゆるやかに好景気になって、プラザ合意からのバブル到来が青春なんです。だから、葛藤がないんですよ。
ただふたつ葛藤があるとすれば、ひとつは親の問題。もうひとつは女の子の問題。この世代は、これしかないんですよ。
奥野:
リアルな問題というかね……。
山田:
自分にとっての問題。それを何を使って語るかとなったときに、戦争を体験せずに何を体験していたかというと、いっぱいアニメを見てたんです。
奥野:
先代たちが作ってきたやつね。
山田:
アニメ、特撮、漫画、文学を見てたんです。誰かが作った物語をバーチャルで体験することしかなかった。自分にとっての問題は、お父さんが認めてくれない、彼女が振り向いてくれない、そういった時代になってくるんです。
そして、不景気だったり、親の失業だったり……。いい年になってしまうとか、友達が結婚するとか(笑)。「14歳のままで生きていたいのに、そうもいかないだろう」という問題に対して、ずっと「どうしよう」と考えていたのが庵野・イクニ世代。
親の問題、自己同一化の問題、そして外に行かなきゃいけないっていうことをずっと考え続けていたから、ずばり「俺たちは14歳のままでいいのか?」というのがテーマなんです。
久世:
これがエヴァンゲリオンのテーマ。
山田:
だから『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のときから、登場人物は14歳のまんまです(笑)。「今回、3人とも『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』から14歳なのが、どういうことかわかるよね。それお前だぞ、俺だぞ」と言っている。
「お前だぞ」の槍が庵野さん自身に返ってきてますからね。つまり、自殺しながら言っている、切腹しながらのメッセージというのが庵野さんの芸風ですよ。本人が芸風と言ってますからね。
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