シオンタウンのBGMを聴くとなぜ「怖い」と感じるのか? 元プロミュージシャンの音楽心理学者が解説
ーー怖い以外でも成長の過程での経験で結びついているものもあるのでしょうか。例えば、学校のチャイムって、時間と時間を区切るというのがわれわれに結びついているような気がします。
池上:
結びついているという話ですと、ちょっと前にテレビ番組のインタビューを受けた際にボン・ジョヴィの『It’s My Life』と『ヤーッ』というのが結びついているという話をしましたね。
『Bon Jovi – It’s My Life (Official Music Video)』
https://youtu.be/vx2u5uUu3DE?si=jVxJsEDoZEQe49Ac
一同:
(笑)。
池上:
これも学習なんです。こうした特定の音となにかが紐づいている条件づけというのは本当にさまざまなところで起きている気がしますね。
ーー確かに。プロ野球選手の応援歌や登場曲もそうですよね。これから誰が来るという事に結びついています。音と感情の結びつきは恐怖以外でもいろんなとこで使われているんですね。
池上:
そうですね。ある特定の音とか音楽を、特定の場面で何度か経験することで結びつきができます。
そのため、特定の音や音楽を聞くだけで何かをしなきゃとか、特定の場面が思い浮かんだりということが起きているんですね。
ーーこの条件づけって日常生活の中でも、この音がしたら何かをしなきゃいけない、やらなきゃいけないみたいに自分に結びつけることはできたりしないのでしょうか。
池上:
目的次第では可能だと思います。
例えば、お部屋が汚くなりがちとかな人がいたとしたら、ある音楽を聞くと絶対やらなきゃいけない掃除の音楽にするとかですね。
あと、ちょっとズレてしまうかもですが、『別れのワルツ』という、『蛍の光』に似た曲があります。
この曲が聴こえると、誰もが閉店だと思ってしまうというのも『何かをしなきゃいけない』の条件づけかなと思いますね。
他にも何かに使えたらいいんですけどね(笑)。
『別れのワルツ 1956』
https://youtu.be/EgmxcF3zXHc?si=Yit8FXFcLYOjbeAR
ーー確かに! これ聞いたら本気で仕事しなきゃいけない、やる気モードになる音楽みたいなのがあったら便利です(笑)。ただ、条件付けができるにしてもここまで伺ってきたことから察するに、この条件付けも長い繰り返しが必要という事ですよね。
池上:
そのとおりですね。一回結びつきを作らなければならないので。
なので、やる気モードになれる条件付けをするならば、しばらくは特定の音楽を聞きながらものすごく一生懸命仕事をするという事をすればできるようになるかもしれませんね。
■『偏桃体』へ影響を与えることでさまざまな感情を感じられるようになる
ーー音つながりで話を戻してしまうのですが、『怖さ』を感じているとき、人間の脳はどういう状態になっているのでしょうか。個人レベルだと『エリーゼのために』を聴いている時って現状『ウっ』て感じになっています。
池上:
感情をつかさどる脳の部位で扁桃体があります。ここがさまざまな感情に関係しています。
音を聴いて、恐怖を感じているときはその扁桃体がとても活動しています。

ーーその時に音と言葉では感じ方は違ったりするのでしょうか。
池上:
音は言語音と非言語音を含めて、耳から入って聴覚野というところで分析されます。
場合によっては記憶と連結したりもします。
言葉、言語音の場合、私たちはそれを単なる音としてだけでなく、『意味』として解読するプロセスを必要とします。
多くの人の場合、脳の左半球が言葉の細かい意味や構造を分析することを主導しています。
『言葉の意味を理解して怖がる』というプロセスは、音への反射的な恐怖に比べると、より高度で意識に近い処理だと言えると思います。
ーー経路が違うと感じ方も変わるのでしょうか。
池上:
どうでしょうか……。例えば大きな音に対して怖いと思うのは、すごく迅速に、ぱっと意識を介さずに起きています。
直接的に扁桃体にばっと電気が通っていくものなのですが、言語音を処理すると、言語野を通ったり、さまざまな回り道をして扁桃体に届くことになります。
ちょっと遅くなり、反応自体も遅くなります。加えて言葉を聴いたときに内容を判断することになるので、意識を伴うようになるかなと思います。
無意識で即座に怖いというよりは、怖かった時の記憶を思い出して、『怖い』みたいになるはずなので、『意識的な怖さ』というものを感じるということはあるのかもしれません。

