ノーベル経済学賞 日本人が受賞できない理由を教えます ~経済学界が抱える謎と闇~
安田洋祐氏による受賞者への総括
山形:
お! 安田さんとの電話がつながったみたいですよ!
(安田洋祐大阪大学准教授、電話で登場)
安田:
どうもご無沙汰してます~!
三人:
どうも、お疲れさまです~
小幡:
早速ですが、受賞した二人についてどう思われます? 予想の中にも含まれていましたけど。
安田:
この二人が取るとは思わなかったですね(笑)。一押しの5人には入っていないので外したに等しいです。やはりティロールに関連する分野の研究者ですから、もっと先だと思っていました。
田中:
さっき話していたんだけど、これで清滝さんが取る流れができつつあると思うんだけど、その点はどう思いますか?
安田:
関連がないわけではないけど、清滝さんはマクロや金融の人だと思います。また、同じ流れを汲むハートとホルムストロームが受賞したからと言って、清滝さんが受賞する確率が減ったとも思えません。
小幡:
ほかに何か思うところはある?
安田:
プライベートなことなのですが、僕の大学時代の師匠がパトリック・ボルトン先生です。彼がハートの愛弟子なので、結果として孫弟子にあたる僕としてはハートの受賞はうれしいです。あとは、契約理論というのは人によっては情報の経済学とか、(中身を見ていくと)ゲーム理論に近いこともやっている。そういう意味では、今年もミクロ系の理論が評価されたのかなという感じはあります。
小幡:
なんでティロール、ホルムストロームの同時受賞じゃなかったんだろうね?
安田:
4~5年前に客員研究員としてエディンバラ大学に行っていた際に、清滝=ムーアモデルで有名なムーアさんにお会いしたことがありました。そのときに彼に「今年の経済学賞は誰が取りそうですか?」と聞いたら、ティロールとハートとホルムストロームの三人だろうとお話してくださった。それだけ三人が近しいところにあったわけですが、では何故ばらけたのか? というと理論面で見ると貢献が異なると思いますね。ティロールは、あくまで産業組織論や競争政策のエキスパートということで応用理論研究をたくさん書いているけど、ハートとホルムストロームは どちらかというとより契約に関する基礎研究をしていたので、その三人が分かれるというのは一方では頷けますね。
小幡:
なるほどね。どこが決め手になったのかな? ハートは基礎研究だとしても、ホルムストロームの決め手って何だろう?
安田:
彼は1970年代に完備契約理論の走りとなる論文をいくつか書いています。その後マルチタスクの拡張などいろいろ研究しています。誰か一人完備契約のジャンルから選ぶとなるとホルムストロームしかいないというのが背景にあったのではないかと思います。今回は、契約理論という分野をまとめて表彰するとなると不完備契約と完備契約のスペシャリストそれぞれ1名に与えたという気持ちがあるのではないかと。
日本人経済学者が経済学賞を受賞するにはどうすればいい?
田中:
今回のテーマである、日本人の経済学賞受賞の可能性ってどう見ますか? 清滝先生以外で挙げるなら誰ですか?
安田:
清滝先生は今の段階だとほとんどないと思っています。鈴村さんや林先生も素晴らしい学者ではあるけれど、世界にはもっとすごい、いつもらってもおかしくないような研究者がたくさんいるのでなかなか難しいのではないかと。
田中:
なるほど。あと、お亡くなりになったけど、候補者の一人でもあった青木先生をどう捉えます?
安田:
鈴村先生や林先生と比べるとはるかに可能性は高かったと思います。もちろん、宇沢先生も非常に高かったと思います。
田中:
やっぱり長生きしないとダメなんですかね?
安田:
長生きをすることと、万人が知っているような分野を確立することでしょうか。さらには運不運もあるでしょうね。青木先生が主に活躍されていたときは、アメリカ経済と日本経済の仕組みが違う時代だったにも関わらず理論的に説明していました。ところが、その後バブル崩壊によって日本経済が傾いてしまった。そのため世界的な関心が冷めてしまったという不運も重なっていると思います。
田中:
海外で活躍している人も含めて、安田さんが思う日本人若手経済学者の中で業績を残している人、優れたツールを発明している人って誰だと思いますか? まず、「自分です」と言ってね(笑)。
安田:
いやいや、僕は無理ですね(笑)。それでいうならたまたまなんですけど高校のときの同級生だった小島武仁君ですね。現在スタンフォード大学で准教授をしていて、彼の師匠であるアルヴィン・ロスが2012年に経済学賞を受賞しているので、師匠と同じようにマッチング理論やマーケットデザインなどで世界的な研究をしています。受賞までの道のりは険しいかもしれませんが期待しています。彼を筆頭に海外でたくさんの若手経済学者が研究しているので、その中からブレイクスルーする人は出るかもしれないですね。
田中:
最後に今日のテーマでもある、「なぜ今後も取れないのか?」という理由、何が影響しているかなどあったら一言いただければ。
安田:
経済学賞って他の自然科学の分野と比べて、受賞までの時間がかかるという傾向が非常にあります。実験によって正しさを実証しづらい、学会の中で偉くなって皆から業績が認められないとその分野の代表格として扱われない、などいくつか要因があります。そういう経緯があることを考えると可能性ということで言えば、清滝先生しか可能性がないのではないかと。仮に清滝先生が取れないとそうとう先の話になってしまうということでしょう。暗い話になってしまいますが(苦笑)。
山形:
基礎研究とかすぐに役に立たないものに、もっとお金を付けましょうみたいな話にもつながる?
