「名人戦に勝利できたのは“運”」引退が決定した生ける伝説棋士・加藤一二三が将棋人生を語る
史上最年長記録を更新した、将棋界の生ける伝説・加藤一二三九段(77歳)。ニコニコ生放送では、先日、惜しまれながらも現役引退が決定した加藤一二三九段を、「一二三の日」である1月23日に招き、これまでの将棋に掛けた人生をアナウンサー・吉川精一氏とともに振り返る特別番組が放送された。
1954年に中学生で史上最年少棋士としてプロ入りした後、1958年、高校生にしてA級8段に昇格という偉業を達成し「神武以来の天才」と称された加藤一二三九段。しかし、十五世名人・大山康晴とのタイトル戦、十六世名人・中原誠との名人戦を振り返る中で、彼が口にした言葉はあまりにも意外なものだった。
名人戦で勝てたのは運だった?
加藤:
名人戦について話しますと、昭和48年に中原(誠)名人と戦って、七番勝負、ものの見事に4連敗。その後、中原名人とは1982年の名人戦で戦って、ついに念願の名人を獲得したんですけども。一応やっぱり、名人獲得はハタチの頃から目標だったので。
まあ、とにかく、41歳で名人になった。でも、その中原名人に勝った時の将棋というのは、終局寸前までは9割9分私の負け将棋だったんですよ。そういうこともあるので、私は「人生というものには“運”がある」と思います。
というのも、私は将棋の歴史というものをつぶさに見ていますので、その中で逆転勝ちしてタイトルを獲得した、あるいはタイトルを防衛したっていうのを多く見ています。
具体的に言うと、一つは先程言った私が99%負けていたはずの中原先生との名人戦。それから、渡辺明さんと羽生(善治)さんが永世竜王を掛けて戦った将棋。普通に行けば羽生さんが絶対に永世竜王になっていたのに、簡単な手を指し誤って渡辺明さんが勝ったっていうのが一つ。
もう一つが、昭和43年に第七期十段戦で私が大山(康晴)先生に第六局で逆転勝ち。大山先生が十一手目の詰めを逃して私が逆転勝ちしたんです。
神様からのお恵み
加藤:
だいたいね、時間もいっぱい残ってる大山先生が、わずか十一手目の詰めを逃したんですよ? これは、私から言ったら“幸運”なんですよ。中原先生との時も、私はほとんど勝ちのない勝負を勝てたというのも幸運。
私も、長く名人の獲得を目指して精進してきたし、神様にお願いしてきたこともありました。私は一応、キリスト教の信者なので、「これは神様からのお恵みだ」と思ってます。そう思うほど、だって、どう考えても勝ち目がないのを相手が見送って勝ったわけで。だから、自力で名人になったわけじゃあないんですよ。
もちろん、精進はしたんですよ? 精進はしたんだけども、最後の瞬間は……。本来ならば負けていました。だって、あの局面はアマチュアの三段の人でも絶対に攻略する手を見つけて勝っているようなところでしたよ。それほどわかりやすい手で。
だから、思いますけども、将棋というのは時に運で決まることがありますよ。単純だけども、「勝負というのは厳しいですよ」というのを言いたい。
吉川:
そうですね。でも、先生のお話を伺っておりますと、やはり「精進した者にしか運もお恵みもない」と思えてなりませんね。
加藤:
いや、どう考えても、精進はどうしても必要ですよ? それは流石に絶対だと思うんだけど。
ただ、精進は当たり前のことなんだけど、お願い事が成就するかどうかは、はっきり言って“おまかせ”ですからね。「私はこれだけ精進したんだから、私は名人になって当然!」なんて言えないわけですよ。
吉川:
それは確かに。人生を教えられる思いが致しました。