『ヤババイナ』制作秘話をさたぱんPが語る「ボカコレでどうすれば上に行くかを考えて作った」【はじめて聴く人のためのインタビュー】
各ボカロPの人気曲をプレイリスト化し、それを元にお話を聞く本インタビュー企画。
今回は今世界的に最もホットなボカロPの一人、さたぱんPの登場だ。
「ボカコレ2024冬」にてルーキー部門4位入賞も話題になった代表作「ヤババイナ」。
だがボカロに詳しい人は知っての通り、今やこの曲はニコニコ動画を飛び出し、YouTubeで主に海外リスナーから非常に熱烈な支持を獲得。その再生数はなんと800万回超にも及んでいる。
そんなワールドワイドな知名度を獲得しつつある一方、まだまだ素性が明らかとなっていない部分も多いさたぱんP。今回の取材では、その素顔に迫る本邦初のエピソードも満載となった。
刺激的で強烈な個性を放つ数々の楽曲。それらを生み出すクリエイターとしての人柄をより深掘りした、貴重なインタビューをお楽しみあれ。
取材・文/曽我美なつめ
■実は黎明期からのボカロリスナー!今、作り手を始めた理由とは
──まずは、さたぱんさんとボカロとの出会いをお聞かせ下さい。
さたぱんP:
明確には覚えてないんですけど、元々ニコニコ動画もサービス初期から見ていて。その中で初音ミクを自然と知った形だったので、ボカロとの出会い自体は2007年、「メルト」とかの辺りですかね。
──当時の曲で、印象的だったものはありますか?
さたぱんP:
デッドボールPさんの「曾根崎心中」には衝撃を受けました。かなりメタリックなリフで、でもメロはすごく綺麗で。「ボカロでこんな曲ができるんだ」と思ったし、「こういう曲を作る人が世の中に大勢いるんだ」と知れた曲でもありました。
──そこから2020年代の今、ボカロ曲を“作る側”に回った理由は何だったんでしょう。
さたぱんP:
元々当時から音楽をやっていて、バンドでギターボーカルをしたり、DTMで曲のデモを作ったりしてたんです。その結果音楽が趣味から仕事になって、実はずっと音楽作家として活動してたんですよ。
そんな中である日立ち寄ったゲーセンの店内BGMで、キノシタさんの「アユミ☆マジカルショータイム」を耳にして。その頃は昔ほど熱心にボカロを追っておらず、音街ウナの事も知らなかったんですけど、久々に聴いたこの曲で「今のボカロってこんなに豊かな表現ができるのか」って驚いたんです。そこから「自分もボカロ曲を作りたい」となって。曲を聴いたのが2022年4月頃で、その3ヶ月後にはボカロ曲を投稿してました。
──3ヶ月後!興味を持った後の行動の速さが際立ってますね。
さたぱんP:
個人的には結構足踏みした期間でしたよ。直近のボカロの事は本当に何もわからなかったので、「ボカロP なり方」で検索したり、最近のボカロPさんはどうやって活動してるのかリサーチしたり。ただ長年音楽業界の裏方にいた分、Synthesizer V(以下SV)なんかは技術として当然そのすごさも知っていて。
VOCALOID自体も昔より格段に性能が良くなってたし、その点でも二度衝撃を受けた感じです。人間に近づいた部分と機械音声らしさの残った部分、二つの中間にあるような声の響きがすごく新しく聴こえたんですよね。
──加えて、さたぱんさんの音楽ルーツ自体はどんなジャンルになるんでしょう。
さたぱんP:
人生で一番初めに買ったCDは、お笑い芸人の宮迫さんとぐっさん(山口智充)のコントユニット・くずの「くずアルバム」でした。バラエティ番組発のデュオですけど、普通にめっちゃいい曲が多くて。その後は自分の中でバンドブームが来て、BUMP OF CHICKENやASIAN KUNG-FU GENERATION、ELLEGARDEN辺りの邦楽バンドや洋楽を聴いてたんですけど、徐々にインディーなバンドを掘るようになりましたね。
COCK ROACHやMUSHA×KUSHA、あとややメジャー寄りですがTHE BACK HORNもめちゃめちゃ好きで。いわゆる“鬱曲”を作るバンドが結構好きでした。インディーズバンドって曲がいいのはもちろんですが、生の現場、ライブに足を運びやすいのも自分的には大きな魅力だったんです。チケットもかなり取りやすかったですしね。
■世界でバズる「ヤババイナ」、動画・内田清輝・グ弍との逸話も
──本リストでは、まずやはり「ヤババイナ」の話から伺いたいなと。ニコニコを飛び出し、今やYouTubeでは海外を中心に怒涛の勢いで火が付いています。
さたぱんP:
正直ここまで再生される曲に育つと思ってませんでした、特にYouTubeでは。元々この曲は「ボカコレでどうすれば上に行くか」を考えて作ったので。
毎回ボカコレの曲を作る時は過去問を解くみたいに、過去の上位曲を10位ぐらいまで順番に数年分聴くんですよ。その中で自分のいいなと思った要素と、世の中にウケる要素の二つを絞っていって、それを曲に落とし込むんです。だからボカコレの範疇を超えてこの曲がウケたのはかなり想定外で。
