ボカロ曲『ダーリンダンス』は”好きな人に貢ぐ女子”が題材の曲だった。ボカロP・かいりきベアが描くダークで難解な歌詞の秘密を本人が解説
ボカロ曲『ダーリンダンス』は、Youtubeで再生回数2,600万、ニコニコ動画で300万を超える、ボカロP・かいりきベアさんにとって『ベノム』に次ぐ代表曲だ。
本作は、テンポのいい明るいメロディに、一見すると意味不明な電波ソング風の歌詞が歌われている。
しかし、歌詞をよくよく見ると「病み悪化してんだ」「踊れ奴隷」「私 なにもない」など、不穏な言葉が並んでいることがわかる。一体、この歌詞に込められたテーマは何なのだろうか?
ボカロPに、ある1曲の歌詞について、とことん伺うインタビュー連載企画「ボカロPの言葉」。
kzさんの『Tell Your World』、カンザキイオリさんの『命に嫌われている。』に続き、第3弾となる今回は、かいりきベアさんに『ダーリンダンス』を解説して頂いた。
実は今回『ベノム』についての取材オファーをしたところ、かいりきベアさんご本人から「『ダーリンダンス』の方がたくさん話すことがあるのですが、いかがでしょうか?」とご提案いただいた。
インタビューは「たくさん話すことがある」という言葉通り、難解な歌詞に隠された衝撃のストーリーを、1フレーズごとに細かくたっぷりと解説していただいた。
おそらく、この楽曲を聴いてきた人の多くは、その印象がガラッと変わることになるのではないだろうか。
少しショッキングな内容に面食らってしまう方もいるかもしれないが、ダークなストーリーの奥底には、孤独や寂しさと常に向き合ってきたかいりきベアさんが持つ大きなテーマが横たわっている。
楽曲に慣れ親しんだ人はもちろん、この記事で初めて知った人にも、ぜひ歌詞を追いかけながら本記事に触れてみてほしい。
取材・文/金沢俊吾
主人公は「好きな人に貢いでしまう女の子」
──本日は『ダーリンダンス』の歌詞についてお話を伺えればと思います。この曲はどういったきっかけで生まれたのでしょうか?
かいりきベア:
よろしくお願いします。
最初は、地雷系と言われるような女子たちをテーマに1曲作ってみたいというのがスタートだったと思います。
──恋愛を思わせるフレーズが多いですが、地雷系女子の恋愛中の脳内みたいなイメージでしょうか?
かいりきベア:
そうですね。ただ、『ダーリンダンス』の「ダーリン」は、本命の男性のみを言ってるわけではなく、言い寄ってくる男たちのことも含めて書いています。
──寄ってくる男たちの総称としての「ダーリン」。
かいりきベア:
この曲の主人公は本命の男性がいて、でも本命は振り向いてくれなくて、その人にお金を貢いでいるような状態なんです。好きな男性と結ばれるために、その人にたくさんお金を使っちゃうんです。
──えええ、ヘビーな設定ですね……。
かいりきベア:
そうですよね。で、貢ぐためにお金が必要じゃないですか。そのために他の男性たちからお金を稼いでいる設定です。
本当のダーリンのために、言い寄ってくる男性のことをその場限りのお金の関係でダーリンと呼ぶ、みたいな感じで2つの「ダーリン」を重ねています。それに踊らされてる男たちのことを「ダンス」という言葉で表現して『ダーリンダンス』というタイトルになりました。
──ちなみに、その本命の男性はホストとかなんでしょうか?それともヒモみたいな。
かいりきベア:
本命の男の正体は『ダーリンシンドローム』というアルバムのどこかに書いてあるんです。 暗号のような感じで隠しているので、ぜひ聴いてみてください。
──そういった具体的な設定は、作曲する前にもある程度組み立てるんですか?
かいりきベア:
今回はまずメロディができていました。デモを作ってから、いまお話しした『ダーリンダンス』のテーマを着想して、歌詞を組み立てていきました。
──歌詞というかストーリーはダークですが、メロディやアレンジはアップテンポで明るい印象です。そのギャップは意識されたのでしょうか?
かいりきベア:
歌詞自体はダークなんですけれども、主人公の女の子は本命の男性にかわいいところを見せたいですし、言い寄ってくる男性にも「私はこんなにかわいいから、お金を使ってね」とアピールしてるんです。その取り繕ったような雰囲気を、かわいらしい明るめなアレンジで表現しています。
──かいりきベアさんは過去のインタビューで「歌詞は全部、僕自身が人生で感じたことを書いている」と仰っていました。こうしたストーリーに共感する何かがあったのでしょうか?
