『ゴブリンスレイヤー』作者 蝸牛くもインタビュー。なぜゴブリン退治のみに人生を賭ける主人公が生まれたのか──『ゴブスレ』は「迷惑なTRPGプレイヤーが更生する話」
『ゴブリンスレイヤー』はその名の通り、ゴブリンを殺す者の物語だ。
『ゴブリンスレイヤー』が登場するまで、ゴブリンは多くの作品でやられ役(雑魚敵)として登場することが多く、ときには主人公たちに友好的な種族として扱われることすらあった。
しかし本作では、群れをなすことで人間たちを恐怖に陥れる狡猾かつ凶悪な敵として描かれる。そして、主人公はそのゴブリン退治に人生を懸けている。
RPGで例えると、魔王を倒す旅に出るわけでもなく、最初の村付近の草むらで戦闘をし続けているようなものだ。そんな地味な主人公で、物語が成立するのでろうか……?
本作は当初、ネット上の掲示板にアスキーアートで描かれたWeb作品としてスタートし、2016年にライトノベルとして出版され大ヒット。既に16巻まで刊行されている。2018年にはTVアニメ、2020年にはOVAとして製作された『ゴブリンスレイヤー-GOBLIN’S CROWN-』が劇場公開も果たし、現在はTVアニメ2期の放送がスタートしようとしている。
外伝作品としても駆け出しのころのゴブリンスレイヤーを描いた『イヤーワン』と、死の迷宮に挑む冒険者たちを扱った『鍔鳴の太刀《ダイ・カタナ》』が展開され、『ゴブリンスレイヤー』の世界は広がるばかりだ。
ライトノベルのファンタジー作品に革新をもたらした作家、蝸牛くもとは果たしてどのような人物なのか。なぜ、これだけ多数の作品を次々と生み出せるのか。ニコニコニュースオリジナルがその実像に迫った。
●『ゴブリンスレイヤー』特設サイト
●TVアニメ「ゴブリンスレイヤー」公式サイト
●『ゴブリンスレイヤー』公式X(Twitter)
蝸牛くも経歴
作家。2016年に『ゴブリンスレイヤー』でデビューし、大きな注目を浴びる。映画、時代劇、ゲームブック、テーブルトークRPGなど多くのジャンルに精通しており、自身の作品内にもネタとして織り込むことが多い。別作品として『天下一蹴 氏真無用剣』『ブレイド&バスタード』『モスクワ2160』など。
なぜ、ゴブリンを殺す物語を書こうと思ったのか
──従来、ファンタジー小説の主人公と言えばドラゴンのような強大な敵と戦うのがお約束でした。くも先生は、なぜゴブリンを殺すキャラクターを主人公にしようと思ったのですか?
蝸牛くも:
最初は本当に「ドラゴンスレイヤーがいるならゴブリンスレイヤーみたいなのもいるよね」って雑談からスタートしたので、そこまで深い考えは無かったのが正直なところです。
自分は、スーパーマンよりバットマンやスパイダーマン、『暴れん坊将軍』よりは『剣客商売』の方が好きなんです。世界の命運にそれほど関係無くて、小さい冒険をバンバンやっているキャラクターをファンタジー世界で考えたら、それはゴブリン退治になるんですよ。
──世界を救う戦いよりも、もっと身近な。それこそ日常生活のすぐそばにあるような戦いを描きたかったと。
蝸牛くも:
ええ。『バットマン』のゴッサム・シティにいるチンピラをゴブリンに置き換えた感じでしょうか。
──時代劇や映画、そのほかに何か影響を受けたものってあるんでしょうか?
