なぜ台湾総統選挙の投票率は7割を超えるのか? もはや「お祭り」な選挙期間の現地レポート
リアルタイム集会を盛り上げる舞台演出
民進党本部前の道は完全封鎖され、特設ステージが作られていた。会場での受付は午後4時から始まり、すでに多くの人が集まっている。
そびえ立つ舞台には超大型スクリーンが設置され、超満員の人たちの様子を映し出す。壇上でマイクを握る司会者は、候補者の名前を連呼しながら数万人の観衆を煽っていた。
「賴清德(ライチンダー!) 凍蒜!(当選!) 凍蒜!(当選!) 凍蒜!(当選!)」
集会が続く中、司会者は次々と登場する登壇者の演説の合間に何度も呼びかけた。
「台湾! 加油!(台湾がんばれ!) 台湾! 加油!(台湾がんばれ!)」
観衆は司会者のあおりに応じて大きく旗を振り、大きな声でレスポンスを返す。これが何度繰り返されても、まったくパワーが落ちない。それどころか、回数を重ねるたびにコールアンドレスポンスは熱を帯びていく。
興奮するのも当然だ。会場のいたるところに設置された巨大スピーカーからは、腹の底にズシンと響く重低音で大音量の音楽が流れる。何本ものスポットライトが天空を照らし、夜空をかき混ぜるように交差する。演説のBGMも話の内容や演説者の調子にあわせて雰囲気を変え、観客の感情をどんどん高めていく。
そして司会者のコールが再び始まると、超巨大スクリーンにはコールのリズムに合わせて「凍蒜!」「加油!」の文字が飛び跳ねる。
観衆がノリやすいように、舞台のすべてが演出されている。会場からあふれて沿道にまで広がった観衆も、まるで野外フェスのように飛び跳ねて盛り上がる。驚いたことに、この大興奮は「総統決定」の瞬間まで4時間以上も続いた。こんなにも長い間ハイテンションを維持できる台湾のパワーに圧倒された。
集会では、総統選挙と同時に行われた立法委員選挙に立候補した候補者たちも集結して演説をする。みんな演説はしっかりと聞く。そして、盛り上がるところではちゃんと盛り上がる。開票が進み、総統選挙に立候補している賴清德候補の得票数が「400万票」「500万票」と更新されていくたびに、会場が大きな歓声に包まれた。
日本の政治イベントでこんなに盛り上がる場面は見たことがなかった。
噴射されるスモークと空を舞う紙吹雪
午後8時を過ぎると、台湾メディアが「賴清德、当選確実」の一報を打った。「ウォー!」という地鳴りのような大歓声が巻き起こる。国民党の侯友宜候補、民衆党の柯文哲候補が「敗北宣言」をし、民進党の賴清德候補に祝意を告げたのだ。
賴清德候補はステージの後ろにある記者会見場で海外メディアも含む国際記者会見に臨んだ。会見の冒頭、賴清德候補はこう切り出した。
「私は台湾の人々に感謝したいと思います。みなさんが私たちの民主主義に新しい1ページを書いてくださったからです。私たちは、民主主義をいかに大切にしているかを世界に示してきました。これは私たちの揺るぎない決意です」
会見の模様が開票見守り会場の大型スクリーンにリアルタイムで映し出される。それを見た観衆は腕がちぎれんばかりに小旗を振る。
賴清德候補は選挙の結果に3つの重要なポイントがあると言った。
「一つ目の意味は、台湾が世界に対して『民主主義の側に立つ』と宣言したことです。二つ目の意味は、台湾の人々が今回の選挙に影響を与えようとする外部勢力の動きに抵抗することに成功したということです。私たちは、台湾の国民だけが自分たちの大統領を選ぶ権利があると信じています。三つ目の意味は、3候補の中で一番支持をいただいたのは我々だということです。これは台湾が正しい道を歩み続けることを意味します。正しい道を進み、曲がらず、後戻りしません」
会場の支援者たちは記者会見の様子をモニターで見守り、賴清德候補の言葉を一つ一つ聞き漏らすまいと耳をそばだてていた。
「私には台湾の平和と安定を維持する重要な責任があります。私は民主的で自由な憲法秩序にしたがって、バランスの取れた方法で行動し、両岸の現状(中国との関係)を維持します。対立に変わる対話、中国との交流協力を、自信を持って進めてまいります」
記者会見を終えた賴清德候補がステージに登壇すると、会場の興奮はピークに達した。集会のクライマックスには勢いよくスモークが噴射され、大量の紙吹雪が降り注いだ。