かいりきベア:
『ダーリンダンス』に限らず、僕の楽曲の根本にあるのは孤独とか、寂しさとか、満たされない思いだと思うんです。今回は、そうした孤独感みたいなものを、この貢いでしまう女の子に託しました。
「LOVE ME」は誰から愛されたいのか?
──ここからは実際に歌詞を見ながらお伺いさせてください。かいりきベアさんといえば韻の踏み方が気持ちいい楽曲が多いですが、このAメロも「曖昧 一回楽に アイマイミー快楽に」などたくさん韻が踏まれています。
かいりきベア:
メロディーと合わさる言葉の気持ちよさは最優先で考えています。歌詞の内容を理解してない人でも曲として楽しんでもらえることを先に念頭に置いてます。
存在証明 愛だって愛だって吐いたって
嗚呼 寝転ン ゴロンて 嫌ん 嫌んプリティプリティダイエットDAY
曖昧 一回楽に アイマイミー快楽に
病み悪化してんだって愛だ 恋だ 何だってんだ生命線は 愛だって愛だ 嘆いたって
ああでもない こうでもないな 寂しい寂しいナンセンスDAY
いっそ密会 ラフに 節操無い解:LOVE ME
溺れ奴隷 踊れ 踊れ 亡霊だ
──「ダイエット」「吐いた」といった言葉からは、過食症っぽい印象も受けます。
かいりきベア:
おっしゃるとおりです。本命に気に入られるために無理なダイエットもしようとするんです。周りから見たら十分細くてかわいいのに、ちょっとした欠点も許せなくて自分を追い込んでしまうようなイメージですね。
──「踊れ 踊れ 亡霊だ」は、先ほどのお話も踏まえて、タイトルとリンクしてくるフレーズです。
かいりきベア:
言い寄ってくる男を踊らせているようであり、自分が本命に踊らされてるようでもある。そんな自分を客観的に見て「まるで亡霊のようだ」と歌っています。
──「いっそ密会 ラフに」というのは、お金をくれる男性たちとの時間のことですか?
かいりきベア:
そうですね。ほかにも本命と会えない寂しさから、言い寄ってくる高ステータスの男性とSNSなどを通じて密会します。「LOVE ME」は密会している今だけは私を愛してよ、というのと、本命に愛してもらいたい気持ちも込めました。
「分からない」のくり返しに、ひとつだけ「わかる」がある理由
なにもない なにもない 私なにもない
ねえ変われない 変われない 私 変われない
ねえ分からない分からない「わかる」分からない
はい目もと以外は隠して パパ
──Bメロはよりストレートにダークな雰囲気が伝わってきます。「分からない」 のくり返しで、なぜ「わかる」だけひらがなにしたのですか?
かいりきベア:
「わかる」は、うわべの共感をしてあげてる部分なんです、「わかる」って表面上は言ってるんですけど、本心では全然わかってないよ。「分からない」のくり返しは、表面上の営業に疲れた心の声なんです。
──「ぱぱ」は、いわゆるパパ活のことでしょうか。
かいりきベア:
ご想像にお任せ致します。
自暴自棄となってしまったDメロ
駄。ダダダダ ダリダリ ダーリン FUNNY
はい冴えない愛情論で おねだり
駄。ダダダダ ダーリン脳裏のうり DIRTY&DIRTY
会いたい衝動 埋めてよ ダ ダ ダーリン
──『ダーリンダンス』が大ヒットしたのは、やはりサビのメロディのキャッチーさが大きいと思います。一方で「会いたい衝動 埋めてよ ダーリン」は、孤独をストレートに表現しているように読めました。
かいりきベア:
本命に会いたい、結ばれたいっていう気持ちを、言い寄ってくる別の男性たちで埋めてるのだと思います。。やっていることは軽薄に見えるかもしれないけど、内面は寂しいし、孤独だってことをサビに込めました。
──ストーリーというか、テーマとしてはほぼ1番で完結していますよね。
かいりきベア:
そうですね。1番で言いたいことは大体言って、2番は言い換えだったり、また違う韻を踏んでみたりしています。
踊れ 叫べ 踊れ ルラッパパ
踊れ 唄え 踊れ ルラッパパもうドッキンドッキン脳 しんど期 ドッキン悩
はい素顔は全部無くして PAPA
──そして、2番のあとのDメロ「素顔は全部無くして」という言葉は、「踊れ 叫べ 踊れ ルラッパパ」も相まって自暴自棄な印象です。
かいりきベア:
そう、完全に自暴自棄ですね。「私、ひどいことをしてきた。もう元の自分に戻れる気しない。だからもう全部なくしちゃえ。」って。ここは最も病んでいる箇所だと思います。素顔を全部なくして、繕った自分だけで生きてってやろうみたいな。
──1番、2番で歌ってきたようなことを繰り返していくわけですね。
かいりきベア:
またお金をためて「本命のダーリンに構ってもらいたい、自分を一番に想ってほしい、お金無しで本気で愛して欲しい」と、会いにいくんでしょうね。
──でも、本命と結ばれることはないんですよね?
