伝説のクソゲー『ミシシッピー殺人事件』のクリア手段が狂ってる──”自作攻略本”をまとめながら2年の月日を費やしてクリアを果たしたとある投稿者の話
「テニミュ」をきっかけにニコニコ動画を知った
──わかるさんのお話を聞いていると、本当に編集が好きなんだって伝わってくるのですが、編集に興味を持つきっかけって何かあったんですか?
わかる:
きっかけはニコニコ動画です! 楽しそうに動画を作っている方々を見て「私もやりたーい!」って家族共用だったパソコンにムービーメーカーを入れ動画を作ってみたのが最初でした。
──確かゲーム実況の前にも動画を投稿されていたんですよね。
わかる:
「わかる」名義ではなくて別アカウントで、投稿していた動画はもう削除されているんですけど、じつはそうなんです。友だちに「テニミュ」の動画を教えて初めてニコニコを知って。
──まさかの「テニミュ」。
わかる:
正直なところ、とんでもないところに来ちゃったな……!! と最初は思ったんですが、そこからニコニコに通っているうちに自分でも動画を作りたいと思うようになって。
最初は、ラジオの書き起こし動画みたいなものをムービーメーカー使って作っていました。3000枚くらいスライドを用意してパラパラ漫画みたいな感じのを(笑)。
──3000枚のスライドを用意するって相当ヤバイですね。
わかる:
多いですよね(笑)。時間もめちゃくちゃかかっていました。熱量だけで動画を作っていましたね。そのときに鍛えられたからか、多少の編集は大変とは思わなくなりました。
(画像は「自作攻略本メイキング」より)
──いやあ……本当にすごい。
わかる:
そのあともアニメのMADを作ったり、動画投稿はけっこう長いあいだ続けていたんです。
──そんななか、実況動画を始めるようになったきっかけは?
わかる:
ネットで知り合った友達から「一緒に実況動画をやってみない?」って誘われたのがきっかけです。いっしょに、と言っても同じタイミングで実況を始める仲間がほしかったようで。その前から動画投稿をしていたので声をかけられたみたいです。
そのときに初めてゲーム実況というジャンルには触れたんですが、 どのジャンルにも暗黙のルール的なのがあるじゃないですか。それを乱してはいけないと、動画を投稿する前に「実況プレイ」タグを見ながらいろんな動画をチラチラ見ていって。
──あー、ありますよね。昔のゲーム実況は発売されたばかりの新作はすぐに動画にしてはいけない、みたいな雰囲気があったと思います。
わかる:
そうそう。そういうのがあると怖いじゃないですか。それで当時のゲーム実況動画を見た感じ、あまり編集をしている動画がなかったので、私としては「編集はそんなにしちゃいけない」のが暗黙のルールだと思ったんです。
だから最初は編集控えめで……どこまでなら許してもらえるのか探り探りでやっていました。
──なるほど。
わかる:
それに私ってゲームのプレイが上手くないので、そのゲームを好きな人が見て不快な想いにさせてしまったらどうしようっていうのも不安でした。初めて投稿するときは怖かったのを覚えています。
動画のタイトルも、最初は「キョンシーズ2をやる」みたいなゲームの名前を入れていたんですが、投稿する直前に検索で引っ掛からないようにゲームの名前を入れないようにしたんです。
小学校、中学校のときの趣味がいまの動画編集に繋がっている
──『キョンシーズ2』と『ミシシッピー殺人事件』とレトロゲームを実況プレイされていましたが、もともとそういうゲームが好きだったんですか?
