海底に眠る潜水艦「伊58」70年ぶりの特定なるか――海中ロボ研究者が4日間に渡る調査への想いを語る
終戦から時が過ぎた昭和21(西暦1946)年4月1日、連合軍によって海没処分された24の潜水艦。米海軍にとって敵軍に沈められた最後の水上艦艇・重巡洋艦「インディアナポリス」を沈めた潜水艦として知られる「伊58」など24の潜水艦は、各艦の特定もされぬまま70年近くにわたり、水深200メートルの海底に鎮座していました。
深海で活動する自律型海中ロボットを開発していた浦環・東京大学名誉教授や第26代海上幕僚長の古庄幸一氏らが参加する『伊58呂50特定プロジェクト』では、2017年8月22日から25日の4日間にわたって調査を実施。カメラ付き遠隔操作ロボットを使って、海底に沈む24艦から伊58・呂50の特定を目指します。
ニコニコでは、情報通信研究機構(NICT)協力のもと、調査の様子を生放送で配信予定。本記事では、生放送に先立ち、浦環・東京大学名誉教授の『伊58呂50特定プロジェクト』にかける想いをお届けします。
海底に突き刺さる2艦の潜水艦
「なんだこれは。まるで潜水艦の墓標ではないか」
2017年5月19日、私たちは、九州最西端・長崎港から西へおよそ50kmの位置にある五島列島沖合に沈んでいる日本海軍の潜水艦をサイドスキャンソナーで調査していました。ディスプレーに映し出される潜水艦と海底を見ていると、突然、黒い大きな影が見えました。なんと、潜水艦がまるで墓標のように海底から立ち上がっていたのです。
撮影された潜水艦は、これまでの調査リストには載っていない艦です。さらに調べると別の艦が60度ぐらいの角度で海底につきささっていました。爆破されてからおよそ七十年の時を経て海中で起立する2艦の姿を見て、私はこの潜水艦達の姿を広く知ってもらわなければならない、と強く感じました。
昭和21年4月1日に連合軍によって海没処分された24の潜水艦。私も関わっている(一社)ラ・プロンジェ深海工学会の「伊58呂50特定プロジェクト」チームが、サイドスキャンソナーという音響計測装置を使って全艦の撮影に成功しました。
五島列島沖の深さ200メートルの海底に立ち上がる潜水艦No.25は、伊号第五十八潜水艦(略して伊58)の可能性があると考えています。
伊58は広島・長崎に落とされた原子爆弾の部品をテニアン島に搬送した重巡洋艦「インディアナポリス」を、魚雷で沈めた艦です。インディアナポリスは、米海軍にとって敵軍に沈められた最後の水上艦艇で、いろいろな不運が重なり、乗員約900名が死亡しました。
マクベイ艦長は軍法会議で有罪判決を受け、その後に自殺しています。伊58の橋本以行艦長は米国に呼び出され、尋問を受けています。このような悲惨な歴史もあって、米国でも伊58は有名な潜水艦です。
私は長年、東京大学で海中工学を専門とし、深海で活動する自律型海中ロボットを開発してきました。定年を迎えて自由の身になった時に、残りの人生を賭けて取り組もうと思ったのが、フィリピンのシブヤン海に沈んだまま、どこにあるかも分からずに放置されている戦艦武蔵を探しに行くことでした。しかし、マイクロソフトの共同創業者、ポール・アレン氏率いる探査チームに先を越されてしまいました。誰がしようと、武蔵が発見されたことは素晴らしいことです。
次に目標にしたのが五島列島沖に沈む潜水艦群です。2015年、日本テレビが潜水艦「伊402」を探すという企画を立て、どうやって調べればよいかという相談を受けました。取材班の調査で24隻の沈んでいる位置がほぼ特定され、どれが伊402であるかも明らかにされました。今回、私たちは、そのデータを基にして、音波の反射で物体の形状を調べるサイドスキャンソナーを使って調査、24艦全ての撮影に成功しました。
私は、政府の総合海洋政策本部の参与をしています。参与の中に、第26代海上幕僚長の古庄幸一さんがいらっしゃいます。武蔵が発見された後、総合海洋政策本部の会議後に、古庄さんに「伊58を特定するプロジェクトを立ち上げようと思っていますが、ご協力を賜れますか」と尋ねたところ、「それならぜひ呂50も特定してくれませんか」という話になりました。
呂50は、五島列島沖合の24艦に含まれる艦で、呂50の艦長だった今井梅一氏は古庄さんが佐世保で使えた上司とのことでした。日本テレビの調査を支えた方々などを加えて、『伊58呂50特定プロジェクト』としてさっそくプロジェクトチームを作りました。本文でいっている私たちとは、このプロジェクトチームを指しています。
「海をお茶の間に」がついに実現
私はかねてより、海中を皆のものにしたいと考えていました。しかし、行くことがほとんどできない深海の魅力を伝えるのはなかなか難しく、専門家かマニアのみがその魅力を知る状態です。
私は、頻繁におこなっている海洋調査の作業と撮ってきた深海の画像データをリアルタイムで放送するのが、多くの方々が海に親しむ当面のベストの方法であると思っていました。2013年におこなわれた有人潜水艇「しんかい6500」のケイマン海溝熱水地帯潜水のニコニコ生放送がまさにそれです。
そこで、ドワンゴに相談をして、今回の調査を生放送する道を探りました。問題は通信です。陸域から50kmも離れた海の上からでは、通信は衛星経由になり、膨大な経費がかかります。また、揺れる船の上から衛星を捕らえるのは、簡単な装置ではできません。通信がままならないことが、海を疎遠なものにしている大きな理由です。
そこで、情報通信研究機構(NICT)とドワンゴが共同で、小型船用アンテナと高速通信衛星「WINDS」を使った96時間にわたる洋上からの通信実証実験をおこない、その過程で誰も見たことのない海中画像を全世界に届けることにしました。
伊58を特定できた後は、本音を言えば伊58を引き上げ、修復した後に、実物を展示する記念館を作りたいと思っています。しかし、ざっと予算を見積もると約百億円かかるようです。少人数の有志で活動する私たちには非現実的です。
そこで、今は、撮影した写真と地形とをコンピューターで三次元に再構成して、バーチャルな記念碑をつくろうと考えています。VR技術を使って、私たちはアバターとなり、潜水艦群のなかを泳ぐのです。
さらに夢見ているのが、有人潜水艇で沈んだ艦船を観にいくツアーを組むことです。カリブ海では30年前に、3人乗りの小型潜水艇に乗って、240メートルの深海までひとり3万円で行くことができました。伊58の場合、長崎の50キロ沖まで潜水艇を運ばなければいけないので、さすがに3万円では無理ですが、現実的な価格で半日の深海ツアーを組めるはずです。
日本には戦争の記憶を伝える記念碑はあっても、実物がモニュメントとして残るのは原爆ドームなど数えるほどしかありません。横須賀にある戦艦「三笠」が日露戦争の記憶を今に伝え、ハワイのアリゾナ・メモリアルで真珠湾に沈むアリゾナの姿が真珠湾攻撃の結果を見られるようにしているように、政治的、思想的背景を越えた「戦争の実物」を提示したいと考えています。
海中に沈んだからといって事実を“水に流す”のではなく、実物を見てじっくりとひとつの出来事の前後にある物語について考えて欲しい。そして一隻の艦船には指揮官、乗組員や造艦者、その家族など多くの人を巻き込む事実があることを知って欲しい。それが海中を調査する技術をつくってきた私たちの未来へのメッセージです。
調査の様子は、下記番組で生放送を行います。