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連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第二回

 2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第二回です。(第一回はこちら
 「超歌舞伎」をご覧に頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。

 4月24日(土)・25日(日) 各日18:00より、「ニコニコネット超会議2021」にて超歌舞伎『御伽草紙戀姿絵』上演

・超歌舞伎 公式サイト
https://chokabuki.jp/

・チケット購入ページ
https://dwango-ticket.jp/

第二回 「ボーカロイド楽曲と歌舞伎演目の融合に挑んだ『今昔饗宴千本桜』」

文/松岡亮

 さて前回の記事でも、超歌舞伎第1回公演における話題に触れていましたが、今回は改めて『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』が誕生するまでのエピソードについて記したいと思います。
 ドワンゴさんが主催する「ニコニコ超会議2016」で歌舞伎を上演したいというお話が具体化しつつあったのは、2015年の晩秋のことでした。私にそのプロジェクトに参加するようにと直接的な話しがおりてきたのは、2016年1月中旬のこと。
 その時点で、主演は中村獅童さん、初音ミクさんに決定しており、加えて、歌舞伎の『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』【※】と人気楽曲の『千本桜』を融合させた新作歌舞伎を上演するという枠組みが決定していました。

※『義経千本桜』:義太夫狂言の三大名作のひとつとされる、歌舞伎の古典演目。

『今昔饗宴千本桜』(2016年)のキービジュアル

初音ミクさんとその人気楽曲『千本桜』との出会い

 勿論、初音ミクさんについては、お名前とその活躍ぶりは存じ上げていましたが、私には全く縁遠い存在でした。
 ミクさんの歌う『千本桜』という楽曲を私自身がいつ知ったのか、明確な年月はわかりませんが、テレビCMでたまたま耳にした楽曲の曲名をみたところ、『千本桜』と記載されおり、歌舞伎の『義経千本桜』と何か関係あるのかしら?と不思議に思ったのが、この楽曲とのファーストコンタクトでした。
 そして、2015年の紅白歌合戦で、小林幸子さんが『千本桜』を熱唱されるのを見て、「あ、あの曲はこんな人気曲なんだ」と驚きの目で見ておりました。まさかそれから半月後に、この楽曲に深くかかわる運命とは知らずに。
 ちなみに小林幸子さんは、ありがたいことに、幕張メッセでの超歌舞伎公演を第1回からご覧くださっている、熱烈な超歌舞伎ファンのおひとりです。

浮世絵から着想を得て

 話題がそれてしまいましたが、楽曲の『千本桜』と『義経千本桜』とどのように融合させるのか、しかも獅童さんの相手役はバーチャルシンガーの初音ミクさん。その上で、歌舞伎の古典的な演出を取り入れる。この難題にどう取り組めば良いのか頭を抱え、自信をもって提出できるプロットができず、黙然と何時間もパソコンの白い画面に向き合ったことが思い出されます。
 こうして悶々と時間を送るうちに、ある浮世絵の図柄を思い出し、それが糸口となってようやくプロット執筆の歯車が動き始めました。その浮世絵とは、豊原国周(1835~1900)によって描かれた作品で、1867(慶応3)年に江戸守田座で上演された『義経千本桜』に取材した役者絵でした。

『今昔饗宴千本桜』の着想を得た、豊原国周(1835~1900)による『義経千本桜』役者絵

 この役者絵から、新作歌舞伎の結末部分は、隈取姿の忠信が大立廻りを見せるというアイデアが生まれ、その上で対決する相手は人間よりも異形の物の怪の方が、善悪がはっきりとするであろうという発想から、忠信Vs青龍という超歌舞伎ファンの方ならおなじみの対立軸が誕生しました。
 そして前半部分には、『道行初音旅(みちゆきはつねのたび)』【※】、いわゆる「吉野山」の忠信の姿で、ヒロイン役の初音ミクさんと踊る場面を作れば、こちらも見どころとなり、初めて歌舞伎をご覧になるお客様にも、「歌舞伎を観た」と実感してもらえるのではと。
 ようやくここに至り、プロットがまとまったのが同年1月21日。これをもとにして準備稿の執筆に取り掛かり、ひとまず台本らしい形になったのが、2月7日のことで、その日の夜、できたばかりの準備稿を手にして、この舞台の演出をお願いしていた藤間勘十郎師との打ち合わせに参加しました。

※『道行初音旅』:『義経千本桜』の場面のひとつ。別称「吉野山」として知られる歌舞伎舞踊。

『今昔饗宴千本桜』(2016)

 いま改めてこの準備稿の準備稿とでもいうべき台本に目を通してみると、書き手の迷いがそのまま台詞に現れていて、それぞれの登場人物の台詞が、歌舞伎調の台詞でもなく、現代語の台詞でもなく、その中間をいくような、非常にすわりの悪い台詞で構成された、なんともお恥ずかしいかぎりの準備稿でした。
 とはいえ、本番初日の4月29日まで残された期日は2か月弱。果たしてこの方向性で良いのかと自問自答しながら、定例会議にむけて準備稿を恐る恐る提出したのでした。
 ちなみに1年目の超歌舞伎の台本は、歌舞伎の台本を初めて目にするメンバーが多いということで、台詞やト書き、歌舞伎ならではの用語に注釈をつけた台本になっていました。

 また『今昔饗宴千本桜』という外題(げだい。タイトルのこと)が、生まれたのは2月下旬のこと。外題の〝今〟には現代の技術の粋(すい)であるデジタル演出の意味を、〝昔〟には歌舞伎と、歌舞伎ならではの古典のアナログ演出の意味をもたせ、〝饗宴〟には獅童さんとミクさんとの競演、さらにデジタルとアナログの融合、祝祭性と、いくつもの意味あいを重ねました。そして〝千本桜〟には言うまでもなく、楽曲『千本桜』と歌舞伎『義経千本桜』を。
 ひとまずの準備稿を提出し、外題も決まり、いよいよ本格的にこのプロジェクトが動き始めました。

(第三回へ続く)

・第三回
https://originalnews.nico/310028

執筆者プロフィール

松岡 亮(まつおか りょう)

松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。


■超歌舞伎連載の記事一覧
https://originalnews.nico/tag/超歌舞伎連載


 

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