けど、曲を作ってるとたまにありますよね。意外なものほど火がついて、「これはバズるぞ」ってものほどバズらない。つまり作ってて「伸びるな」って思った時点で伸びないので、じゃあダメじゃんって感じなんですけど(笑)。
──その中で、曲の核となる要素やコンセプトはどこに置いたんでしょう。
さたぱんP:
直近もボカロ曲で人気なリリースカットピアノや、カッティング色の強いチャキチャキなギター、あとはドロップのパートとか。「お前らこんなん好きやろ!」という音の要素をかなりわかりやすく詰めた部分です。そしたら本当に上位に食い込んだので、「本当にみんな好きなんだな~」と思ってちょっと面白かったですね。
──ある意味、実験的な意識込みで作ったと言うか。
さたぱんP:
毎回何かしら入れますね、実験的な要素は。「ようこそ、ふぁんふぁんずんだ」もサビ部分にショート動画向けの仕掛けを入れて作ったんですが、狙い通りTikTokやYouTubeでも40~50万ぐらい再生されてて。これも上手くいった例のひとつです。
あとは今空前のブームになってるSV重音テトも、リリース時から「めっちゃいいじゃん!使いたい!」「流行りそうだな~」と思ってたんですよ。そしたら案の定ブームが来て「やっぱりね、自分も使っとこ!」って(笑)。
──そんなバズ曲も含めて、この中でご自身が一番気に入っている曲ですとどれですか?
さたぱんP:
各曲思い入れがありますが、「好きなのに全然伸びてない」曲だと「きゅらりら★はぴちゅき!」かな。完成時は「めっちゃいいの出来た!ヤバイ!最高!超好み!」と思ったんですが、マジで聴かれなくて「つら~~~~~」って3日間寝込みました(笑)。
なので「ヤババイナ」で自分を知った人はこれもぜひ聴いて欲しいです。王道電波ソング風のEDMですけど、ミクちゃんの声のかわいさや、歌詞にもこだわりを詰めたので。かわいいミクちゃんを楽しみたい“ミク廃”には特にオススメですね。
──重ねてさたぱんさんの曲には、やはり内田清輝・グ弍さんの動画の印象も強いです。初作の「あーーーーーーーーーー」はどのような経緯で一緒に作られたんでしょう。
さたぱんP:
SNSで内田さんのポストをたまたま見て、「めちゃめちゃいいな」ってなったのがきっかけです。それまで誰かに作業を依頼したこともなかったし、何事も一歩目って腰が重くなりがちですけど、もう先生の絵が好きすぎて。ラブの勢いのまま、自分の想いをつらつらとしたためて「MVを作ってくれませんか」って依頼させて頂きました。
気持ち的には断られること前提でのお願いでしたが、内田先生ほんとにいい方で。「いいですよ、ぜひ!」ってご快諾頂けて本当に嬉しかったですね。
先日即売会に参加した時、先生とも初めて対面でご挨拶できたんです。今まで何度かご一緒してる中で「迷惑じゃないですか」って尋ねたら、「全然!むしろボカロ曲きっかけの反響もたくさん頂けてすごく有難いです」って。先生への恩返しにもなれたなら本当に嬉しいですし、今後も相互に良いスパイラルを生んでいけたらと思いますね。
──ちなみに、同じボカロPでそういった近しい関係性の方はいらっしゃいますか?
さたぱんP:
今年10月に大阪の即売会で初めて人前でCDを頒布したんですが、それに誘って下さった子牛さんも仲良くさせて頂いてる方の1人です。あと、「パキリナ」って曲で動画を担当頂いたえむえぬさんもボカロPをされてるんですが、映像だけでなく曲もめちゃめちゃ良くて。
最近はシーンでも前衛的な音楽を作る方が増えてますけど、その中でも一線を画してるというか、本当に“アート”って感じですごく好きです。長年音楽を作ってると「こうやってるんだろうな」と作り方の察しが付く曲も多い中で、えむえぬさんの曲は全っ然わからない。「どうやって作ってるんだろう」ってめっちゃ知りたくなります。そこも含めてすごく惹かれますね。
■一度は天下を取りたい!「聴かれたい」に正直に
──重ねて、制作のお話についても伺えれば。現在ボカロPとして作る曲と商業名義で作る曲は、やはり制作意識や手法も異なるのでしょうか?
さたぱんP:
いや、わりと地続きです。結局どちらも「こういうテイストを取り入れた方がいいな」とか、「こういう音やジャンルが今は聴かれるんだな」みたいなのをどんどん取り入れた結果、今のスタイルに繋がってます。
──作品のアイデア・着想はどんな所から得られるんでしょう。
さたぱんP:
その時々で聴いてる曲にかなり引っ張られますね。この曲いいな、って思った曲みたいなものを作ろうとする一方で、最近人気の曲の要素も取り入れてみたり。服をつぎはぎでリメイクするようなイメージです。革ジャンとデニム、ニットっていう素材の違う3つの服があって、単体でも完成してるし格好良いんですけど、それを敢えてバラバラのパーツにして、袖はレザー、胴体はデニム、襟はニットの一着に作り替える、みたいな。
──その作り方はいつ頃からされているんです?
