日本アニメが世界ヒットしても何故クリエイターにお金が届かなかったのか? エヴァでヨーロッパにアニメ再ブームを起こしたイタリア人の戦い
日本アニメの再ブームを巻き起こした「エヴァンゲリオン」での賭け
吉川:
そこから大きく成功されたのですか?
コルピ:
95年からこうした仕事を始めて、97年の終わりごろに日本アニメの大きなブームが起きました。もちろんヨーロッパでは70年代にも大きな日本アニメブームがあったのですが、それはいったん収まっていて、その後の新しいブームです。
この再ブームを起こすきっかけになったのが『新世紀エヴァンゲリオン』です。私たちでフランス語版、イタリア語版、スペイン語版、ドイツ語、ポルトガル語等を作りました。
数土:
『エヴァンゲリオン』は何が違ったのですか?
コルピ:
『エヴァンゲリオン』には、最初からものすごく力を入れました。それまで日本アニメを放送していたテレビ局ではなくて、あえて「日本のアニメは絶対放送しない」と言っていたCanal+【※1】とかMTV【※2】といった大きな放送局に積極的に売っていきました。彼らはそれまで、「日本のアニメはつまらないから放送しません」とか「品質が悪いから放送しません」と言っていたんです。
※1 Canal+
フランスの大手有料民間テレビ局。映画やスポーツ、アニメーションなど多くの専門チャンネルを持つ。
※2 MTV
世界各国に放送局を持つアメリカの音楽&エンターテインメント専門チャンネル。160カ国以上で5億世帯をカバーする。
数土:
それはかなり画期的ですね?
コルピ:
Canal+とは1年くらい粘り強く交渉を続けて、そこでどうにか深夜枠で1回放送してもらいました。ところがそのうちの1話がサッカーの試合か何かで放送が飛んだんです。そうしたら5000件くらいの抗議電話が放送局に殺到して……「なんで、サッカーのために『新世紀エヴァンゲリオン』を飛ばすのか!」と。
Canal+もびっくりして、そこで放送枠を夕方に変えて、そこから一気に大ブームになりました。それを見たMTVが、さらにイタリアとドイツで買ってくれました。
数土:
そこからどんどんと?
コルピ:
『新世紀エヴァンゲリオン』の後番組となった『カウボーイビバップ』、さらに『天空のエスカフローネ』、『トライガン』、あと『GTO』……。そうした流れができてMTVでもCanal+でもかなりアニメを放送していただくようになりました。
それからは、あまりアニメに積極的じゃなかったドイツや、北欧、ロシアでも放送するようになりました。それが非常に調子良く2000年、2001年くらいまで続きました。
海賊版で一気に崩壊したヨーロッパの日本アニメ市場
吉川:
2002年以降に、大きな変化があった?
コルピ:
なにが起きたかというと、YouTubeやTorrent【※】と呼ばれるネット上の動画ファイルの交換ソフトの出現です。うちはホームビデオでお金を回収してテレビ局に提供していたんですけれど、これでまずホームビデオから回収がほぼできなくなりました。それまで何万本あった売上高が、いきなり何千本とか何百本に落ちたんです。
※BitTorrent
ネット上に共有したファイルをPCやネットの負荷を軽減しながらダウンロードできるソフト。
吉川:
ネット上の海賊版の出現ですよね。取締りなどの対抗策は取れなかったのですか?
コルピ:
ヨーロッパはそれが全くコントロールされていなくて、色々なところと手を組んで海賊版対策したのですけれども、なかなか上手くいかない。海賊版とはそういうものなのです。
例えばイタリアのサーバーにあったものは摘発できたけど、同じものが中国のサーバーにあったら何もできないとか。さらに海賊版DVDの出現もあって、完全に市場がなくなってしまって……。
数土:
海賊版DVDも打撃だったんですか?
コルピ:
要するにテレビよりも良い画質でアニメが見られる。マレーシアに業者がいて、うちの音声だけをVHSから取って、それを日本の画質の良いDVDの映像に合わせて販売していました。それも止めようがなくて……。
ですから2002年がピークで、そのあとはDVDの売り上げがものすごく落ち込んでいきました。そのあとは海賊版が難しいだろうと思い、漫画出版に力をいれましたが、これも2006年がピークです。いつの間にか全部PDF化されて中国のサーバーにあがっている。まるで海賊版業者のためにウチが金かけて翻訳や編集をしてあげている状態。本を出した次の日にはネットにあがっているんです。
数土:
海賊版対策はされたとのことですが?
コルピ:
ただ、海賊版を管轄するイタリア財務警察のメインの仕事はファッション業界なんです。イタリアのファッションの偽ブランド品市場は何百億円で、それと比べると日本の海賊版DVDや海賊版漫画はずっと小さい。彼らからは「なんでこんなものに時間を費やさなきゃなんないのか」と、ずっと言われました。
それでも長い時間をかけて警察を説得しました。やっと取り締まりをやってもらった時には、1回で『グレンダイザー』の海賊版8万枚を摘発しました。
(画像は一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)ウェブサイトより)
吉川:
それで状況は好転したのですか?
コルピ:
いえ、日本の某団体がその摘発のニュースを日本のメディアに公表しましたが、その中で判決まで絶対に公表してはいけない情報も一緒に流してしまったんです。その記事がイタリアのネットニュースでも取り上げられ、結果的に折角協力してくれた財務警察の関係者が左遷されてしまい、没収した海賊版も業者に返却せざるを得ない、というとんでもない実態になりました。それで財務警察は当然ウンザリしてしまい、二度と日本の案件を取り扱わないとカンカンに怒りました。我々だけで仕掛けた摘発と何の関係もない団体が勝手に流したニュースのせいで、我々の長年の努力は水の泡になってしまいました。ものすごい衝撃でした。
社内で全員がモチベーションをなくし、この商売をどう続ければいいのか考えていた2008年頃に、ベルルスコーニさん【※】の関係会社から「お前らが売れていないのはマーケティング力がないからだ。俺らだったらマーケティングを上手くできるからテレビ局にバンバン宣伝して売れるよ」と声をかけられ、会社を売ってくれと言われたのです。結局、会社は売らずに、ホームビデオ事業と出版事業だけを譲渡しました。
ただ、結論を言うと彼らも1年間で全部の事業を閉鎖しました。どんなに宣伝しても、ファンはみんな海賊版を買ってしまうことがわかったから。
※シルヴィオ・ベルルスコーニ
イタリアの実業家、メディア王として知られる。政界にも進出し、たびたびイタリアの首相を務めた。