ノーベル経済学賞 日本人が受賞できない理由を教えます ~経済学界が抱える謎と闇~
いよいよ発表! 栄冠は誰の頭上に輝くか……
田中:
何やら始まりそうな感じになってきましたよ。
山形:
契約理論について話していますね!? 誰だろう?
小幡:
というと、オリバー・ハートか?おお! ハートだ! 私の師匠の一人ですよ! 取りましたか! ハーバードなのに取ったのね……ん? ベンクト・ホルムストロームも!? 二人受賞! めでたい!
山形:
二人はどんな経済学者か説明をお願いしてもよろしいですか?
田中:
ハートとホルムストロームは、不完備契約、契約理論の人ですね。経済学のスタンダードって完備契約、つまりいろいろな“起こりうるだろう”という経済環境にそれぞれ確率を振ることができるんだけど、不完備契約というのはそんなことできませんよ……。分かりやすく言えばより現実に近い話を扱っている理論ですね。順当と言えば順当かもね。ただ、2014年に受賞したジャン・ティロールに近しい研究なので、そのときに一緒にあげればよかったのにって思ってしまいますね。
山形:
うん。ですよね。
小幡:
安田洋祐くんの2016年ノーベル経済学賞予想に二人とも名前があるのは、さすがですね。
田中:
ホントだね。あ、やっぱり彼もティロールと近すぎるので厳しいかなと注釈を入れていますね。
小幡:
でも、ハートはティロールとホルムストロームとは少し違いますよ。一緒の論文もあるけど、彼はプロパティライトの基礎を作った人で、「誰が所有権を持つのがいいか」という理論。要は、将来において一番付加価値を増やせる人がいいだろうという研究をされた方。
田中:
ハートの不完備契約をマクロ経済学に応用したのが、我々日本代表・清滝さんですよね。
小幡:
そうそう。ハート~(ジョン)ムーア~清滝という流れがありますからね。
田中:
将来的に清滝さんが取るとしたら、この上ない人が取ったとも言える。これでますます清滝さんが経済学者界の村上春樹になる可能性が(笑)。
授賞理由の要因、決め手は何だったのか?
小幡:
ティロールはものすごく器用な人でさまざまな分野にインサイトを出すような人。フィンランド人のホルムストロームは皮肉屋だからか斜めから見る傾向があって、契約理論でも面白いことを言っていたなぁ。先述したシカゴ的じゃない長期契約……契約できるものばかりにインセンティブが偏るとかですね。ハートは孤独な人で一人で論文を書くタイプで、契約理論の中の基礎理論を作ったような人物。
田中:
先ほど説明した清滝理論を思い出してほしいんですけど、日本でも不良債権問題ってあったじゃないですか。なぜそんなことになったのかというと、不完備契約、つまり直感的に言えば起こりえないようなことが起こったときに、どう契約を見直すかという話になる。再交渉の枠組みなどもハートは研究しています。不良債権は10何年も揉めましたけど、あれって初期の契約にはない起こりえないことが起こってしまい経済全体に多大な影響を波及する形になった。清滝さんは、それを止めるにはどう再交渉して、不良債権を処理するかという基礎理論を定義した。そのもとになっているのがハートというわけですね。そういう意味でアクチュアルなテーマだし、日本の失われた20年と言われる中、かなり重要なモニュメントを扱える理論だと思います。
山形:
なるほど。
田中:
実際に日本が行った不良債権処理は、はじめは竹中さんも潰そうとしていたけど、それだと株価が下がってしまったから結局救済した。空気を読んで潰さず結果オーライという再交渉の形を取りましたね。
小幡:
授賞理由を聞いているのですが、やっぱりホルムストロームはティロールと一緒にやった仕事の話がよく出てきていますね。マルチタスクの話ですね。説明をすると、売り上げを伸ばせば店長に売り上げの10%のボーナスを上げるという約束があったとします。でも、そうするとブランド維持のためのトイレ掃除をきちんとしなくなるのではないか? バイトのトレーニングを手を抜いてするようになるのではないか? という具合に売り上げに直結するタスクをしなくなる可能性があるので、全体のバランスが崩れて売り上げが減少しますよ、みたいな話。それがホルムストロームのマルチタスクです。現実的に役に立つというような話を授賞理由で述べていますね。