ーー『恐怖』の感じ方は、生得的な怖さのものと後天的の怖さのものに分かれているみたいな感じになるのでしょうか。
池上:
そうですね。そうなるのではないかと思っています。
ーーこの生得的か、後天的かという感じ方の違いは『怖い』以外の感情でも起きているのでしょうか。
池上:
起こっていますね。
驚きとかもそうですし、悲しさとかもそうです。
人が亡くなった時、その人がよく聴いていた音楽を聞くと、ある人は全然悲しくないのに、関わりが深かった人には悲しい音楽に聴こえます。
いずれにしても、いろいろな経路を通って感情をつかさどるところに信号が届いて、感情を体験するわけです。
ーーということは、テレビ番組で見ることのある『感動する音楽トップ10』みたいなのは、感情と結びついているから感動的に聴こえるということの方が多いのでしょうか。
池上:
『感動』は感情の中でもかなり強い体験です。
近年の研究で『感動する音楽の特徴は』というのもあるのですが、音の大きさの変化がだんだんと、『ぶわーっ』と大きくなっていくものがその傾向にあるとされています。
また、音楽を聴いて涙を流したくなったりだとか、鳥肌が立つみたいな、体に反応が現れる時も、感情体験の一つと捉えられています。
これも扁桃体や、脳の中にある報酬系という経路が、ご褒美に感じてしまうようなことが起きていると考えられます。

ーー偏桃体と報酬系の経路を震わせることができれば反射で感動させられるということなんですね。
池上:
そうですね。厳密には『反射』とは限りませんが、音楽が時に私たちの意識や理屈を飛び越えて、脳の報酬系や扁桃体といった原始的な感情回路を強力に揺さぶるのは間違いないと思います。
ーーここまでお話を伺ってきて思ったのですが、生得的に生まれる感情って、『恐怖』であったり、『悲しい』であったり、マイナスな感情のほうが多いのかなという印象があります。これは音で『怖さ』を感じてきた理由が、天敵などが出す音だったという事もあり遺伝子に沁みついているからなのでしょうか。
池上:
感情自体ネガティブよりの感情が多いというのもあるのですが、悲しみも、『悲しみ』という感情を経験するから二度と同じ経験をしないように対策を打とうと役立てられるという側面もあります。
『怒り』という感情も、自分が怒りを瞬時に表出できるから相手を威嚇できたり、怒りを向けられたときも、あの人は怒っているから、今はちょっと向かっていったらまずいなっていうふうに判断することができます。
自分を守るということにネガティブな感情は繋がっているんです。
一方でポジティブな感情も健康的にというか、生きていくうえでネガティブな感情と同様に重要です。
■反射的に生まれる感情は『ネガティブ』な要素が強い感情
ーーポジティブな感情にも、なにかの音を聴いただけで元気になるみたいな、そういう反射みたいな音というのも存在するのでしょうか。
池上:
う~ん……反射はやはり、びっくりとか恐怖とか、緊迫感とか、生存に関わるものになると思います。

ーー負の感情のほうが反射に寄っているという事なんですね。ということは、応用みたいになりますが、音楽と元気になるイメージを結びつける事は可能なのでしょうか。
池上:
それは可能だと思います。
音楽で感情が起こるのは反射とか、条件づけというのもそうなのですが、『感情伝染』というプロセスも指摘されています。
音楽が表している感情がポジティブだと、聴いている人も感情が伝染してポジティブになるというメカニズムです。
他にも視覚的な話で、夕日とかきれいな景色見ると、すごいポジティブな気分になるというのは多くの方が経験すると思います。
しかしそれが景色ではなくて、すごく美しい音色の音楽を聴くという事でも同じことが起こります。
音楽が感情を喚起するには複数のメカニズムがあり、反射だったり、条件づけだったりするのですが、これにはいろんな経路があるということなんですね。
ーー今、お話の中で出てきた『感情伝染』というのは要は、音楽や音を聴いたとき、その感情が周りの人にも伝わっていく、みたいなことだと思うのですが、つまりDJみたいに、会場を盛り上げていくことが『感情伝染』ということになるのでしょうか。

