極寒の山脈で裸同然の遺体が発見「ディアトロフ峠事件」とは?ソ連で起きた不可解なことが多すぎる事件を解説
今回紹介する、事故と災害を解説するところさんが投稿した『【ゆっくり解説】何かに追われていた?男女9人が不可解な最後を迎えたその結末とはディアトロフ事件』という動画では、音声読み上げソフトを使用して、1959年、ソビエトで発生した「ディアトロフ峠事件」を解説していきます。
雪崩が原因? 謎に包まれた雪山での事件
霊夢:
魔理沙は最近登山したいと言ってたわね。
魔理沙:
ああそうだな。特に雪山に行ってみたいな。
霊夢:
魔理沙、ディアトロフ峠事件って知ってる? 今回はディアトロフ事件について解説していこうと思うわ。ディアトロフ峠事件とは、1959年2月2日の夜に起こった事件よ。当時のソ連領ウラル山脈北部で、雪山登山をしていた男女9人が不可解な死を遂げた事件なのよ。事件はホラート・シャフイル山、マシン語で「死の山」の東斜面で起こったのよ。
事件があった峠は一行のリーダーであった、イーゴリ・ディアトロフの名前から、ディアトロフ峠、ジャトロフ峠とも呼ばれることになったのよ。当時の調査では、一行は摂氏マイナス30℃の極寒の中、テント内側から裸足で外に飛び出したのよ。矛盾脱衣ってことね。
魔理沙:
矛盾脱衣ってなんだ?
霊夢:
矛盾脱衣または逆説的脱衣、凍死者が裸状態で発見されることね。
魔理沙:
なんで寒い中裸になるんだ?
霊夢:
これはね、寒い環境の中で脱衣してしまう異常行動なの。
魔理沙:
脳がハイになってるのか?
霊夢:
ある意味ね。発見された遺体の2体に、頭蓋骨骨折が見られ、別の2体は肋骨を損傷。もう1体は……舌を失っていたのよ。
魔理沙:
舌を失ってた?
霊夢:
そうよ。さらに何人かの犠牲者から、高い線量の放射線物質が検出されたのよ。
魔理沙:
雪山登山で被ばくするのか?
霊夢:
事件は人里離れた山奥で発生し、生還者もいないため不明点がたくさんあるの。当時のソ連の捜査当局は、「抗いがたい自然の力」によって9人が死に至ったとしたのよ。事件後3年間にわたり、スキー客や探検家など事件が発生した地域には、出入り禁止を命じたのよ。
魔理沙:
そうだよな。入ったら放射線を浴びることになるもんな。
霊夢:
ソ連を引き継いだロシア連邦の最高検察庁は、2020年7月13日雪崩が原因と見解したのよ。一行は男性8名、女性2名。スヴェルドロフスク州内のウラル山脈北部スキーでのトレッキングを計画したわ。グループの多くはウラル科学技術学校、現在で言うとウラル工科大学学生と、卒業生だったのよ。
魔理沙:
なるほどな。メンバーの名前を教えてくれ。
霊夢:
イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ。この人は隊のリーダーね。続いてジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ。リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ。アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・コレヴァトフ。ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディン。ユーリー・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ。ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコ。
ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ。セミョーン・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフ。ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディン。ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディンは持病で2013年4月27日亡くなったわ。話を戻すわ。一行最終目的地は、事件発生現場から北に約10キロのをオトルテン山に決まってたのよ。でもね、そのルートは事件当時の季節において、踏破難易度が極めて高いと推測されていたのよ。
魔理沙:
なんで分かっていて行ったんだ? 謎なんだが。
霊夢:
一行全員は、長距離スキー旅行や山岳遠征の経験を持っていたのよ。
魔理沙:
なるほど。反対者がいないってわけか。
霊夢:
そういうことになるわ。1月25日、スベルドロフスク州北部イヴデリに、一行の乗った列車が到着したのよ。一行はトラックをチャーターし、さらに奥地に進んだわ。イヴデリから80キロ北方にある、最後の有人集落ヴィジャイに到着したの。1月27日、いよいよヴィジャイからオトルテン山へ出発したのよ。
魔理沙:
でもこの一行にとっては、楽しい旅行なんだよな。
霊夢:
だけど翌日、ユーリー・ユーディンが持病のリウマチの悪化から離脱。残りは9人になったわ。ユーディンと別れたあと、生前の一行と遭遇した人は、現在に至るまで発見されてないわ。最後のキャンプで発見された日記やカメラの写真などが材料で推定されたわ。
魔理沙:
残っていたのか。貴重だぜ。
霊夢:
1月31日、未開の林を北西部方向に進み、到着したわ。オトルテン山に到着したことによって、本格的な登山準備に入ったの。下山まで必要と思われる食糧、物資を取り分け、余計な分は帰路に備えて残置したのよ。翌日2月1日、一行はオトルテン山に続く渓谷に行ったのよ。
テントを張ろうとしていたのだけど、吹雪により視界が見えづらくなったのよ。方向を見失ってしまい、西にそれてオトルテン山の南側にある、ホラート・ヒャフイル山に登山してしまったの。 彼らはやがて誤りに気付いたけど、1.5キロほど下方森林地帯に入っていたわ。そして雪風をしのぐのではなく、何の遮蔽物もないところにテントを張ったのよ。
魔理沙:
プロ級の登山者がなぜそんなことをしたんだ?