わかる:
王道ゲームは遊んだことがある、くらいでしたね。一番ハマっていたのは『アトリエ』シリーズで、攻略本を片手にイベントをチェックして、どう進めるのかまとめながらプレイしていました。
ほかには『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』、『クロノ・トリガー』や『クロノ・クロス』、『テイルズ オブ』だったり『ときめきメモリアル』だったり。
──THE・王道って感じのゲームですね。
わかる:
小学校のころはゲームよりも漫画のほうに興味があって、ひたすら4コマ漫画を描いてはクラスメイトに見せる子どもでした。ギャグ漫画家になりたかったんですよ。
──まさかの。
わかる:
『ドラクエ』の4コマ漫画を描いて雑誌の賞に応募したこともあって、そのときはネタを探すためにゲームをプレイし直して、街の人のセリフや主人公の行動を書き出していました。
──それって、いまゲーム実況動画でやっている自作攻略本作りに似ていますね。
わかる:
ですです。今もそうなんですが、とにかくメモをするのが好きな子どもでした。手帳が好きで、その日の日記とかやりたいこととかを自由にメモしていました。
そこから中学校では漫画のアフレコごっこにハマるようになって。誰がどのキャラクターの声を担当するか決めて、録音した音声に効果音やBGMをつけて……そのCDを流しながら漫画を読むと、2倍楽しいという画期的な遊びで(笑)。
──それもいわゆる編集に近いことですよね。小さいころから好きだったことがいまのわかるさんの活動に繋がっているという。
わかる:
不思議なんですが本当にそうなんです。小学校中学校時代に好きでやっていたことを今も編集でやっているんですよね。あの黒歴史たちはなにひとつ無駄じゃなかったんだなって。
──黒歴史(笑)。話を戻しまして、いま投稿されている『Return of the Obra Dinn』はレトロゲーではなく比較的新しいタイトルですよね。実況されるタイトルはどのように選んでいるのでしょうか。
わかる:
私はどんなゲームをやっても同じようなリアクションになってしまうので、30%くらいの実況にしかならないと思っているんです。そこに編集の力で70%を乗せて私のなかで100%の実況動画にできるかどうかで、投稿するかしないかを決めています。
じつはいろいろなゲームを、動画にするかは置いておいて録画するだけして試しに実況プレイしてみたこともあったんです。でも、ゲームとしてはおもしろくても、編集したい気持ちが湧かなくて。最新のゲームってものすごく丁寧な作りなので、編集を入れる余白がないんです。
──編集するっていうのがわかるんさんにとって一番大きい欲求としてあるんでしょうね。
わかる:
そうかもしれないです。私すごく頑固で、やりたくないことは本当にやらないんですよ。
──編集していて楽しいポイントってどのあたりなんですか?
わかる:
『キョンシーズ2』のときはアフターエフェクト(Adobe After Effects)を触りたてのころだったので、何をするのもワクワクして。いま見返すと、ものすごい見にくい作りにはなってしまっているんですが、当時は編集することじたいが楽しくてしょうがなかったんです。
『ミシシッピー殺人事件』のときには、多少いじれるようになったので、『キョンシーズ2』の編集での反省点を書き出して、テーマや一貫性を意識して編集をするようにしたんです。
──テーマや一貫性ですか。
わかる:
はい。『ミシシッピー殺人事件』の主人公は探偵なので、「探偵が手帳に書き込みながら調査をしている」ような編集テーマを設けました。この縛りが入ったことで、ものすごく楽しくなっちゃって!
──縛りが入ると楽しくなる?
わかる:
そんな感じです。『Return of the Obra Dinn』でも、「オブラディン号の世界観を崩さないように編集が前に出すぎてもダメ」という縛りがまたひとつ乗ったので、編集していてすごく楽しいんです!
2020年に入ったら動画編集の仕事が0本に。そんなとき声をかけてくれたまだら牛さん
──最近は、ナポリの男たちの「狂気山脈」や舞台「カタシロRebuild 侵蝕」PVだったり、TRPG関係の動画編集もされていますよね。
わかる:
はい。ありがたいことに、まだら牛さんに紹介していただいて、担当させていただいています。
──どういう経緯で担当することになったんでしょうか。
わかる:
もともとはクラウドワークスで動画編集の仕事を受けていたのですが、コロナ禍になってYouTuberさんたちが外で撮影できなくなった影響もあってか、2020年に入ったら編集の仕事が1本もない状態になってしまったんです。
どうしようかなと思って、「わかる」名義のほうで仕事を募集したんですけど、そのタイミングでまだら牛さんが声をかけてくださったんです。
──まだら牛さんとはもともとお知り合いだったんですか?
わかる:
Twitterでまだら牛さんが「いつも動画見てます」とフォローしてくださって、私も狂気山脈を見ていたので「こちらこそ見ています」みたいなTwitter上でフォローしあうくらいの感じでした。
まだら牛さんの誕生日にDMでお祝いのメッセージを送らせていただいたら、そのときに「じつはわかるさんに動画編集のお仕事を頼みたいです」と。
そこから、ディズムさんやナポリさんに紹介してくださって。まだら牛さんのおかげで「わかる」名義でたくさんお仕事をいただけるようになって、今はほぼ「わかる」名義の仕事だけで生きていけているので、本当に感謝しかありません。
わかるさんのミシシッピー殺人事件実況「始まりはいつも3号室」は、マジでクソゲー実況の歴史……どころかゲーム実況動画の歴史に名を残す名作中の名作だと思う。
— まだら牛🏔🎲 (@m_Usi) August 19, 2020
あらゆる意味ですごすぎる。https://t.co/pHOGlVTMWL
──まだら牛さんがわかるさんの動画編集を評価してくれて、そこから仕事が広がっていったと。
わかる:
本当にありがたかったです。編集方針も私にお任せしていただけていて、普段自分が作っていないタイプの編集をすることもあるので、編集としても楽しめています。
──ナポリの男たちの「狂気山脈」の動画はTRPGのリプレイ動画ですが、これまたものすごい時間かかってそうな編集ですね。
わかる:
TRPリプレイ動画の編集をするのが初めてだったので、最初のころはすごく苦戦しました。
勉強のために、まにむさんの「実はめっちゃ面白いクトゥルフ神話TRPG」やコウノスケさんの「ちょっと噛み合わない初心者たちのクトゥルフ」などを見たりして、漫画風な編集を意識して作らせていただいています。
ゲーム実況の時間はほしいけど仕事の縛りがあるのがちょうどいい
──いやあ……しかし、仕事で動画編集、趣味のゲーム実況でも動画編集と、わかるさんって普段どのような生活をされているんでしょう?