蝸牛くも:
アメリカンコミック、あとはハードボイルド小説ですね。色々な作品の影響を受けてああいう作品になりました。
──影響を受けたジャンルによるのかもしれませんが、『ゴブスレ』が発売された当時の他のライトノベル作品と比べると、かなり描写が尖っていた印象があります。
蝸牛くも:
よくそう言われるんですけど、自分は『吸血鬼ハンターD』【※1】や『ウルフガイ』【※2】、『デビル17』【※3】のようなバイオレンス描写がある作品を読んでいたので、これくらい普通じゃないかと感じていたんですよ。
※1……菊地秀行氏による小説。”貴族”と称し人類を支配する吸血鬼たちを狩る黒衣の美青年”D”の、連綿と続く孤独な激闘の旅が描かれる。1983年に刊行が開始され高い人気を獲得し、2022年には53巻が発売されるほどのロングセラー作品としても知られている。吸血鬼の伝承にゴシックホラー、ウエスタン、SF、ファンタジー、剣劇アクションなど複数の要素を結合した独自の世界観は多くの後継作品に強い影響を与えた。
※2……獣人伝承を題材としたSF作品。主人公の人狼・犬神明とその力を狙う諜報組織が繰り広げる凄絶な死闘が描かれる。、原作は平井和正氏、作画を坂口尚氏が担当する漫画として登場したが、続編は平井氏の手による小説としてシリーズ化された。
※3……豪屋大介(佐藤大輔)氏によるライトノベル。修学旅行の際にテロに巻き込まれ、同級生を殺された平凡な高校生・黒江徹(くろえとおる)は突如として超人的な力に目覚め、テロリストを返り討ちにしたのだった。6巻まで刊行されたが著者の逝去により未完となっている。
──確かに言われてみると、陰惨な描写のある作品はすでに存在していますね。
『ゴブリンスレイヤー』が世に出るまで
──ところで、現在『ゴブスレ』はGA文庫から発売されていますが、紆余曲折あったと小耳に挟んでおります。
蝸牛くも:
最初に『ゴブスレ』を送ったのは富士見書房の「ファンタジア大賞」だったんですが、三次選考で落選してしまったんです。でも初めて書ききれた長編小説がそこまでいけるなら、ワンチャンあるんじゃないかと思いまして。
──それで書いたのが『天下一蹴 今川氏真無用剣』。
蝸牛くも:
実はその前に一本書いてるんですが賞に落ちてしまって、三番目に書いたのが『天下一蹴 今川氏真無用剣』(以下、氏真)なんです。
──時代劇がベースの作品ですが、なぜ主人公を今川氏真にしたのでしょうか?
蝸牛くも:
最近の流行は、主人公は世間からはボンクラ扱いされてるけど、実はすごい奴で派手に活躍する話じゃないかなと思ったんです。それから可愛いヒロインとイチャイチャさせて敵をばったばったとなぎ倒す……それなら今川氏真でいいじゃないかと。
ただ、富士見さんの〆切に間に合わなかったのと、文量が規定をオーバーしていたので投稿できなかったんです。それでライトノベルの新人賞一覧が書かれたサイトを見たら、たまたまGA文庫が期間も量もぴったりだったので、じゃあここでいいやと(笑)。それ以上は深く考えてませんでした(笑)。
──運命ですね。
蝸牛くも:
実のところ、当時GA文庫の作品は榊一郎先生の『神曲奏界ポリフォニカ』くらいしか読んでいませんでした。あとは『這いよれ!ニャル子さん』には注目していましたがそれくらいかな?
『マップス』のアンソロジー『マップス・シェアードワールド』も読んでますけど、本当にその程度で、たまたま投稿できそうだから送っただけなんです。
──(編集さんに向けて)実際に『氏真』を読んだときはどう感じましたか?
担当編集:
これは時代劇だよなと(笑)。時代劇の構文で書かれていたので「なんでうちに送ってくるかな~」と思いながら読んだのですが……面白くて困りました。面白いから残すけど、どうしよう……と(苦笑)。
そこでとりあえず応募履歴を確認したら、冨士見ファンタジアの賞に『ゴブリンスレイヤー』という作品で落ちましたと書かれていたんです。
──そこで『ゴブリンスレイヤー』を初めて知ったわけですね。
担当編集:
そうですね。検索をかけたらアスキーアートのまとめスレが出てきたんですが、ハッシュタグに「kumo」とあったので同一人物だろうと。実際に読んでみたら大変面白かったので、「原稿を読ませてほしい」と連絡させていただいたという流れです。
──実際に『ゴブスレ』を読まれていかがでしたか?