田中:
なるほど。不良債権処理もいたずらに救済してしまうと、内部利害関係者のインセンティブを阻害してしまうという問題がある。そういったものをうまく再築して再交渉に持っていかないといけませんよ、というのが不完備契約理論の王道。でも、日本の場合はどんぶり勘定になりがちで、株価が下がるとよろしくないから資金をぶっこんで救えという傾向が強い。それが当時のプチ金融緩和に救われて、「小泉政権後半には景気が良くなった(棒)」みたいなことがありましたね。だったら、不完備契約の理論通りに救済したらどうなるのか? というと政治が絡んでくるので難しい。それで失敗した例がリーマンショック。理屈を通そうとして潰してしまった。そしたら世界中に余波が広がってしまった。不完備契約というのはなかなか現実には難しいところもあるんですよね。政治経営に近づけば近づくほど、理論通りにいかない。なので、こういったミクロ系の話は話半分で僕は聞いています。僕がシカゴ学派が嫌いな一つの理由ですね。
山形:
なるほど(笑)。
田中:
マクロ経済的には、ミクロ的基礎にこだわる人はアホだなと。今の日銀は半分アホです。基本的には日銀のエコノミストはクソですね。この間の長短金利操作による「イールドカーブ・コントロール」しかり。こういうときにはお金が一番効くんですから、理屈なんてとりあえずいいから、まずはマネーをどんと出せよというのが僕の主張なんですけどね。頭の使い方を間違っている中二病みたいなエコノミストが多いという印象ですね。それはすべて経済学賞がいけないんですよ! こういう連中を持ち上げるのが良くない! そもそも銀行が選んでいるって時点できな臭い。たまにはマル経にあげろよ!(笑)
山形:
はははははは! でも、ティーロルと分ける意味ってあったんでしょうか?
小幡:
ティロール、ホルムストロームは同時でも良かっただけに不思議ですね。
田中:
二人は、銀行の内部組織についてうまく構築して全員ヒャッホーみたいな論文を書いていますけど、(旧)日銀批判をするときに、なぜあんなくだらない保身的な政策を取るのかなと考えたことがあった。それで内部組織のインセンティブに問題があるのかなと思って二人の協調論文を読んだんですけど、僕としてはとどのつまりインセンティブ云々ではなく日銀はバカだったという結論に達しております。愚か者か愚か者でないかの争いですね。
社長の給料が高くていいと説明できる経済理論はない
田中:
脱線しましたが、今回のテーマである日本人は経済学賞を……ということに関しては、かなり清滝さんが取る可能性が今後は増したということは言えるんじゃないでしょうか。
山形:
でも、この路線が続けて受賞ということはないのでは? ほとぼりが冷めた10年後とかになりそう(苦笑)。
田中:
でも、5年以内くらいには取る可能性が高いと思いますよ。ムーアと一緒に取るのかなぁ。
小幡:
お! ホルムストロームが電話で話していますよ!
田中:
おい! くだらない質問止めろ! 「今のお気持ちは?」って、うれしいに決まってるだろ!(笑)
山形:
「最近はCEOの給料が高すぎると思うのですが、その点に関してはどう思います?」という質問に対して、ホルムストロームは「俺の理論とは関係ないけど、個人的には高すぎると思うね」って言っていますね(笑)。
田中:
意外に深い質問ですね。たしかにCEOの給料が高くなって当たり前、ということを正当化する経済理論はない。社長だから……みたいなパズルとしてなんとなく皆が納得しているだけで、それってパズルにしていいのかとは思うよね(笑)。CEOや社長の給料が高いというのは、経済学賞から排除されているような経済学者たちから噴出する批判の一つでもありますよね。
山形:
ここからスウェーデン語での質疑応答になってしまったので、一切意味が分からなくなりました(苦笑)。
田中:
どうせ「文春砲、怖くないですか?」みたいなくだらないことを聞いているんじゃないですか? 安田洋祐さんとの電話ってまだつながらない感じです?
小幡:
まだみたいですね。彼も中継を見ているのでは?
田中:
00年代は、ノーベル経済学賞といえば、僕だったのに、10年代になって彼にお株を奪われてしまったので、なんとか巻き返したい!(笑)
山形:
アンチ安田予想を出せばいいじゃないですか?
