「宮さん、面白かった。やりますか」——宮崎駿が引退を撤回した経緯をスタジオジブリ・鈴木敏夫が語る
株式会社スタジオジブリ代表取締役プロデューサー・鈴木敏夫氏の初の展覧会「スタジオジブリ 鈴木敏夫 言葉の魔法展」の開催を記念し、会場である広島県熊野町の「筆の里工房」で、鈴木氏にゆかりのある人達が選んだ鈴木氏の過去の発言を「魔法の言葉」と題して紹介する特別トークショーが開かれました。
トークショーでは映画『崖の上のポニョ』の主題歌を歌った藤巻直哉氏が司会を務め、鈴木さんとも親交のある株式会社クラフター取締役の石井朋彦氏、カドカワ株式会社代表取締役の川上量生氏が弟子として登場し、過去の発言を紹介する中で、宮崎駿氏の引退撤回の経緯が鈴木氏から語られました。
さらに鈴木氏は、引退を撤回した宮崎氏へ庵野秀明氏が伝えた言葉も紹介します。宮崎氏が「チクショー!」と言った庵野氏の言葉とはどんなものだったのでしょうか。
「大きな決断は、相手に言わせろ」
藤巻:
「大きな決断は、相手に言わせろ」自分で言うな、ということですよね。これは、石井さん……?
石井:
川上さんも指摘されていましたね。鈴木さんは打合せをはじめるまえに、大きな結論は見えている。ただ、ああしよう、こうしようと自分が言うと決まらないから、ずーっと相手の話を聞いて、最後に皆が決めた空気を作り、チームの士気を高めるんです。
川上:
鈴木さんの決断をしなくてはいけないミーティングって、終わりの時間がないんですよね。たとえば夜の10時くらいからはじまったら、それが11時になっても12時になってもずっと終わらないんですよね(笑)。1時になっても終わらなくて……その間に鈴木さんはどこかに行っちゃったりするんですよね。
石井:
トイレに行って帰ってこなかったりしますよね。
川上:
すると、参加者は最終的には「何を言ったら帰れるんだろう」ということを考え始めて……(笑)。気がついたら鈴木さんの持っていた結論を自分から言わされてしまう。そういうパターンですよね?
石井:
これは鈴木さんとしては自覚的なのでしょうか。
鈴木:
初めて知りましたね(笑)。
藤巻:
俺が思うには、鈴木さんは自分が持って行きたい結論はもう決めているんですよ。それをみんなに言わせて……全然違うことを言っていた人間もなんとなく自分の思っている方向へ行かせる。
でも、みんな発言をしているんで、総意でこういうふうに決めたんだ、というふうに鈴木さんは持って行っている、そういうことを「大きな決断は、相手に言わせろ」という言葉は言いたいんじゃないかと思います。
鈴木:
ここで見ていると、笑っている人が結構多いんですけどね、僕がまるで悪い人みたいですよね(笑)。これは誤解です。僕はそんな悪いことはしません。僕は本当にいい意見が出るまで待つ、これが僕の基本的な姿勢なんで。
藤巻:
川上さんはどう思われますか。
川上:
半々な気はしますよね。結論が決まっている時もあるんですけど、本当にいい意見が出るまで、ただひたすら時が過ぎていく……。
石井:
偉い人だろうが、新人の女の子だろうが、変わらないですよね。そこにいい意見がでたら「そう、それ!」って言いますものね。
藤巻:
でかい声だすよね(笑)。それは多分鈴木さんの中に迷いがあるときだと思う。結論を決めているときには、鈴木さんは誰が発言していても聞いてないもの(笑)。
鈴木:
聞いていますよ(笑)。
川上:
でも、そのおかげでみんなが当事者になると思うんですよね。鈴木さんが決めちゃったらその指示を受けて従うだけの人になってしまうんですけど、この場合は自分から考えて言わなきゃいけないんで、自分のことにならざるを得ないですよね。
藤巻:
自分ごとにするというのは確かに重要なんですよ。
宮崎駿の心を動かした魔法の言葉
石井:
実は「スタジオジブリ 鈴木敏夫 言葉の魔法展」にあたって、ジブリの関係者が、鈴木さんにもらった「魔法の言葉」を鈴木さんにプレゼントしたんです。宮崎駿監督も一番に書いて下さって、これは初公開ですね。
藤巻:
「やりますか」とありますが、これはどういう場面で言われたんですか。
鈴木:
これは最近なんですよ。宮崎駿という人は、かれこれ40年付き合って毎日のように喋っているんですけれど、昔の話ってほとんど覚えてないんです。
それでこれは何かと言うと、ご承知のように宮崎駿は引退宣言をして、それを撤回。それで作品を作りたいって言っている。彼はむちゃくちゃな人なんですけれど、作品に対しては非常に真摯で真面目な人です。
昨年のちょうど今頃でした。自分のやりたいものがあると僕に宣言してくれたんです。何かな? と思っていたら、「とにかく絵コンテを描いてみる」と。「20分のストーリーができたところで鈴木さんに見せる。鈴木さんがいいって言うならやらせてください。だめって言うなら引退宣言のまま引っ込みます」と言ってきた。
そして約4カ月経って20分のストーリーを描いたんです。「鈴木さん、遠慮しないで面白くなかったら率直に言ってほしい。鈴木さんがいいって言うならやるし、だめって言うならやらないし」と言ってきました。
鈴木:
ストーリーの内容は言えないのですが、素直に僕は驚きました。彼は当時75歳でした。いろいろな映画監督は「年を取ってもやりたい」という気持ちはあるけれど、実際は「いいものができない」ということが、ものすごく怖いんです。いろいろな映画監督たちが年を取って作った作品は失敗作が多いんです。だから僕は彼にその二の轍を踏んでほしくないと思いながら、一方で絵コンテを真面目に読んだ。
そしてこれが面白かったんです。それを伝えに宮崎駿のところに行くと、そわそわしているんです。普段そんなことを言わないのに、そういう時に限って「鈴木さん、コーヒー飲む?」とか聞くんですよ(笑)。コーヒーを沸かしちゃったりしてね。なんか落ち着かない感じだと思っていたら、「砂糖いる?」って(笑)。
彼がおもむろに僕の方を見ないで下を向いていたので、僕が「宮さん、面白かった。やりますか」と言ったのが、巻物に書かれているこの一言です。
藤巻:
かっこいいですね。そこでの一言だったんですね。