インターネットは「天皇」のあり方を変えるのか?小林よしのり×本郷和人×大田俊寛
2016年8月8日、「生前退位」の意向を周囲に示していた天皇陛下が、ついにビデオメッセージという形で、その「お気持ち」を国民に直接届けることになった。
ニコニコでは、天皇論でお馴染みの3人を緊急招集。『ゴーマニズム宣言』等の著者であり漫画家の小林よしのり氏、日本史の専門家で東京大学史料編纂所教授の本郷和人氏、宗教学者で埼玉大学非常勤講師の大田俊寛氏らを集め、ニコニコ生放送で”天皇論”への議論に挑んだ。
果たして3人の論客は、ネットでも大きな反響を呼んだ「お気持ち」をどう読み取ったのだろうか?
番組は、「天皇陛下のお気持ち表明を見たか/読んだか」というユーザーアンケートの開票から始まった。
皇室典範は歴史が足りない
堀(MC担当):
アンケートの結果出ました。さすがニコ生ユーザーの皆さんというところですね。
小林:
いやあの、ネットに興味があるというか、強い人達?わし、ちょっとネットには弱い人ですから(笑)そういう人達も74%も見ていると、全文読んでいるってもう、相当すごいですよね、これは。
堀:
何がそうさせたんでしょうね?例えば、今の今上天皇の時代になってからも、社会の受け止め方、天皇というものについてはいろいろ変遷もあったのかなと思うんですが、いかがでしょうかね?
小林:
即位されてからこの28年間、天皇陛下がいろんな活動を公務とかをされてきたわけじゃないですか。で、そういうところでやっぱり震災後の陛下のメッセージとか、あるいは、被災地に行かれている様子とか。あるいは、長崎の雲仙の普賢岳の時もそうでしたよね。あちこち行かれている姿をずっと見てきましたからね、そこで色々共感する感覚ってあるんでしょう。
それで、本郷さんも言われたように、やっぱり80を過ぎてね、終生天皇でね、最後まで働き続けて、だんだん公務が欠けてきて、それで死んでしまえというのは、いくらなんでも常識を超えちゃっているでしょ。常識の範囲内で、みんな「気の毒だな」とか、同情心を催すとかね。それは当たり前ですよ。誰でもそうなってしまうんですね。
堀:
今年の春先の話ですけども、ちょうど福島県を取材して、福島県の相馬の方の仮設住宅に取材に行っていました。とある一家を取材した時に、仮設住宅のリビングのところに、新聞の切り抜きが正面に貼ってありまして、陛下と皇后様がお見舞いに行かれた時のものだったんです。そこに自分たち家族が写っているんですね。ちっちゃい子供から、お父さんお母さんまでそれを本当に励みにしていて。そういう姿を見て、我々も心の中に、普段は気づいていなくても、天皇というものがあるんだなということを、改めて実感しました。
本郷:
僕にとっては大切なので、ああいうそのなんていうかな。言ってみればね。皇室典範とかなんだとかっていうのは、それこそ戦後になって出た話でしょ。要するに日本会議の方が言っていらっしゃる伝統を守りましょうというのはバカじゃないのかと思っているんですよ。それはなぜかというと日本の歴史って何年あるかというと、少なくとも2000年ぐらいあるわけですよ。明治になってから150年しか経ってないんですよ。少なくともその10倍はあるわけですよ。
そこを要するにきちんと勉強しないで、それで伝統がなんとかとか、日本は伝統がある国だから伝統が大好きだからとか言うっていうのはちょっと変ですよ。そうなったときに、ようするに皇室典範をいじるとかいじらないとかいう話や、皇室典範に書いてあるから陛下の言葉がこうだとか、そういう風に、いちいちやっていかなければいけないというのが、そもそもおかしいんじゃないかなあ。たとえば憲法とかなんだとかはもちろん大事なんですけど、感覚的に「非理法権天」という言葉があるんですよ。
注:皇室典範
皇室典範は、日本国憲法第2条及び第5条に基づき、皇位継承及び摂政に関する事項を中心に規律した皇室に関する法律である。皇室典範 第4条には、『天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。』と規定され、また第16条2項に『天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。』とある。
堀:
どういう意味ですか?