担当編集:
面白かったですね! 編集長にも『氏真』を読んでもらっていたので、「くもさんの『ゴブリンスレイヤー』を読んでみたら面白かったので本にして出しますね」と確認したら、二つ返事で「いいよー」と。
本来、GA文庫では新人賞を受賞するか、プロット会議を通さないと出版にGOを出さないルールなんですよ。くも先生はルール外にいる謎の男です(笑)。
アニメ化は早期に決まった
──そうして1巻が発売されたわけですが、ものすごい初動でした。最近だと勢いのある作品はアニメ化されることが多いのですが、最初にアニメの話が出たのはいつ頃だったんでしょうか?
蝸牛くも:
自分が聞いたのは3巻を出すか出さないかのタイミングですね。急に呼び出されて、ご飯食べながら「アニメ化決まりましたよ」っていきなり言われたんです(笑)。
担当編集:
じつは1巻の発売後にはいろいろな会社から「アニメ化したい」と連絡がありました。決まったのは2巻が出た後になりますね。
蝸牛くも:
アニメ化もそうだったんですが、コミカライズの話はびっくりしました。1巻を出すのが決まった直後にコミカライズが決まったと電話がかかってきたんです。
──展開が早すぎませんか?
担当編集:
『ゴブリンスレイヤー』という作品が出るよと告知したら、すぐに「ビッグガンガン」さんから「WEB版のゴブスレを読みましたが、面白いからこれをコミカライズしたい。小説がまだ出ていないので原稿を貸してください」と連絡があったんです。
蝸牛くも:
この時期はそんな話が続いて、驚いてばかりいました。それと、アニメの話が来たときに、エピソードを突っ込めるかもしれないから短編集を書いてくれと話をいただいて書き上げたのが、4巻になります。実はアニメの話が来た時点で本来の4巻は書き上がっていたんですが、それは5巻として出しました。
4巻はその後『ブランニュー・デイ』としてコミカライズもして頂きましたね。──テレビアニメ1期5話の『冒険と日常と』にエピソードが使われています。ちょっとストーリーを組み替えたら入りそうだったんで使ってもらいました。
担当編集:
脚本の倉田(英之)先生とくも先生はいつも海外の映画の話で盛り上がっちゃうんですよ(笑)。それで適当なところで「そろそろ軌道修正して仕事を続けましょうか」って切り上げていただいてます(笑)。
蝸牛くも:
確か初対面のときに「『ウォッチメン』【※4】では誰が好きですか? ロールシャッハ【※5】ですよね?」って話から始まったんですよ(笑)。ゴブスレさんはロールシャッハだよね? って言われて、「うん」と(笑)。
※4……DCコミックスより出版されたアラン・ムーア原作のアメリカンコミック。2009年に映画化された。もしアメリカ社会にスーパーヒーローが実在していたらどうなるのかを想定した歴史改変SFであり、高尚なテーマを持ちながら暗く暴力的な雰囲気漂う傑作として知られている。
※5……レンチコートとソフト帽、気味の悪いマスクを着用したヒーロー。超能力を持たない凡人だが、自身の正義に決して妥協しない精神的な超人。法によってヒーロー活動を禁じられながらも非合法な自警活動を続けている。
──ゴブスレさんがロールシャッハと言うのは分かる気がします。
蝸牛くも:
ロールシャッハだけじゃなくて、バットマンやグリーンアロー、パニッシャーも入ってますね。でもロールシャッハの影響は大きいですね。格好良くて、可哀想で、ヤバいやつなので(笑)。
──1期は大好評のうちに終了しましたが、2期はすぐに話が出たのでしょうか?