2027年に大きな節目を迎える台湾
総統選挙での賴清德候補の得票は558万6019票(得票率40.05%)。2位の侯友宜候補は467万1021票(得票率33.49%)。3位の柯文哲候補は369万466票(得票率26.46%)だった。3候補による争いの結果、与党・民進党の賴清德候補が当選を決めた。しかし、有権者の半数を超える支持は得られなかった。
総統選挙と同時に行われた立法委員選挙(定数113)でも、与党・民進党は過半数を取れず51議席にとどまった。一方の国民党は52議席を獲得して第1党となった。民衆党は8議席、無党籍が2議席となった。
ニコニコ取材班と一緒に新総統誕生を見守ったジャーナリストの近藤伸二さんは、今回の選挙をこう総括してくれた。
「台湾の有権者が『政権交代』を選ぶかどうかが最大のポイントでした。2000年に初めて政権交代が起きてから、これまで8年ごとに民進党と国民党が入れ替わってきましたが、今回ははじめて『継続』ということになりました。8年プラス4年で12年。また、現職有利ということを考えると、16年の長期政権も視野に入ってきます。台湾の有権者は蔡英文政権の路線が継続することを選びました。これが今回の選挙の最大の意味です」
今後の台湾政治はどうなっていくのだろうか。
「賴清德候補が勝ちましたが、得票率は40%程度です。国民党と民衆党を足すと、賴清德候補に入れなかった人が6割近い。台湾の政治制度では、立法院でも多数を取らないと、なかなか政権運営がうまくいきません。民進党政権は継続するけれども、蔡英文政権以上に厳しい政権運営を迫られることが予想されます」
近藤さんがそう予想するのも当然だ。2000年に初めて政権交代が起きたとき、陳水扁総統を輩出した民進党は立法院で少数与党だった。そのため非常に厳しい政権運営を強いられた過去があるからだ。
なんと、陳水扁時代にはアメリカから武器を買う予算を60回以上も否決されている。民進党の党是である脱原発も、立法院で国民党が多数を占めていたため断念している。
番組の最後に、近藤さんに今後の日本への影響を聞いた。
「基本的には今の蔡英文総統の路線を引き継ぐわけですから、日本が政策を大きく変える必要はありません。ただアメリカ大統領選挙を含めた米中関係によって、中国と台湾の関係が緊張する恐れもあります。そのときに日本がどのように関わっていくのかが問われると思います」
近藤さんによると、大きな「山場」になるのは2027年だという。
「2027年に中国では習近平政権の3期目が終わります。そこから4期目に入るかどうかというときに、習近平政権は何か成果があったかどうかを問われます。2027年は人民解放軍設立100周年にあたりますから、政治的に大きな山場となります。このときに中国が圧力をかけるのか。それとも情報戦をやっていくのか。どういう対応を取るのかを引き続き観察していく必要があります」(近藤さん)
台湾は日本が東日本大震災に見舞われたとき、200億円もの義援金を日本に寄せてくれた。今年1月1日に起きた能登半島地震でも、1月11日までの10日間で民間から11億円もの義援金が集まった。日本と台湾の関係は密接で良好だ。同じアジアの住人として、日本人も台湾に関心を持ち続けることが必要だろう。
***
今回の生放送は、1月12日が11時間30分、13日は10時間30分にも及んだ。それににもかかわらず、12日は3万4千人超、13日は6万2千人を超えるユーザーが視聴してくれた。
放送後のアンケート結果も、1月12日の放送は「とても良かった」が82.2%、「まあまあ良かった」が6.8%。1月13日の放送は「とても良かった」が91.2%、「まあまま良かった」が5.7%と高評価を受けた。この場を借りて感謝を申し述べたい。
まだ視聴していない方は一部でも構わないので、ぜひ、タイムシフトで台湾総統選挙の熱に触れていただきたい。
2024年は、ロシア大統領選(3月)、韓国総選挙(4月)、インド総選挙(4〜5月)、メキシコ大統領選挙(6月)、欧州議会選挙(6月)、アメリカ大統領選挙(11月)など、世界で大型選挙が続々と行われる選挙イヤーだ。
またどこかの選挙現場でお会いできればと思っている。