安田:
これまでの受賞している理論研究を見るとほとんどお金がかかっていない。ハートもホルムストロームも莫大な研究予算を使ってというわけではなく、基本的に紙と鉛筆があればできるような数学者みたいなことをしている。とは言え、今後受賞傾向が変わることは大いにありえると思っています。ホルムストロームがいるMITで現在バナジーとデュフロが研究しているランダム化対照試行(RCT:random control test)などは制作実験費用が必要なのでたくさんお金がかかります。こういった社会実験のようなことが主流になってきて、日本でもできるようになるとまた風向きは変わってくるかなぁと。
日本の経済学の底上げに必要なこと
田中:
一方で、数学の能力が低下したことも一因じゃないかとも言われている。例えば慶応義塾大学では以前は数学が必修だった。ところが優秀な人文系の生徒が数学を毛嫌いして偏差値が下がってしまった、と。ゆえに、現在慶應は数学を取るか歴史を取るかの二刀流になっている。経済学部とすると悩ましい問題に直面している。
安田:
なるほど。
田中:
難しいことをさせることで、偏差値が下がることを懸念している大学側の思惑もある。そこを解消しないと日本の経済学の底上げにもならないのではないか……その点はどうですか?
安田:
確かにあるでしょうね。他にも外的な要因として、日本人は理数系の能力が強いということで外国で活躍される方も多かったのですが、最近は東欧系や中国など他国で理数系能力の高い研究者が増えています。同じような形で競っても数では勝てないので、日本独自の経済学の道というものを切り開いていく必要はあると思います。
田中:
すそ野を広げていくことは大事だよね。前述したんだけど、最先端の主流派経済学を継承している日本のエコノミストと、フィールドワーカー系の経済学者の交流がもっと盛んになってもいい。
安田:
ですね。近経の人はマル経の言うことなんて聞きたくもないとは思うんですが(苦笑)、問題意識として重なる部分は多いんですよね。その部分の懸け橋になるような存在や共通言語を持つことが問われてくると思います。かつての名残りでマル経やフィールド系の経済学者が多いという日本ならではの土壌があるということは、大きな利点だと思いますけどね。
田中:
なるほどね。忙しいところありがとうございました。
山形&小幡:
ありがとうございました~。
安田:
次はスタジオに伺えるようにします~。またよろしくお願いします。
(安田さん退場)
小幡:
さすがテレビでも売れっ子なだけありますね。声もイケメンでしたね。
山形:
感想、そこですか!?(笑)
田中:
やっぱり顔も良くて声も良いとなると……いいなぁ。
山形:
田中さんもそこ!?(笑)
小幡:
ま、話を戻しますが、途中、数学の話が出ましたけど、ハートもホルムストロームも理論上数字は扱うけど、決して数学が得意ではないと思うんですよ。根岸さんも50年代60年代に数学ができる日本人として海外に行ったけど、数学ができないから理系を諦めて文系に行って経済学を選んだ人ですからね。必ずしも数学が超出来るからといって、経済学の分野で大成するとは限らない。経済学で扱う数学ってちょっと違うからなぁ。とは言え、数字もゲーム理論を掘り下げすぎている節があるから、もっと新しいところに行かないとブレイクスルーは難しいだろうと。日本においては、もっと実証の研究者が増えて、すそ野が広がることを望みますね。そのためにも日本にいるだけじゃ限界がある。海外、中でもアメリカで長期間研究をするくらいじゃないと、今後も経済学賞に届くような日本人経済学者は生まれづらいでしょうね。
田中:
昔からそうかもしれないけど、経済学の流れってデータを中心に動いているじゃないですか。データや数学的な要素が強い。
一方でマル経の歴史研究ってとんでもなくデータを持っている。そういったものと今の経済学をうまく融合される必要性はあるのかなって思いましたね。どちらかの用語に合わせるとかではなく、刺激し合うことが発展には重要。それこそ小幡さんの先生でもある根岸先生も、今から30年くらい前に当時のマル経のエースだった山口重克さんと『二つの経済学』という本で対話している。
小幡:
ですね。よくご存じで(笑)。
田中:
世界中で貧困とか格差が叫ばれている中で、そういった異なる流れを持つ経済学者同士の交流があることこそ望ましいと思う。
山形:
それが将来開花するかもしれない、と。
田中:
うん。そう思いたいですね。