かいりきベア:
そうですね。お金をたくさん貢いでくれる時だけ愛情深く接してもらえるような。女の子も、それは気づいてはいるんです。でもやめられない、という沼にはまっているイメージで書きました。
なぜ救いのないストーリーを描くのか?
──こうやって歌詞を追ってみると、なかなか救いのないストーリーなのですね。
かいりきベア:
そうですね。『ダーリンダンス』に限らず、僕の書く歌詞は完全に救いのないものが多いかもしれないです。
──なぜ救いのない歌詞を書くのでしょうか?
かいりきベア:
現実世界で、歌詞の登場人物と似たような悩みを抱えてる方が、この曲を聴いたから救われるのかというと、違うと思うんですよね。誰かが救ってくれるわけでもないし。歌詞というフィクションであっても簡単に救われてしまうと「この曲の子は救われるのに、自分は救われないままなんだな」って思わせてしまうかもしれません。だから、安易に救いのある歌詞は描かないようにしています。
──でも、その救いのなさに共感するというか、逆に救われている人もきっといらっしゃるのではないでしょうか。
かいりきベア:
僕はそうだと信じて、救いのない歌詞を書いていますね。
──ここまでお話し頂いて、改めて『ダーリンダンス』はかいりきベアさんにとってどんな曲ですか?
かいりきベア:
こうやって振り返ると、こんな内容の曲が、こんなにたくさんに方に聴いて頂けていいのだろうかと思いますね。
でも、ボカロP始めてから10年ぐらい、音楽について自分なりに追求してきて『ダーリンダンス』は、今のところ歌詞としては自信作になりました。そんな曲が、多くの人に聴いて頂けてとても嬉しいです。
ボカロPとして
──かいりきベアさんは長年ボカロPとして活躍されていますが、ボーカロイドの魅力ってどんなところにあると思いますか?
かいりきベア:
ボカロファンの皆様の熱力がすごく大きいことですね。皆様のおかげでボカロの文化がこれだけ大きくなって、僕はそのおかげでボカロPを続けられていると思っています。
──『ダーリンダンス』は初音ミクが歌っていますが、いろいろなストーリーの主人公になれることも、ボカロの魅力のひとつですよね。
かいりきベア:
そうですね。僕の場合は、ニコニコ動画初期のボカロシーンからずっと見てるので「ミクかわいい!鏡音リン・レンかわいい!」という気持ちがずっと続いています。
──以前は「ミクかわいい!」みたいな曲がたくさんありましたよね。でも最近は、ツールとしてボカロを使う人が増えている気がします。
かいりきベア:
僕も、もちろんそういった面はあります。でもそれ以上に、ここまできたら「音楽的なパートナーとして歌ってもらう」という側面が強いかもしれません。遡ってみて、なぜここまで一緒にやってきたかというと「ボカロかわいい!」っていう気持ちが最初にあったからだと思うんですよね。
今後の目標は『ベノム』を超えること
──最後に、今後書いてみたい楽曲やテーマがあれば教えてください。
かいりきベア:
うーん……そういったものは特にないかもしれないです。その時々で感じたものをつらつらと書いているので、それからもそんな風に作っていくと思います。
──なるほど。クリエイターとして、例えば「1億回再生を目指す」みたいな数字的な目標はありますか?
かいりきベア:
確かに、『ダーリンダンス』『ベノム』は「もう満足でしょう」ってぐらいたくさん聴いて頂けましたけど、やっぱり『ベノム』が再生数的には圧倒的なんです。オケとか技術的には当時より進化したはずなのに、再生数で過去の作品を超えられないのはすごく悔しい。
── 『ベノム』はYoutubeで4,800万回、ニコニコ動画で700万回再生されています。 ※2022年10月1日現在
かいりきベア:
『ベノム』より歌詞を上手く書けた『ダーリンダンス』でも2倍ぐらい差があるので、圧倒的なんですよね。自分自身で作ったハードルを越えたいなと思います。
──このインタビューで少しでも『ダーリンダンス』の再生数に貢献できたら嬉しいです。
かいりきベア:
ありがとうございます(笑)。もちろん、これから公開する新曲も、もっと皆さんに聴いて頂けるようにがんばります!
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