さたぱんP:
ここ1年とかですね。元々音楽作家としてやって来た分ある程度引き出しはあったんですが、それでボカロ曲をやってもバズんなかったので。今のやり方に変えてみたら「なんだこれは」って少しずつ聴いてくれる方が増えてきた、って感じです。
──商業の経験があっても、今のやり方に辿り着くまでには試行錯誤した、と。
さたぱんP:
実際にいろんな曲を世に出しては消してを繰り返して、自分の中にナレッジを貯めてました。伸びなかった曲は「失敗だな」って。あくまで自分の場合は、ですけど。現状ニコニコ最古の曲は2022年10月投稿の「ちっぱいがいっぱい」ですが、その前後も消した曲は結構あります。40曲ぐらいあるかな。
──制作の中で得意な作業や過程はありますか?作詞やオケ作りなど…。
さたぱんP:
歌詞もメロディーも作るの得意じゃないです(笑)。曲を作る時は毎回やれることを全部出し切ろうという気持ちですけど、未だに投稿の時は手が震えますから(笑)。
やっぱり、自分はセンス以上にとにかく物量で音楽を作ってきた人間なので。曲も歌詞もめちゃめちゃ書いてどうにか引き出しを作って、それは自分にセンスがないことを自覚してるからなんです。センスがある人は何にもしなくても1曲目からすげえの書けますけど、私はずっと音楽をやってきてそうじゃないのがもう分かってるんで。
散々自信を折られて、打ちのめされた結果ですね。最近のボカロPさんは若くて才能のある方も多いですし、先輩より新しい人のが怖いですよ (笑)。
──逆に苦手な過程・作業はいかがでしょう。
さたぱんP:
苦手な作業はもう一択で、ボカロへの歌詞の流し込みと調声です。歌部分を作るの、めっっっちゃしんどいし面倒です!従来の自分の制作なら歌詞を書いて仮歌の担当さんに頼んだり、せいぜいガイドメロディを打ち込むぐらいで。
どなたかに歌ってもらうと歌入れって早くて1時間程度で終わるんですが、ボカロに1個1個わざわざトラックを打ち込んでしゃくりやビブラートを指定して…もう気が狂いそうになります(笑)。
特にSVはやりにくいですね。SVは打ち込んだらそのまま人間っぽく歌ってくれるから、いじらなくて良くない?って人もきっと多いと思うんですけど。自分はそこからも調整を加えるので、ある程度完成されたものをいじっていく難しさがあるというか。
──なるほど。人間の歌の仕事が機械に取って代わられる、という話もありますが…元の手法に慣れていれば、逆に面倒だと思う人が居てもおかしくはありません。
さたぱんP:
「これでいっか」って何回も思うんですけど、「いや駄目だ」って。精神力との勝負ですね、いつも。音楽理論ではどうにもならない歌心みたいなものを込めるには、時にトライアンドエラーを繰り返す必要もあって。いざやってみたら想像と違う、なんてことも多いので、それもしんどい作業ではあります。
それでも曲の一番のメイン、最も重要な部分はボーカルだと私は思っていて。もちろん後ろで鳴る楽器にも耳を傾けるんですが、やっぱり曲の“顔”は声なんですよ。アーティストさんもレコーディングの際は当然その曲を何度も何度も練習して、その成果や今までの経験すべてを1時間の録音作業に詰めるわけじゃないですか。
でもボカロの調声打ち込みに練習はなくて、常に本番を長い事やってる感じというか。曲を作るたびにそれをやり続けなきゃいけないし、そこでミスもできないし。自分らしいボーカルを打ち込むのに、やっぱりそれだけ時間はかかりますよね。ボーカリストさんたちと同じぐらい、自分もそこに対する努力をしなきゃいけないな、と。そういう意味では一番しんどいと同時に、一番気が抜けない作業ですね。
──ありがとうございました。最後に、今後の活動の抱負を教えて下さい。
さたぱんP:
敢えて言いますが、一回天下取りたいです。当然数字がすべてではないし、全部の曲がオンリーワンでナンバーワンですけど、自分は「聴かれない音楽に価値はない」世界で育ってきたので。自分の中の「大勢に聴かれたい」欲には正直でいたいです。
曲がめっちゃ再生されて、一躍時の人になる。そういう経験を一度味わいたいですね。
■Information
さたぱんP プレイリスト 詳細はこちら
「The VOCALOID Collection」 公式サイト
無料でボカロ聴くなら「ボカコレ」100万曲以上のボカロが聴ける音楽アプリ! ダウンロードはコチラ
さたぱんP Xアカウント