霊夢:
ユーリー・ユーディンは、この行動を「ディアトロフはすでに登った地点から降りることを嫌ったか、この際山の斜面でのキャンプ経験を積むことに決めたのではないか」と憶測しているのよ。
登山を終えてヴィジャイに戻り次第、ディアトロフが速やかにスポーツクラブ宛てに電報を送ることになってたわ。2月12日までには電報が送られてくるだろうと予測してたの。事前に少し遠征が長引くかもしれないと話していたことにより、2月12日が過ぎても電報が来ていないことに気がつかなかったのよ。
魔理沙:
なんで気づかないんだ?
霊夢:
遠征ではこうしたことはよくあることらしいわ。さすがに親族等の要請で、ウラル科学技術学校はボランティアの学生や教師から最初の救助隊を送ったわ。その後、軍と警察が腰を上げ、救助活動はヘリコプターや航空機を投入した大規模な活動になったのよ。
魔理沙:
ついに動いたか。
霊夢:
2月26日捜索隊が、ホラート・シャフイル山でひどく損傷して放棄されたテントをまず発見したのよ。テントを発見した学生、 ミハエル・シャラヴィンは「テントは半分に引き裂かれ、雪に覆われていました。荷物はテントに置いていました」と語ったの。
魔理沙:
テントの中にか? 変だな。
霊夢:
さらに9つの靴下の足跡、片足だけ靴を履いた足跡、裸足の足跡が500メートル進んだところで雪に覆われて見えなくなっていたわ。そして大きなヒラヤマスギの下で、下着姿で靴を履いていないユーリー・クリヴォニシェンコ、ユーリー・ニコラエヴィチの遺体があり、焚き火の跡があったわ。木の枝が5メートルの高さまで折られていたの。彼らのうちひとりが、木に登っておそらくキャンプを探していたことを示すわ。
魔理沙:
でも人数が足りなくないか?
霊夢:
ヒラヤマスギとキャンプの間で、ディアトロフ・ジナイダ・スロボディンの3体の遺体を発見したのよ。遺体は木から300メートル、480メートル、630メートル離れた位置で別々に見つかり、彼らがテントに戻ろうとしていた状態で亡くなったことを示しているわ。さらに残りの遺体を探すのに2ヶ月かかったの。残りの遺体はヒラヤマスギからさらに森を75メートルわけいった先にある渓谷の中で、深さ4メートルの雪の下から発見されたのよ。
魔理沙:
4メートル!
霊夢:
だけど4人は、他の遺体よりまともな服装をしていて、どうやら最初から亡くなったメンバーが、自分たちの服の残りを譲ったとされているわ。ゾロタリョフはドゥビニナの人工毛皮のコートと帽子をかぶって、同時にドゥビニナの足にはクリヴォニエンコのウールズボンの切れ端が巻かれていたのよ。
魔理沙:
なんだか悲しいな。
霊夢:
そうね。5人の遺体が発見された後、死因尋問が始まったの。検視の結果、5人全員の死因に直接結びつく怪我は負っていなかったのよ。5人は低体温症であることが判明したのよ。争った痕跡はなかったわ。
魔理沙:
やはり自然の力か。外傷がないわけだよな?
霊夢:
いいえ。ステボディンは頭蓋骨に小さな亀裂を負っていたわ。5月に発見された4人の遺体は、検視の事情が違ったのよ。
魔理沙:
低体温症じゃなかったのか?
霊夢:
3人が致命傷を負っていたの。チホ=ブリニョーリの遺体は頭部に大きなケガを負っており、ドゥビニナとゾロタリョフのふたりは肋骨をひどく骨折していたわ。
魔理沙:
雪でそんなことが起こりえるのか?
霊夢:
たとえばテニスボールを片側に全面的に荷重をかけると、力を加えた場所ではなく、片側の反対側が破裂するわ。厚さ3から4メートルの雪が圧してきた場合、約500キロの重さとなるのよ。怪我は全員、体の反対側にあったの。こうしてケガは流動する圧力によって引き起こされたと結論づけたわ。これはクリヤコフが説明したの。
魔理沙:
すごい発見だな。でも最初に話した放射線はどうなるんだ?
霊夢:
事件現場の近くには核実験施設があるが、その程度の量なら大気汚染でもあり得ることなのよ。
魔理沙:
なるほど納得だ。
霊夢:
あと、この事件を題材とした『ディアトロフ・インシデント』って映画もあるから、機会があったらぜひ見てみてね。
謎が謎を呼び、様々な憶測を呼んできたディアトロフ峠事件。今となっては真相は藪の中になってしまいました。解説をノーカットで聞きたい方はぜひ動画を視聴してみてください。
『【ゆっくり解説】何かに追われていた?男女9人が不可解な最後を迎えたその結末とはディアトロフ事件』
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