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無敵の耐性を持つ最強昆虫「ネムリユスリカ」とは? ワクチンの輸送問題を救うかもしれない“ロマン溢れる昆虫”のメカニズム

※この記事は農研機構(NARO)の提供でお送りします。

 「最強の昆虫は?」と訊かれて、みなさんは何を思い浮かべますか?
 見た目からして強そうなヘラクレスオオカブト? それともダンボール程度なら噛み千切ると言われている最強コオロギのリオックでしょうか。昆虫に詳しい方々のなかには「ネムリユスリカ」を挙げる人もいるかもしれません。

 ネムリユスリカを簡単に説明すると乾燥状態であれば、彼らは高温だろうが、極寒の環境だろうが、どんな極限環境だろうが死にません。
 ロールプレイングゲームに一体はいる、魔法もスキルも効かない強力な耐性を持ったユニークなモンスターといったところ。

 この強力な耐性を研究すれば、何かに応用できるのではないか。
 そんな考えから日本でネムリユスリカの研究を始めたのは、食や農業に関する研究開発を行う、農研機構の研究者のみなさんでした。

 この研究を進めていくことで、将来的には絶滅危惧種を救ったり、冷蔵や冷凍に頼らない、省エネで環境に優しい保存技術を開発したりすることも期待できるとのこと。
 今年の夏も暑いですが、もっと広い視野で見れば温暖化の根本的な理由を解決できるかもしれません。

 ネムリユスリカはどんな昆虫なのか、何故強力な耐性を持っているのか、そしてメカニズムを研究することによって社会にどんな影響を与えるのでしょうか。
 本記事では、ロマン溢れる耐性を持つネムリユスリカの研究について紹介します。


ネムリユスリカとは

 ネムリユスリカは、世界に15000種ほどいると言われている「ユスリカ」の一種です。
 ユスリカ自体は、田んぼや川、植木鉢などの少し水がある場所など、日常の至る所で見かけることができます。

 一方で、極限環境の中で生きるユスリカも存在するのです。
 例えば「ヒョウガユスリカ」。普通の昆虫は氷点下0℃以下ではまともに動くことができないのですが、彼らはマイナス16℃の寒さでも活動できる特異な種類です。
 日本でも有数の強酸性湖と呼ばれている、宮城県の潟沼に潜む「サンユスリカ」という種類もいます。潟沼は酸性が強すぎるため、魚はおろか水草も生えません。サンユスリカがどれだけ酸に耐性を持っているのかが窺いしれます。

 今回の主人公であるネムリユスリカは、アフリカやナイジェリアなどの半乾燥地帯に生息。乾季になると8ヶ月以上もの間、雨が降らない過酷な環境です。
 ネムリユスリカの幼虫は、4ヶ月しかない雨季にできた水溜りが生活の拠点。もちろん乾季がくれば水溜りはすぐに干上がってしまうので、幼虫も例外なくカラカラになってしまいます。しかし、彼らは体内の水分率が3%以下になっても死にません。そして、数カ月ぶりに雨に濡れることで成長を再開することができるのです。

 この機能のことを「無代謝乾燥休眠能力」と言うそうで、この状態のときは外敵要因によるストレスにめっぽう強いそう。
 とある実験では、人間は4Gy(グレイ)の放射線量で致死量に至りますが、ネムリユスリカの幼虫は7000Gyの放射線量にも耐えた記録があります。
 
 熱や寒さ、真空状態に乾燥など、ネムリユスリカの最強耐性伝説は他にも沢山あるそうですが、今回は割愛。
 ところで、彼らは一体どうやってこの無代謝乾燥休眠能力を身につけたのでしょうか。

なぜネムリユスリカは乾燥に強いのか

 乾燥耐性を持つ時のネムリユスリカには、3つの成分と仕組みが重要であることが農研機構の研究によって判明しました。

 ひとつは、お菓子や冷凍食品などに使用されている「トレハロース」という糖分による防御機能。ネムリユスリカは乾燥すると、水の代わりにトレハロースを体の20%ほど溜め込みます。更に乾燥が進むと、そのトレハロースがガラス状に変化し、赤くて細長い幼虫の活動状態から飴細工で加工されたような見た目の無代謝乾燥休眠状態になり 、細胞組織や遺伝子を守るのです。この一連の状態をガラス化と呼び、体全体にバリアを張っているのと同じ状態になります。

