連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第十七回
2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第十七回です。(本連載記事一覧はこちら)
「超歌舞伎」をご覧頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。
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困難を越えて届けた「九月南座超歌舞伎」リミテッドバージョン
文/松岡亮
2021年9月24日、「九月南座超歌舞伎」の本公演に先立って、リミテッドバージョン(以下、リミテッド公演)がめでたく千穐楽を迎えました。
思えば、『御伽草紙戀姿絵』のお稽古は、東京都内でリミテッド公演の配役で始まりましたが、それはちょうど1か月前の8月24日のことでした。
源朝臣頼光、袴垂保輔の二役を勤める澤村國矢さん、平井保昌役を勤める中村獅一さんは、8月22日まで尾上松也さんの「挑む」の舞台に立たれていたこともあり、そのお疲れも溜まっていたかと思いますが、おふたりとも台詞、動きがほぼ入っている状態でお稽古に臨んでくださいました。
そして8月28日までの5日間、リミテッド公演の配役でお稽古を重ねることで、作品の問題点を洗い出すと同時に、その完成度を高めようという、演出の藤間勘十郎師の思いがありました。
國矢さん・獅一さんならではの『御伽草紙戀姿絵』
例えば今回の南座版『御伽草紙戀姿絵』で新たに加わった第二場の袴垂保輔から源頼光に、そして袴垂保輔となる早替りの演出は、このお稽古から生まれたものでした。
また、第三場の袴垂の最期に関しても、中村獅童さんが袴垂を演じた本公演の演出では、國矢さんの保昌が弟の手を取って合掌させ、落ち入りとなる演出でしたが、リミテッド公演では、國矢さんと獅一さんのニンにあわせて、袴垂が最後の力を振り絞って自ら合掌する様子を、兄の保昌が見守る形で落ち入りとなる演出となりました。
獅童さんの袴垂、國矢さんの保昌と、國矢さんの袴垂、獅一さんの保昌では、それぞれのお芝居や台詞のトーン、つぶ立てる個所も異なるので、こと第三場の後半に関しては本公演とリミテッド公演では、要所要所で細かな差異がありました。
この東京でのお稽古は、リミテッド公演の第三場の後半のお芝居を練り上げることに、もっとも時間をさいたと言っても過言ではありません。
東京でのお稽古を終えて、京都南座でのお稽古が始まる直前に、松竹の定めるガイドラインに則って、中村蝶紫さんが健康観察のため休演となり、茨木婆は市川笑猿さんが代役で勤めることとなりました。
全国的に新型コロナウィルスの感染拡大が続くなかで、初日の幕をあけることの難しさを身に染みて感じましたが、座頭である獅童さんのもと、一座の皆さんが一致団結し、急遽代役をお願いした皆さんの奮闘もあって、無事に9月3日に本公演の初日の幕が開きました。
9月4日の本公演終演後には、リミテッド公演の通し舞台稽古が行われました。この舞台稽古をご覧になった獅童さんから、2年前のリミテッド公演の國矢さんの舞台に大変な感動を覚えたけれど、今回はそれを何倍も上回るものを見たいので、自分がスターという思いで堂々と舞台を勤めて欲しいという激励の言葉が伝えられました。
その上で獅童さんからは具体的な演技のダメ出しもあり、大詰の頼光の花道の出で、どのように足を上げたら衣裳の馬簾(ばれん)が綺麗に揺れるのか、また水破、兵破の矢をどのように扱ったら、客席から格好よく見えるのかという秘伝も伝授されました。
一方の獅一さんも、だんまりや踊りもあり、肚の芝居もある保昌役を、自分のものにするべく、その動きや台詞まわしなど、試行錯誤を繰り返していらっしゃいました。そんな獅一さんに対しても、獅童さんから適宜、温かいアドバイスがありました。
この稽古の折に、蝶紫さんが健康観察期間を終え、9月6日から出演可能になったことがプロデューサーから伝えられ、出演者、スタッフの集う客席から、温かい拍手が沸き起こったことも、今回の忘れられないできごとのひとつです。
獅童さんのエールに応えた舞台
翌9月5日、リミテッド公演の初日を迎えましたが、國矢さん、獅一さんの雄姿を見ようと大勢のお客様が京都南座に詰めかけてくださいました。口上では獅童さんが、國矢さん始めとした出演者の皆さんにエールを送り、初音ミクさんに蝶紫さんの休演と笑猿さんの代役での上演を伝えるのを失念していましたと告げて、客席の笑いを誘いました。
こうしていよいよ本編の幕が開きましたが、お客様の声なき声援とペンライトの光を受けて、これまでの稽古、舞台稽古での課題を見事に乗り越える素晴らしい舞台となりました。