本郷:
非理法権天で、理は非に勝つ、法は理に勝つ、権は法に勝つ、天は権に勝つというそういう風になっていて、それが楠木正成の旗印なんですけどね。それを考えると法っていうのは3つめなんですよ。その上に権力とか天があります。天皇陛下って下手したら天でしょ。法なんて天皇よりもだいぶ下なんですよ。それはもちろん今の感覚で言っちゃいけないんですけれども、そういう風に考えていた時代があるわけ。そういう意味で言うと皇室典範をいじらないと考える事のほうが僕はおかしいと思うな。
堀:
確かにどうしても天皇という響きに対して、すぐに終戦直前のある機関の軍国主義の台頭をぱっと想起させてそこから脱することが出来ない。そういったところを超えて長い歴史の中で天皇というものについて考えたいと思うんですが、なかなかそういうことについて学ぶ機会が無い。誰も教えてくれないですし、議論しようとすると天皇について語るのかというとみんなおっかなびっくりになってしまう。
天皇陛下の想いや苦しさがテレビで可視化された
堀:
大田さんはいまの本郷さんの話も含めてどうですか。
大田:
本当に僕はただのだらしない人間でありまして、あんまり普段天皇陛下を尊敬するとか、そういう気持ちも多分無いはずなんですけども、一昨日はやっぱり最初は正直申し上げてテレビの前で寝転がって見ていたんですけども、天皇陛下の言葉を聞いているうちに、やはりこれは背筋を正して見ないと、という気持ちになってですね。夫婦の中で自然とちゃんと座ってみていましたね。
その中で宗教学者として非常に印象に残ったのが象徴という言葉で。象徴というのは何かと言うと、本来見えないものを見えるようにするというのを象徴とかシンボルというものなんですね。例えば、超越的なものなので原理的に見えないとか、あまりにも大きすぎるので見えないとかそういったものをある種フィクションの力によって見えるようにするのが象徴、シンボルっていうことであって。まさに天皇というのは日本という国を見えるようにするシンボルであるわけですよね。そういう意味で天皇というのは近代以前から長い歴史にわたって象徴的な、別に憲法でそう規定されたからというわけではなくて、以前から象徴的な役割を担ってこられたとは思うんですけど。
戦後のテレビ時代、映像メディア時代になってからですね、非常にいままで見えなかったものが見えるということが大きな力を持ってきていて、先ほど被災者に対する訪問とかそういったお話もありましたが、そこの中で現在の天皇陛下がですね、国民に対してどういう日本を見せるかということを人生の中で背負っていらして、そこの中で天皇陛下が考えてらっしゃったことが礼節と思いやりということが、日本のあり方なんだということをずっと考えてらっしゃったのだなということがすごく身にしみたんですね。
堀:
あらためてあのようにお気持ちを伺う機会というのはこれまでも非常に限られていたんですね。しかもあそこまで個人的な思いとして述べられる。初めて聴いたと思います。
大田:
そして同時に思ったのは本来見えないものがテレビやネットなどの映像メディアによって見えるようになったというのは良し悪しという面があってですね、僕が小学校六年生くらいのときだったかと思うんですが昭和天皇が亡くなられて、そのときに何が起こったかというのはおじさんおばさんだったらだいたい記憶があると思うんですが、昭和天皇の病状が今朝は何cc下血されましたとかですね、血圧は上がどれだけで下がどれだけで普段我々は天皇というのは完全に公の存在で私がないというふうに習っているわけですけど、それが映像メディアを介すと私がないというのがどういうことかという恐ろしさも含めて体験したというところがあって。
おそらく現在の天皇陛下の思いとしてあれを繰り返したくないというか、あれは異常な状態でしたのでそういったこういう映像メディアの時代にパブリックを担うということを、どういうことか、もう少し国民はよく考えて、皇族の方にとって無理のないサステイナブルな形で天皇のあり方を考えなおしてくれないかというのが全体的なメッセージだと感じました。
堀:
あの言葉は今上天皇と皇太子さまだけの話だけでなくて今後の天皇という有り様について思いを抱いていらっしゃるんだろうなと。
昭和天皇崩御を乗り越えた『おぼっちゃまくん』
小林:
社会全体が自粛ムードになってしまったということ、そして社会が停滞してしまったということに国民に迷惑をかけたという気持ちまであるわけですよね、天皇陛下には。あのとき下血何ccとかいうやつ?なんだ、これ人体実験か?と思いましたよね。その不気味さが有りますよね。ちょっととんでもない人権無視というか異様さをあのとき感じたんですけども。あのとき完全自粛になった時、翌年にわしの『おぼっちゃまくん』がアニメでスタートする予定だったんですよ、テレビ朝日でさ。これはどうなるんだと、『おぼっちゃまくん』がアニメスタートできるのかなと、この自粛ムードのときにね。
堀:
「貧ぼっちゃま」なんて、振り向いたらお尻見えているわけですからね。
小林:
ともだちんこって言っているわけですから、いきなりテレビでぶっ放していいのかと。わしは心配でね。
堀:
喪に服す期間ですからね。
小林:
で、これは放送できなくなっちゃうんじゃないかと思ってね。
テレビ朝日って結構すごいですね。ここテレビ朝日じゃないからゴマする必要ないんだけど。崩御された一週間後にはじまっちゃった。一週間後におぼっちゃまくんが「ともだちんこー!」って言ってね。わしは怖かったね。これ右翼団体から何から全部駆けつけるんじゃないかなと思って。あの頃わしは天皇とかとくに強い興味を持ってなかったんですよ。
堀:
今回陛下はそういう心配はこれから無用にしようと。提案をしてくださいましたよね。
小林:
『おぼっちゃまくん』を躊躇なく始めてもいいような、そういう社会でもいいじゃないかとおっしゃったんですよ。