「なぜヒロインを逆さに描いたのか?」 ――安楽死が合法化された世界を描く小説『レゾンデートルの祈り』著者と装画を手掛けたイラストレーターが対談【楪一志×ふすい】
安楽死が合法化された近未来の日本を描いた小説『レゾンデートルの祈り』(著者:楪一志/装画:ふすい)。主人公の人命幇助者<アシスター>遠野眞白(とおの・ましろ)が、安楽死希望者たちと面談して心に寄り添うことで、生きる希望を共に探っていくという物語だ。
2021年6月に発売され、TikTokクリエイター・けんごさんの動画で紹介されると、瞬く間に若者の間で大きな話題に。著者・楪一志(ゆずりは・いっし)さんのデビュー作でありながらすでに重版7刷が決定する等の異例の反響を受け、ニコニコニュースでもけんごさんを聞き手とした楪さんへのインタビューを実施している。
そして今回、本作の装画を手掛けた人気イラストレーター・ふすいさんと楪さんの対談が実現。『レゾンデートルの祈り』の制作秘話や創作論等、必見の対談をぜひ楽しんでいただきたい。
写真/難波由香
聞き手・文/ⅡⅤ担当編集
■『レゾンデートルの祈り』は今年度で一番気合を入れた作品
――『レゾンデートルの祈り』の重版6刷【※】が決定しました。楪さんのデビュー作にしていきなり大きなヒットとなりましたが、改めて今のお気持ちをお願いします。
※インタビュー当時。2022年1月現在重版7刷が決定している。
楪 一志(ゆずりは いっし 以下、楪):
「まさか」というのが大きいです。けんごさんのご紹介とふすいさんのイラストの力があってのことですが、デビュー作でここまで何回も重版を重ねていただけているのは自分にとって奇跡的なことで……。
ただ、それでも重版自体が一番大事とは思っていなくて。重版はすごく嬉しいんですがあくまで指標の一つで、例えば図書館などでも多くの方々にこの本を読んでもらえるということが一番大事なのかなと思っています。
――ふすいさんの素敵な装画がきっかけで本作を購入したという声もたくさん頂いております。
ふすい:
純粋に嬉しいです。装画を描くにあたって原稿を読んだときから「これはたくさんの人に読んでほしい」と思っていたので、何度も重版を重ねて多くの人に読まれているというのが本当に嬉しいですね。装画はいつも気合いを入れているのですが、この作品は今年度で一番気合いを入れた作品でもあって、少しでも力になれたらと思っていたので。こうしてたくさん読んでもらえているのはすごく嬉しいですし、もっと多くの人に読んでもらいたいです。
楪:
そこまで言っていただけて……。本当に嬉しいです。
ふすい:
正直なことを言うと、最初に依頼を頂いて原稿を読む前は「安楽死」というテーマなので、すごく重い話なのかなと思っていました。
今まで死を題材にした作品の装画も描いたことはあるのですが、「安楽死」では描いたことがなかった分、逆にどういうお話かすごく気になって。
でも、重いのかなと思って実際に拝読してみると、意外にそうでもなくて。主人公の遠野眞白が「生きているのが辛い」「死にたい」と言っている安楽死希望者に懸命に寄り添っていく姿が、心にグッと来て。安楽死希望者に少しずつ光がともっていくように感じられるし、文章一つ一つが繊細な物語だったので、読み終わった時に「これはすごい物語だな」と。
コロナ禍ということもあってよりリアリティーを感じて「これは気合い入れて描かないと」と思いつつ、装画にするにはどうしたらいいだろうとすごく悩みました。
楪:
そんな想いが詰まったイラストだと思って見ると、改めて心に来るものがありますね……、本当に嬉しいの一言に尽きます。そもそも人から直接物語の感想を頂ける機会もなかなかない中、装画を描いていただいたふすいさんからこんなご感想を頂けるなんて……。まだ対談が始まったばかりですが、この時点でもうお会いできて良かったなと思っています(笑)。
ふすい:
こちらこそです!
楪:
正直、自分の中では「重い話を書いてしまったので大丈夫かな」という心配がずっとありましたし、読者の方に読んでいただくのもすごく怖かったくらいでした。
この物語には「死にたい」「生きていたくない」と思っている人たちと、それをどうにか「生きる希望を一緒に見つけたい」という相反するスタンスで向き合っている主人公がいて、書き手としては、その気持ちを両方見つけないといけないという難しさがあったので。
生きていたくない原因とか理由って本当に人それぞれだと思っていて、周りの人からすると些細なものに見えてしまうことでも、本人にとっては辛いことであったりするので。その人に響く言葉や行動はどういったものなのかなと考えるのはすごく大変でしたね。
■初めて装画を見たときは思わず涙ぐんだ
――改めて楪さんに本作の装画を初めて見られた時のご感想をお伺いできればと思います。
楪:
最初にラフを見せていただいたとき、本当に想像もしていなかった構図でびっくりして、何度も見返しました。早くこれが完成するのが見たいという思いが強くて……。
完成した装画を見たときはパソコンの前で思わず涙ぐんじゃって。何て言ったらいいのかな……、この気持ちは多分物語を生み出した僕にしかわからない感覚なのかなと。一言では表せないのですが、夢を見ているような感覚というのはこういうことなんだろうなと。
眞白のビジュアルもこんなにイメージ通りに描いていただけて、率直に言うと本当に大満足でした。
ふすい:
それを聞けてすごく安心しました(笑)。江ノ島が舞台の作品だったので、江ノ島がイラストに入っていないのだけは申し訳なかったかもなと思っていたんですけど、喜んでいただけて良かったです。
楪:
逆に舞台となった江ノ島を描かなくても優しい雰囲気とか、こんなに作風と親和性があるのが……。海のイラストと、そして眞白が寝そべっていて、逆さになっているというこの構図が一味違うのかなと。とにかく感謝の気持ちしかないです。もう本当にこのイラストが大好きすぎて、電子端末、スマホやPC、スマートウォッチの画面も全部このイラストに設定させていただいてます。
ふすい:
そこまで好きになっていただけて……、本当にありがとうございます。そんなに言っていただけるなんて正直びっくりして、体が熱いです(笑)。著者の方から直接ご感想をいただける機会もそうないので。
楪:
むしろそういう機会がないと不安になってしまったり、著者さんに納得してもらえたか聞いてみたいと思われたりすることはないんですか?