カーテンコールで、國矢さん、獅一さん、笑猿さんを始めとした出演者の皆さんが清々しい、満足げな表情を見せるなか幕が閉まり、打ち出しと終演のアナウンスが流れましたが、拍手は鳴りやまずダブルコールとなり、超歌舞伎ならではの、舞台と客席とが一体感に包まれた、リミテッド公演の初日でした。
9月7日のリミテッド公演には、蝶紫さんが出演し、本来の配役での上演となり、この舞台を見届けたところで、私は東京に戻りました。
そして、次に私がリミテッド公演の舞台を拝見したのは、9月24日の千穐楽でしたが、発端の保昌、茨木婆、袴垂のそれぞれの出(最初の登場の場面)の姿から、初日から何倍も進化した舞台になっていることを実感し、思わず感涙しました。
「ピンチをチャンスに」という言葉ではありませんが、ガイドラインに沿っての獅童さんの休演を受けて、2日間4公演を一座の皆さんがひとつになってこの困難を乗り越えた結果が、リミテッド公演の千穐楽の舞台にあったと確信しています。
2年前のリミテッド公演では、遠慮がちにお客様を煽っていた國矢さんが、獅童さん譲りの煽りを受け継ぎ、カーテンコールを盛り上げる姿を始め、蝶紫さん、獅一さん、その他の歌舞伎俳優の皆さん、アクション担当の皆さん、女流舞踊家の皆さんの満ち足りた表情は、目に焼きついているのと同時に、いまもあの時の舞台を思い起こすだけでも、胸が熱くなります。さらに私たちスタッフも驚いた、獅童さんのサプライズのエールもまた、感動的な光景でした。
國矢さん、蝶紫さん、獅一さんが振り返るリミテッドバージョン
さて、そんな24日の終演後、國矢さん、蝶紫さん、獅一さんのお三方に今回のリミテッド公演を振り返っていただきました。
國矢さんは、がむしゃらに演じて、熱量だけで乗り切った前回のリミテッド公演と違い、今回はいかに自分らしく役を見せるか、役を工夫するかという冷静さをもって、舞台に臨んだと語ってくださいました。
とはいえ、超歌舞伎はやはり熱量も必要なので、冷静さを持ちながら、熱量を持った演技する、そのバランスの取り方の難しさについても言及されました。
獅一さんも國矢さん同様に、『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』の場合は、自分の至らない点を熱量で乗り切ることができたものの、保昌は熱量だけで乗り切れる役ではなく、お稽古の際の勘十郎師からの演技等への指摘について、頭では理解していながらも、いざお芝居をしてみると思った通りに動けず、改めてその難しさを痛感したとのこと。
加えて、前回の青龍、今回の保昌と、國矢さんが本公演で演じている役を、リミテッド公演で演じるプレッシャーについても率直に語ってくださいました。
その上で、今回は保昌をどう演じたらよいのか、常に國矢さんに相談し、教えを受けながら、自分なりの保昌を作り上げることができ、お芝居をする楽しさを再確認することができましたと獅一さんは振り返ってくれました。
この獅一さんのお話を受けて、國矢さんご自身も本公演の保昌役をさらに練り上げるために、日々工夫しながら演じていたことを明かしてくれました。
そして、2016年に5回、2019年に4回と作品を幕張で練り上げてから、南座で上演した『今昔饗宴千本桜』と異なり、4月に幕張で僅か2回上演しただけの『御伽草紙戀姿絵』とでは、作品の完成度も違ったので、本公演、リミテッド公演とも、作品を作り上げていく難しさがありましたとも語ってくれました。
蝶紫さんは開口一番、茨木婆の代役を演じて笑猿さんへの感謝の言葉をまず口にされました。今回の茨木婆は、だんまりや立廻りもあり、本当に自分にできるのだろうかという不安がいつも付きまとっていたものの、演出の勘十郎師、立師の獅一さんの的確な指導もあって、なんとか演じきることができ、自信になったとのこと。
その自信がさらなる演技の工夫へと繋がり、同じ茨木役でも本公演とリミテッド公演では、そのお芝居を変えてみるなど、さまざまに創意工夫したことを語ってくれました。
また第二場の幕切れで、初音ミクさん演じる七綾太夫に台詞を渡す間尺に関しても、絶妙な間合いでミクさんに台詞を渡すことができるようになった喜びについても明かしてくれました。
リミテッド公演の千穐楽の舞台を見届けようと、南座に駆け付けてくださったお客様の熱量と、常にも増したペンライトの光を見て、お三方とも感無量となったことと、客席に負けない熱量を舞台から届けなければという思いから、これまで以上の力を引き出して貰ったと、改めてお客様への感謝の言葉を述べられて、公演後の取材を締めくくってくださいました。
執筆者プロフィール
松岡 亮(まつおか りょう)
松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。
■超歌舞伎連載の記事一覧
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