 ふたつ目が、もともと乾燥に強い植物にしか存在しないと言われていた「LEAタンパク質」。通常タンパク質は、熱や乾燥にさらされるとその機能を失います。例えば生卵を茹でると、ゆで卵を作ることができますが、同時にタンパク質の機能も一部なくなるのです。ネムリユスリカも、熱にさらされると細胞の中にあるタンパク質の機能を失ってしまうのですが、これをLEAタンパク質によって防ぐことができるのです。

 最後は「チオレドキシン」。あらゆる生き物が生命を維持する上で必要なのは酸素ですが、ネムリユスリカにとっても当然ですが必要です。体に取り入れた酸素はさまざまな栄養素と結合しエネルギーへと変わりますが、このとき勢い余って細胞まで傷ついてしまう場合もあり、これを「酸化ストレス」と呼びます。この酸化ストレスから身を守るために「抗酸化因子」という解毒剤のようなものを体内で作る機能がネムリユスリカにも備わっているのです。

 大きく分けると以上のことから、ネムリユスリカは強力な乾燥耐性を得ることができるのです。

 さらに重要なのが乾燥したあとに水で戻すことによって、活動を再開できるという部分。ネムリユスリカは水で戻すと、DNAが傷つきバラバラになってしまうのですが、これを徐々に修復することもできるのです。
 つまり、凄い耐性がある上に回復までしてくる、とんでも昆虫ということが判明しました。

 強力な乾燥耐性を得られるメカニズムが分かったところで、ネムリユスリカの研究は我々の生活にどのような影響をもたらしてくれるのでしょうか。

ワクチン輸送問題や絶滅危惧種を救うヒントに

 ネムリユスリカの乾燥耐性を用いることで、さまざまな問題を解決できるとされています。そのひとつが、ワクチンの輸送問題。

 コロナ禍の初期段階では、ワクチン品質を保ったまま数日間でワクチンを輸送することが困難とされてきました。しかも、大量の電力や資源コストもかかります。

 ワクチンの中にはすでに乾燥した状態で保存できるものがありますが、ネムリユスリカの乾燥技術を利用することで、さらに多くの種類のワクチンを乾燥状態で保存できるようになるかもしれません。そうすれば、大きな冷凍庫を使用すること無く、品質を保持したまま輸送が可能になると期待できます。
 さらに、ワクチンだけではなく、冷凍保存しかできない診断キットの輸送にも利用できるかも。今後は液体窒素などに頼らない、省エネな常温乾燥保存技術を生み出せることもできるんだとか。

 乾燥保存というとネズミの精子の凍結乾燥はすでに可能で、これを利用してネズミの子供を作ることに成功したという報告があります。でも、卵子は難しく、ネムリユスリカの研究で卵子の保存技術が確立すれば、レッサーパンダやホッキョクグマ、ジャイアントパンダなど絶滅危惧種の保存や、乾燥バイオバンクの設立なども可能になるかもしれません。 そして、まるでSF映画のような話ですが、人を丸ごと乾燥保存することで長時間の宇宙旅行もできると密かに考えられているんだとか……。

 兎にも角にも、ネムリユスリカのメカニズムは色んな場面で、問題解決の糸口になると期待されているわけです。

ニコニコ生放送でネムリユスリカの特別番組が放送決定!

 さすがネムリユスリカさん、最強耐性な持ちの上に、そのメカニズムによって新たな技術が生み出されるなんてスゴすぎる!!
 と思っていたのも束の間、研究者さんから衝撃的な一言が飛び出ました。

「非常に強いイメージを持たれる方も多いんですが(無代謝状態のネムリユスリカを)潰すとバリンって割れます。最強の生物と言われていますが、物理的には弱いんです(笑)」

 灯台下暗し。最強と言っても、小さな昆虫なので、そりゃ物理攻撃に弱いのって当たり前ですよね……。しかし、ネムリユスリカの生存能力は本物!彼らの乾燥耐性のメカニズムは非常に優秀なのです。

 ニコニコ生放送では、9月2日(土)10:00から、農研機構がお届けする、ネムリユスリカの特別番組を放送します。彼らの体の中で具体的に何が行われているか知りたい方は、ぜひご視聴ください!

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