ふすい:
逆に怖くて僕は聞けないです。著者さんの作品でもある分、装画を喜んでいただけるかはすごく大切な部分でもあるので、聞くのは本当に怖いんです。なのでTwitterとかで著者さんから「すごく気に入ってます」とかご感想を言っていただけたときは心から良かったと思います。
あくまで自分の解釈でイラストを描くので、著者さんのイメージと食い違っていたらどうしようという不安があるんですよね。今日楪さんと初めてお会いするにあたって、感想を聞くのが怖くて昨日はちょっと眠れなかったです(笑)。
楪:
夜中にTwitterでもつぶやかれていましたけど、僕も昨日の夜は緊張して眠れなかったんですよね(笑)。
■構図を考えつくして、「この装画は絶対に成り立つ」
――読者の方からもふすいさんにご質問をいただいているのですが、改めて装画の構図の理由や、着想にいたったきっかけを教えていただけますか。
ふすい:
話すと長くなってしまうんですが大丈夫でしょうか……?
楪:
ぜひお願いします!
ふすい:
当初の打ち合わせでは、江ノ島をバックに海と浜辺に眞白がいるイメージでご依頼を頂いていました。僕もそんな感じがいいかなとラフを描いてみて、その時はいいなと思ったんですが、1日寝かした後改めて見たらちょっと不安を覚えてしまって。すごく良い絵になったんですが、一方で綺麗なだけの印象が薄い絵になってしまわないかなと……。
書店に新刊が数百冊も並べられている中で、実際にお客さんが新刊を見る時間って0.1秒ぐらいしかないと思うんです。その時に素通りされてしまう、もしくは手に取ってもらえたとしても「綺麗な絵だな」というだけで棚に戻されてしまうと、この本がどういうお話か分からない。デビュー作ということも聞いていたので、もっと印象に残るものにしないとだめだなと思ったんですが、ピッタリ合うアイデアがなかなか浮かばなくて、締切も近い中どうしようかと……。
そこで、もしかしたら自分が完全に作品を理解できていない部分があるかもしれないと思って、もう一度原稿を読み直してみました。そうして肩の力を抜いて原稿を読み直した時、一番目がいったのが作中の各章の登場人物のキーアイテムで、これは重要かもしれないと思いました。
レゾンデートルは「存在理由」という意味なので、キーアイテムは安楽死希望者たちの存在理由にもなるなと。それをどう料理するか考えながら読了したら、ふと「眞白が浜辺に寝ていたらどうなるんだろう」と思いつきました。
それで実際に目を閉じて椅子に寄りかかりながら、浜辺で寝ている眞白の気持ちになってみたんです。
その時にオフィーリアの絵画作品【※】のことをふと思い浮かべて、これが『レゾンデートルの祈り』にすごく合うかもしれないなと思いました。「眞白が波に打たれて浜辺に寝ている」「そこには各章のキーアイテムがある」、そして「眞白が微笑んでいて希望を与えている」。これで、この装画は絶対に成り立つなと。
1851年から1852年にかけて制作されたジョン・エヴァレット・ミレーによる絵画。オフィーリアはウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物であり、この作品では彼女がデンマークの川に溺れてしまう前、歌を口ずさんでいる姿を描いている。(画像はWikipediaより)
楪:
そこまで考えていただけていたとは……本当にありがたくて、嬉しいです。イラストを見たときからこだわっていただいているのは分かっていましたが、本当に想像をはるかに超えていました……!
ふすい:
構図も元々は眞白の向きが逆さではない状態だったんですが、それで帯が入った場合、絵が途切れてしまい、海の波も見えない、眞白の顔だけしか見えなくなると思い、角度を180度変えてみたんですよ。すると、すごく印象に残るし、上下が逆さまになっている人物の装画はなかなか見ないと思って、これでラフを出してみることにしました。この案が無事通った時は内心すごく安心しました(笑)。
楪:
今となっては本当にこのイラストしか考えられないと思います! イラストにいたるまでの過程ってどんなに想像しても、実際に描かれた本人でないと分からない部分かなと思っていて……、今日ふすいさんからこんなに具体的にお聞きできたのはすごくありがたいです。