わかる:
ここ数年は起きている時間も寝る時間もまばらで、起きている間は仕事をして、その合間に趣味のゲーム実況の動画を作る。眠くなったら寝る、という感じです。
だいたい2時間くらい寝たら目を覚ますので、2時間寝て起きたら眠気がくるまで動画編集、眠気がきたら寝る……のくり返しですね。
──じゃあ眠くならなかったら2時間しか寝ないことも?
わかる:
そういうときもありますね。今日なんかも取材があるって緊張しちゃって……1時間しか寝られなかったんです。
──ええ、大丈夫ですか!? わかるさんの食生活も心配になってきました。
わかる:
家族と暮らしているので、何とか飢えずに済んでいます(笑)。
──身体は大事になさってくださいね……。逆に動画編集以外で何されてるんですか?
わかる:
TikTokがめちゃくちゃ好きでよく見ています。動画の時間じたいは短いのに、細かくカットされていたり見てもらうための工夫が詰まっていてすごいんですよっ!
──動画編集の視点じゃないですか(笑)。
わかる:
編集されているものを見ると、いまの演出はどうやって作ったんだろう、みたいなところが気になっちゃって(笑)。編集ってその人の個性がものすごく出るので、見ていてすごくおもしろいんです。
──ある種の職業病的な。
わかる:
そんな感じかもしれません。動画編集はどんどん楽しくなっているんですが、仕事が忙しくてゲーム実況の動画を編集できないときは焦っちゃうことはありますね。
ただ、実況動画のなかだとものすごく投稿ペースが遅いほうだと思うんですが、仕事の隙間時間でも動画を作りたいって気持ちになれるのは、間違いなく見てくださっているみなさんのおかげです。私の生きがいになっています。本当に感謝しかありません。
──今後の目標とかやってみたいことってありますか?
わかる:
ゲーム実況が今一番楽しいので動画を作る時間を増やしたいのですが、お仕事もとっても楽しいし生活もあるので……。宝くじが当たったりしたら半年くらい仕事を休んで実況をしたいですね。
たとえば動画が収益化して、それだけで生活費が賄えるなら仕事をしなくてもいいんですけど、そのためには動画の本数を増やすところからで、仕事の時間を削らなきゃなので、現状だと難しいところです。
でも、性格上、縛りがないと楽しめないところもあるので、仕事が縛りとしてあるのがちょうどいいのかなとも思います。
──無理のない範囲で……。(いち視聴者として)待つのは慣れているので(笑)。
わかる:
ありがとうございます(笑)。
既存の攻略情報に頼らず自力でゲームをクリアすることじたいは、ゲーマーなら珍しくもないだろう。検証しながらいろいろ考えるのは楽しいし、自力で攻略できたときは達成感でいっぱいになる。
だが物事には限度がある。
クリアのために2年間同じゲームをプレイし続けたり、ひとつの検証プレイに何ヵ月もかけたり、1700枚のゲーム画面を繋ぎ合わせて自作マップを用意したりするのは、なかなかどころじゃなく大変な労力を伴う。
できればそんなことしたくないと思う人が大多数だろうし、「楽しい」範囲を突き抜けて「辛い」感情が芽生えてもおかしくない。しかし、わかるさんはそれらも「楽しい」「ワクワクしちゃう」と語る。
取材中にこの話をお聞きしたとき、まず最初に思い浮かんだのは「本当に?」という若干の疑いの含んだ感情であった。「まさか」「そんなバカな」と。だが、お話を聞いていくうちにその気持ちは納得に変わっていく。わかるさんはなにも「苦行に身を置き続けたい」わけではなかった。
「大変な作業があるほうが動画としては楽しんでもらえる」
「見てもらうことを考えると、なんでも苦じゃなくて楽しくなっちゃう」
おもしろい動画を作りたい。それを見て、楽しんでもらいたい。そのためにわかるさんは何時間かかろうがゲームに真正面から挑んでいくし、途方もない時間をかけて丁寧に動画を編集していく。
「自分が作った動画にコメントしてもらえるのを見て、なんとも言えない快感があって。それがずっと残っていて……。そのためにずっと投稿し続けているんだと思います」
そして、そんな傍から見れば苦行に見える作業に楽しく臨める原動力こそ、自分の作った動画に寄せられる視聴者からのコメントであるという。
……わかるさんの動画にコメントしにいこう。いち視聴者としてふとそう思った。
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