田中:
イグノーベル賞予想に絞ろうかな(苦笑)。
山形:
イグノーベル賞は最近堕落してしまったと、僕は思うんですよね。昔って、やってはいけないようなバカ&授賞したらみんなが起こるような賞だったのに、今はみんながほっこりするような賞になったでしょ? つまらないなぁ~。
小幡:
あ、伊藤秀史先生が受賞者に関してツイートしていますね。伊藤さんは日本の経済学者の中では彼らに近い研究をしている方なので、興味がある方は伊藤さんの契約理論の本を読んでみるといいかもしれない。
田中:
そうですね。
小幡:
私はホルムストロームの授業を受けたことがあるのですが、その中に「破綻した小さい企業をハーバード卒業者が買って立て直したときに、将来のリスクは何だ?」という講義がありました。彼の答えは、ハーバードの人間がこんな地味な企業で満足するはずがないと。0円で買って10億で売り払ったら満足するか? 次はその10億を使って100億、1000億の仕事をしたがるだろうと。でも、そのハーバードの人間が10億で売り払ってしまった時点で、その地味な企業は10億円まで成長させた人材を失うことになる。それが一番のリスクである、と。彼は皮肉屋特有の穿った観点を持っていたけど、聴いてみると確かに「なるほど」と思える話が多かったですね。
山形:
その理屈で言うと、さっきのCEOの給料が高すぎるという質問も「CEOのおかげなんだからいいだろう」ってなりますよね。
小幡:
運とか株運用とかをしていてたまたま財を成したケースもあるから、必ずしもイコールではないと思うけどね(笑)。
経済学賞は権威を助長する装置でしかない
田中:
世界中の経済学者の半分は、マーケットメカニズムに対して距離がある人たち。その人たちからすると経済学賞は単なる権威づけの賞という風にとらえられてもおかしくない。冒頭に紹介した「ザ・ノーベル・ファクター」という本を書いた著者たちはスウェーデンの経済学者です。彼らはそういった見地から経済学賞をモデルまで作って批判しています。つまり経済学賞を取ることでどれくらい経済学者としてのキャリア・価値を高めるかというモデルを示している。シグナリング理論に置き換えれば、学歴はシグナルなのか、実力を示すのか、で言うところの経済学賞はシグナルであると。
山形:
でもそれって人の問題ですよね? 賞をとってどうするかはその人の問題ですから経済学賞に問題があるとは言い切れないのでは?
田中:
たしかにね。しかし、シカゴ学派ばかりに取らせていたリンドベックはかつて左翼で、ケネディ政権時に左翼運動バリバリでニューレフトの政治経済学みたいな本まで書いている。社会民主主義的なものに憧れを抱いていたけど、やがて失望し自分の国に帰ってからは反福祉国家論者になる。その後、人口も少ないし、経済学者も少ないから自国では無双状態になってしまったわけです。政治的イデオロギーの点で、市場原理的なものに重きを置いたのは明らかです。シグナリング理論を悪用しているようなものですよ。それが経済学賞の多様性を損なわせているのは確実でしょう。1997年に受賞したマイロン・ショールズとロバート・マートンなんかは最たる例で、「あんな経済学者に与えるなんてありえない」って多くの経済学者が異を唱えたのは記憶に新しい。
小幡:
あれはすごかったよね。受賞の翌年に彼らのファンドが破綻した(笑)。
田中:
だからなんで宇沢弘文先生が取れなかったのか不思議で仕方ない。弟子にスティグリッツがいたり、申し分なかったと思うんだけどなぁ。ハートもホルムストロームも素晴らしい学者であることに間違いはないかもしれないけど、この二人が取ったからと言って経済学的に「どうなの?」って部分はあるでしょう。
山形:
まぁ、地道に研究をしていた人に光をあてるというのも大事なことですよ。
田中:
冷戦時の70年代にソ連のワシリー・レオンチェフとレオニート・カントロヴィチが受賞しましたけど、やっぱり経済学賞は政治的な部分が強くあると思いますよ。カントロヴィチは数学者でしたからね。
小幡:
今日はそういう結論かぁ。でも、今年に関して言えば政治色はそんなになかったと思うけどなぁ。
田中:
今、経済問題は大きく分けて3つあると思うんですよ。一つは緊縮vs反緊縮、次に経済格差の問題、最後が環境問題に伴う経済的リスク。この三つが全世界的にも関心があることだと思うので、そういう部分に光(賞)を与えるべきだと思うんですよね。
小幡:
そこに関してはまったく賛成なんだけど、その分野だと決定的な人がいないことと、結論がまだ出ていないからね。格差の話でも、ピケティはフランスだからグローバルな視点を持っていたけど、大半を占めるアメリカの経済学者の格差に対する問題意識は、アメリカ国内に向けたものが多いから、そんなに世界的な影響力を持った人が現れない。