池上:
それもまた一種の『感情伝染』になると思います。
集団で音楽を聞くということ自体が、みんなで同じ場を共有することで同じような感情を経験するっていうことになると思うので。
なので、DJの方がハッピーな音楽を流して、そのハッピーな感情に対して音楽のハッピーさが自分にも伝染します。
ほかの人もハッピーさを感じたら、それがまたその場の空気になって、また自分をハッピーにするみたいなことが起きていることが考えられます。
ーー音や音楽には恐怖以外でもこれだけ感情を動かす力があるんですね。
池上:
音や音楽についてはさまざまな研究されています。
音楽に込められた感情を知覚することもできるし、実際にその音楽を聴くことでいろんな感情を経験することができます。
私も研究で音楽を聴くことにどんな意味があるのか、メリットがあるのかという調査をしたことがあるのですが、その中で音楽を聴くということのメインとなる心理的機能というのが出てきました。
そのうちの一つが『感情調節』というもので、音楽を聴くことですごいリラックスしたりだとか、目が覚めたりとか、自分を奮い立たせたりと大きな機能があります。
あとは『慰め』と呼んでいるのですが、音楽を聴くことで悲しみを癒やすみたいな。
そんな力を持っているのかなと思いますね。広い意味で感情に働きかけるっていう力を持っているのが音であり、音楽だと思います。

ーー音楽ってそれこそ遠い昔からあるわけですが、昔の音楽にも感情を揺さぶる仕組みは入っているものなのでしょうか。
池上:
最近の研究でも、クラッシック音楽を使っている研究もありますし、おそらく入っていると考えられます。
今ほど学術的な知見はなかったのかもしれませんが、昔の音楽も、『曲にこういう特徴を持たせたら聴いている人がこういう気持ちになるのではないか』、というのを音楽家が考えて作っていたのだと思います。
これを哲学者とか作曲家とかが探究をしていたと思います。
探究は積み重ねられてきたけれども、それを研究という観点で科学的にやろうという機運が高まったのが19世紀末から20世紀初頭ぐらいです。
ここが音楽心理学の始まりと言われる時代です。
1930年ぐらいに音楽と感情の研究をした人がいて、現代でもたまに引用されるぐらい大きな研究なんですが、それが技術とかの進歩も相まって90年代にもっと科学的な方法で研究できるようになって、もっと伸びてきたという感じですね。
ーーこれは音楽心理学からちょっとはずれちゃうかもしれないんですけど、音楽って人間の歴史で言うとどのぐらいの時代からあったものなんでしょうか。『言葉より先に音楽はあった』なんて言われることもありますが。
池上:
論争で、『音楽は言葉をはじめとした聴覚のおまけなのか、それとも進化的にもっと本質的な意味があるのか』というのがあります。
石器時代の遺跡からも約4万年前の笛のようなものが見つかったりしていて、そこから少なくともこの時代に音楽があったのではないかと考えられてはいます。
また、『歌うネアンデルタール』という本があるのですが、ここでは言葉より前にネアンデルタール人は音楽的な、要は音の強さとかリズムとか、速さとか高さとかっていうのを使ってコミュニケーションをとっていたのではないかという説が提唱されています。

なので、言葉の前に音楽的なコミュニケーションがあったのではないか、という説を唱えている人もいます。音楽をどう解釈するかという定義はありますが。
他の研究でも言葉で感情を伝える研究というのも実施されています。
研究の中で言葉で感情を伝えるときの脳の働きと、音楽で感情を伝えようとするときの脳の働きを比較してみると、実は似通っているのではないかという研究結果もあります。なので、恐らくですが、言葉も音も共通の基盤を使っているのではないかと思っています。
■音楽心理学者も唸らせる映画『ジョーズ』の効果音
ーー言葉と音は近いもので、感情を揺さぶることに変わりはなく、それは太古の昔からだったというわけなんですね。次が最後の質問なのですが、今回は『音楽と恐怖』の関係性がテーマという事で、先生にとって一番怖い音楽と、そのエピソードを教えてください!
池上:
ダビスタの予後不良の時の音楽もそうなんですが、映画『ジョーズ』のサメが寄ってくるときの音もですね。
『デーデン』っていうやつです。あれ、最初はテンポが遅いじゃないですか。

