群雄割拠の世界アニメ市場で日本アニメは生き残れるのか? 世界最大のアニメーション映画祭アヌシー代表が語る、日本アニメのポテンシャル
世界の映画業界はアニメーション映画市場を取ることを重要視している
吉川:
長編映画の話がありましたが、世界の映画産業自体が変わってきており、アメリカの2016年の興業収入ベスト10のうち8作品がアニメーションかコミック原作です。実写映画からディズニー、ピクサーなどのCGアニメーションや、マーベル、DCコミックを原作としたVFXを駆使した映画へと変化しています。この変化をどう思われますか?
マルセル:
映画館の主な客層がティーンエイジャーの男子となってきているため、北米の映画館でCG作品やコミック原作のスーパーヒーロー作品の存在感が増していると私は考えています。今、映画館はエンターテイメントの場所になっていて、映画はその要素の一つに過ぎず、そこにはファーストフードがあり、ゲームをしたり、VRが体験できます。映画館に10代の男子が増える一方で、大人は自宅でNetflixやテレビを観ています。テレビシリーズのドラマは、主人公やヒーローの内面や精神的な部分を感じられる作品が中心となっており、そうした作品がよく観られています。
その一方で、アメリカの大手スタジオはアニメーション映画市場で優位に立つために投資をしなければならず、ユニバーサル、フォックス、ドリームワークス、ワーナーもソニーもCGやアニメーションにますます投資を加速しています。
ミカエル:
映画業界ではアニメーション映画市場を取ることを重要視しており、アメリカの大手製作会社ワインスタイン・カンパニーも、今年CGアニメーション作品の『フェリシーと夢のトウシューズ』【※】を購入しました。
こうした変化は、人材交流の面でアヌシーに影響しています。ひとたび大手製作・配給会社による作品への投資が決まれば、よりクオリティの高い作品を作るためのスタジオ同士の優れたクリエイターの取り合いが始まります。いかに不足しているアーティスト、アニメーターを探し、優秀なクリエイターを確保するのかという課題が生じたため、多くのプロデューサーたちが優れた才能を発掘するために、MIFAのリクルート・セッションはかなり拡大しています。
さらに大手のスタジオは将来を見据えて人材育成を強化しています。今度はそれがアニメーション学校のカリキュラムに影響が表れます。そういった変化に合わせてビジネスモデルや制作形態も変えていかなくてはならない。それは様々な国のアニメーション業界に影響を与えています。
※『フェリシーと夢のトウシューズ』
2016年制作。フランスとカナダ合作のCGアニメーション。バレリーナを目指す少女の成長を描いた。
“作品の完璧さ” 宮崎駿が世界で称賛される理由、それを引き継ぐ次世代
吉川:
先ほどお話いただいた社会が大人向け作品を受け入れたことに、日本のアニメーションやマンガも影響したのでしょうか?
マルセル:
日本文化も影響したはずです。『AKIRA』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』はアニメーションの表現を変えたSF作品であり、子供ではなく大人が観賞する作品として受け入れられました。アニメーションを見る視点を変えたという点で、刺激を与えました。
フランスは本来、文化全体に対する姿勢、表現が多様でその変化も受け入れてきたので、日本がアニメーションを大きな文化のひとつだと表現したことの影響は、大人向けの作品が受け入れられるようになった背景にあると思います。
吉川:
その日本のアニメーションやマンガですが、世界的には日本の文化が与えた影響はどういったものがありますか?
マルセル:
日本のアニメーションは、深いテーマを持っています。先ほどは『AKIRA』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』に触れましたが、それだけではありません。例えば高畑勲監督の『火垂るの墓』は、戦争という歴史上の出来事をアニメーションで描く表現力があるということを見せました。そうしたストーリーの描きかた、大人が何度も鑑賞して理解を深めるテーマをアニメーションで表現するのは日本の作品の大きな力です。
もうひとつ世界のアニメーション界に大きな衝撃を与えた作品に今敏監督の作品があり、『パーフェクトブルー』では、エロティックな題材をどう表現するのか、さらにストーリー性においては、『千年女優』、『パプリカ』などでも見られた、物語の語り口や演出のテクニックによって追及していく作品がそれまでの欧米の作品には無かったので、その影響は大きなものでした。
欧米では日本のアニメーションでは宮崎駿監督の名前がよく挙げられます。けれども、その他にも多くのクリエイターが技術やストーリー性で影響を与えた筈です。
数土:
その宮崎駿監督は何が特別なのですか?
マルセル:
宮崎監督の作品が欧米社会で広く受け入れられる理由は、「作品の完璧さ」です。世界観全体の完璧さ、作品全体に貫かれた宮崎駿監督の世界観だと思えるのです。
アヌシーなど世界が見ているのは、日本のアニメーションの氷山の一角
数土:
今年2017年にアヌシーの長編部門で日本からクリスタル賞(グランプリ)に湯浅政明監督の『夜明け告げるルーのうた』、審査員賞には片渕須直監督の『この世界の片隅に』が受賞しています。これもひとつの変化の現れでしょうか?
マルセル:
それは今年の作品だけに限りません。2年前に審査員賞を受賞した原恵一監督の『百日紅~Miss HOKUSAI~』も含め、これらの作品は、日本のアニメーションの力、日本のアニメーションの変化を表しているものだと思います。今のアヌシーで見えているのは、その氷山の一角で、実際にはその下にさらに大きな塊があると思っています。
いま日本のアニメーションは、大きく様々な変化をしています。原恵一監督、細田守監督、湯浅政明監督、新海誠監督と、次々と注目される監督や作品が出ており、一つの国でこんなに沢山の名前が挙がることはありません。
もちろん今は宮崎駿監督の新たな作品が制作中と言われ注目を集めていますが、同時に次世代を代表する監督がこんなにいるということに、改めて日本の力を見せつけられています。
画像は公式ウェブサイトより