デジタルアートの即興バトル「LIMITS」とは? プロデューサーが語った“アートに勝敗をつける禁忌”を犯す意図
バトルを通じて自分のスタイルを世の中に発信
──バトルの内容はわかったのですが、アーティスト側からすると、「アートのバトル」という概念に抵抗感や違和感を持つ人も多かったと思います。イベント開始当初はどのような反応が多かったのでしょうか?
大山氏:
やっぱり最初の頃は、アーティストたちから見ると、バトルのステージが「ただ怖いだけの場所」だったんです。彼らはアートやイラストを創作することが仕事であって戦うという概念を持っていませんでしたから。
そんな人たちに、「テーマが出るので、1対1で20分、ステージで戦って下さい」って言っても、「いや、無理でしょ」「もっと時間をかけたい」って。その気持はわかるんだけど、彼らのすごさを多くの人に見てもらうのが大事だから。そのためには追い込む必要があるっていう考え方だったけど、結局第1回大会は、16人のトーナメントなのに10人しか集まらなかった(笑)。知り合いのアーティストにお願いして、ようやく16人を集めたんです。
──当時は何人くらいの観客が集まったんですか?
大山氏:
150人くらいです。最初は「怖い」って言ってたけど、1対1で勝敗がつくってなると、人間の心理としては勝ちたいわけですよ。そこからプレッシャーや苦悩が生まれる。自分の番が迫ってきて、「ああやばい、そろそろだ」って深呼吸をしたり、アスリートが試合に臨むみたいな感じになっていって、イベントの裏側を見てると、不思議な雰囲気が生まれている感じでした。
見てる側も出ている側もハラハラ・ドキドキがあって、アーティストたちが想像以上のパフォーマンスをしてくれたことで、「ああ、これは続けないといけない」って思ったのが、原点でした。
──アートって、「勝ち負け・優劣がないはず」っていう常識を壊すようなスタートです。
大山氏:
僕たちは常識を壊したいし、いろんな分野で変革が必要な時代だと思っていて、この競技型デジタル・アートっていうのは、新しいテクノロジー・ソフトウェアを使うものだし、これまのでアートに対する評価に加えて、新しい評価の仕方が生まれてもおかしくないですよね。昔からの概念がそのままあるなかで、新しいものも入れてみようと、思っています。
──取って代わるのではなく、あくまで新しい評価の仕方。
大山氏:
そうそう。僕らがいちばん気をつけてコミュニケーションをとっているのは、イベントで勝ち負けをつけるけど、「勝ち負けが全てじゃない」ことなんです。これは絶対的に重要です。
どんなテーマが出るかといった時の運もあるし、勝ち負けをつけづらい分野ではある。アーティストが良いパフォーマンスをしたバトルって、審査員票で差がつきづらい。じゃあ何で評価が決まるかって言うと、オーディエンス票。オーディエンスがどっちに響いてるかが重要です。
たとえば、今大会では渋谷のヒカリエで1000人規模になって、将来は1万人、10万人が評価する世界的なプラットフォームを目指しているんですけど。そうなったとき、たとえば審査員の投票で差がつかないで、オーディエンスの票が8:2で別れたとしましょう。負けたとしても、2割が応援してくれたんです。ファンになる可能性がある人たちだって考えたら、それは大きなこと。だから、アーティストの方たちがやるべきことは、自分のスタイルを極めて、貫くことなんです。
──イベントの勝ち負けにこだわるんじゃなくて、その場も自分をPRする場所にするということですね。
大山氏:
最初の頃、ステージ上でテーマが出て、20分という制限時間があるなかで、置きに行くというか、アーティストがテーマを消化することにとらわれてしまったんです。それだと、彼らの良さが薄まっていくし、スタイルを削り落とすことになる。ただ単に、テーマの絵を描く、みたいな感じになってしまって。それだとつまらないんです。
最近LIMITSになかなか出場できていないですが、僕たちも大好きなアーティストのひとりに、GRAPE BRAINという“エログロポップ”な作風のアーティストががいるんです。以前のバトルでテーマを消化することに力を注いでしまい、自分らしくない作品を作ってしまった。やはり、それだと面白くない。持ち味である、エロさやグロさを出さないと、もったいないわけです。
次に出たバトルでは、気持ち悪い、グロい作品を描いて、オーディエンスが「おおー!」って沸いた。結果は負けちゃったんですけど、自分のスタイルをしっかり出して、観客が沸いたら、それは素晴らしいことだから。このイベントで常に勝てるようになるかといったら、それはそれぞれの練習次第だけど、そのときのパフォーマンスが見た人の心に残って、「すごい良かった」って語られていくようになったらそれでいいんですよ。
※GRAPEBRAIN氏が持ち味の「グロさ」を出したバトル。
新たなスターが生まれ始め、新時代に突入
──このイベントを始めたのは、アーティストのすごさを伝えるためということですが、LIMITSをきっかけにより大きな活躍をしている方もいるんですか?
大山氏:
まずは前日本チャンピオンで、現在歴代総合ランキング1位のjbstyle.(@jbstyle222)です。
彼はすでに「世界最速のマウスアート」を武器に活躍していたアーティストなんですが、彼自身が「LIMITSのチャンピオン、ランキング1位という肩書がつくことで問い合わせが増えた」と言っています。
※かつてマウスでパフォーマンスを行っていたが、LIMITS出場でスタイラスペンに持ち替えると、さらにスピードアップしたという。
LIMITSを通じた仕事としても、カシオの「G-SHOCK」PRイベント出演などでイラストを描いたり、色んな仕事をしてもらっています。
──今回の大会では、脅威のルーキーもいるとか。
大山氏:
これまでの大会では、30代から40代と、ちょっと年齢層が高くて、若い子には難しいかなと思っていたんです。絵が上手いのは当たり前で、それにプラスアルファで高いスキル求められるから。でも、今大会の世界大会決勝の前哨戦、ジャパンファイナル大会ですごい子が現れたんですよ。
20代前半の女性で、AKIというアーティスト。初出場で準優勝してしまいました。
長く審査員をやってもらってる、超辛口の人からも絶賛されて。カルチャー系ラジオ「FM802」のアート部門や、アートフェス「Unknown Asia」のプロデューサーを務める谷口純弘さんも、彼女のパフォーマンスに驚いていました。コメントでも「新世代が現れちゃった。今までにない点数を付けてしまった」みたいなことを言ってましたね。圧倒的な画力とスピード、躍動感は一度見ればわかると思います。
※公式デビュー戦でいきなり勝利、予選を1位通過した。動画右上がAKI氏の作品。
彼女はまだまだデジタルツールを使いこなしていない状態です。どうやら、ショートカットもコントロール+zの「アンドゥ」しか知らないそうです。今後、彼女がどのように成長していくのかが楽しみですね。
LIMITSを通じて、世の中にアピールしたら、すぐにどんどん活躍できるようになる。これは僕らが望んでいたストーリーですね。