それがだんだんと音も大きくなってくる。これによって、何かが近づいているっていうことを暗に感じさせるし、テンポも速くなる。
サメの動きも、最初はゆっくりだったのが、ぶわっと近づきながら速くなっているっていうのが『恐怖』を抱かせるのに秀逸だなと感じさせられています。
まさに『怖い』を感じさせる曲ですよね。
これは恐怖を感じさせるっていうよりは、音楽の中に恐怖が含まれている演奏っていうんですかね。
あるいは恐怖を表している演奏に出てくる特徴でしょうか。テンポの変動が大きい部分なので。
ーー低い音が、デーデン、デーデンって続いていって。デンデンデンデンデンデンってだんだん速くなっていく部分が怖さを生み出しているのでしょうか。
池上:
そうですね。普通じゃない、通常時だとないような音っていうのがやっぱり危険のサインに結びついていると思うので。
初めて聞く音楽が怖いとかではないんですが、音には、ある程度のパターンがあります。
音が大きくなったり小さくなったりして不規則になるとパターンが崩されます。こうした通常だとあり得ない特徴があると、脅威と結びつけられやすいです。
ーーその法則に合致しているかまでは自身がありませんが一曲気になる曲がありました。FF7の『片翼の天使』という曲なのですが。
『【Video Soundtrack】片翼の天使(ファイナルファンタジーVII)』
https://youtu.be/IYMTzLxGv3M?si=8-xWFNaKaLim1gQa
池上:
ゲームはほとんどダビスタしか通ってないので初めて聴きました。
大部分は敵に向かっていくみたいな、行進してるみたいな、敵が自分を攻めてくるぞみたいな感じの音楽ですね。
ただ、『ピーユ ピーユ』の部分は不協和音なので、そのあたり怖いかもしれないです。
加えて個人差が結構大きそうだなと思いますね。
敵に対して、向かっていくのが『やってやる!』ってなる人と、『戦いはいいです』ってなる人がいると思うんですよね。
戦いはいいですってなる人はより怖いのほうに振れるのかなと個人的には感じました。
ーー感じ方にも当然ですが個人差があるんですね。
池上:
ゲーム音楽で怖いで行くと、もう一つありました。『スーパーマリオワールド』のお城の音楽です。
これは子どものころ怖いと思った経験がそのまま結びついて『怖い』となった音楽です。
今回のインタビューの前に久しぶりに曲を聞いたら、やはり大人になったのか、もう子どものときほどは怖くはなくなっていました。
子どものときなぜ怖かったかって、やっぱりシーンが大きかったと思うんですよね。おそらく暗いところで敵が出てくるのが怖かったと思うんです。
『【名曲解剖】お城BGM【スーパーマリオワールド】』
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42057369
ーースーパーマリオワールドのほうはまさに今日お話しいただいた『向き合ってみたら怖くなかった』ですね(笑)
一同 :
(笑)。
人はなぜ音や音楽から恐怖を感じるのか。そのメカニズムに迫った今回のインタビュー。
恐怖の感じ方にしても、生まれつきで怖いと感じるものと、経験と結びついて怖いと感じるものの二種類があることがわかりました。
結びつきで怖いと感じているものは、子供のころの経験でそうなっているのだとしたら、成長した後に見たり、聴いたり、向き合ってみると怖くなくなっているのかもしれません。
しかし、生まれながらに『怖い』と感じる、大きな音や不協和音は『怖い』と思わなかくなってしまったら危険ですね……。
爆発音だったり、熊の唸り声だったり、雷が落ちる音だったり…etc
生まれながら怖いと思うものについてはそのまま『怖い』と思えることのほうが生きていくためには重要なようです。
人はなぜ音や音楽から恐怖を感じるのか。このメカニズムについて誰かに話して『トラウマ』の共有をしてみてはいかがでしょうか。
■インフォメーション
なぜ人間は『音』や『音楽』から『恐怖』を感じるのかがわかった後は、実際に『音』や『音楽』を意識しながらホラー映画を見てみましょう!
開始時間は12/24 21:00です。
『【聖夜はゾンビ】ナイト・オブ・ザ・リビングデッド【ニコニコ無声映画・特別編】』
https://live.nicovideo.jp/watch/lv349470573