担当編集:
いえ、先に劇場で公開した『ゴブリンスレイヤー -GOBLIN’S CROWN-』の話が進んでいました。2期の話が出たのは1期の2年後くらいですかね。
蝸牛くも:
そうですね。けっこう時間が空きました。
担当編集:
ちょうど執筆が一段落したときに「美味しい肉でも食べに行きましょうか」とおびき寄せて話をしたんですよ(笑)。
蝸牛くも:
正直、TVアニメになって劇場公開もされるのはひとつの成功じゃないですか。そこまで行かない作品の方がずっと多いので。だからもうアニメとしてのお話は奇麗に終わってもいいよねと思って、劇場版のソフトの特典に、アニメのフィナーレのつもりの短編小説を書いたんです。
アニメはもうこれで終わったからあとは頑張って小説を書こうと考えていたところに、2期のお話をいただけたのはありがたかったです。
──WEB作品からライトノベル、コミカライズ、TVアニメに劇場公開と、ものすごいサクセスストーリーを歩んでおられますよね。
蝸牛くも:
自分が好きなものを好きなように書いているというスタンス自体は、最初からずっと変わっていません。「よろしくお願いします」と原稿をお渡した時点で自分の中では完結していて、そのあとに「すごく売れました!」と言われても、「おーすげーなー」としか思えない。
好きなようにやらせてもらったものを、ちゃんとした形にして世に出していただけて、いろんな人が面白いと言って下さるのはすごくありがたくて嬉しいことです。でもそれで、自分が何か変わったとは感じていないんです。
『ゴブスレ』は「迷惑なTRPGプレイヤーが更生する話」?
──『ゴブスレ』は海外展開も行われていますが手ごたえの方はいかがでしょうか?
担当編集:
コミックも含めて、ドイツやフランス、アメリカ、アジア圏など各地で大人気です。
蝸牛くも:
海外に行ったときに向こうの出版社の方とお話したんですけど、あちらは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』【※6】などのファンタジーの本場じゃないですか。でも最近あまり重いファンタジー作品が無かったところに『ゴブスレ』が来たのでみんなに喜んでもらえたようです。まあ、リップサービスもあると思いますけど(笑)。
こちらとしては、『ソーサリー』【※7】などのゲームブックやTRPGが好きだから『ゴブスレ』を書いているので、ちゃんと伝わったのがうれしかったですね。
※6……1974年に制作・販売された世界最古のファンタジー・テーブルトークRPG。度重なるルールの改定を経て継続した展開が行われており、現在は第5版がウィザーズ・オブ・ザ・コースト社から発売されている。日本でも1980年代後半に紹介され熱烈な愛好者を獲得し、今なお遊んでいるプレイヤーも数多く存在している。
※7……スティーブ・ジャクソン作のゲームブック。『魔法使いの丘』『城砦都市カーレ』『七匹の大蛇』『王たちの冠』 の四部作からなる(東京創元社版)。1980年代に流行し、2000年代には創土社から新約版が刊行された。後述する『ファイティング・ファンタジー』シリーズの一部でもある。
──『ゴブスレ』の登場以前、日本でのゴブリンはやられ役のイメージでした。海外ではどうなんでしょう?
蝸牛くも:
海外でのイメージはよくわからないんですけど、『D&D』でゴブリンはLV1の冒険者と同じくらいの強さです。『ゴブスレ』の1巻で新人冒険者が全滅したとき、「ゴブリン強すぎるだろ」と言われたんですけど、同じくらいの強さだからこのくらいの事はあるだろうと考えました。
このシーンでは新人冒険者がダメすぎるだろうとも言われましたけど、中世の農村育ちだしこんなもんかなという感覚でやっています。
──事前に攻略サイトを見れるわけじゃありませんからね。技術を身に付ける場所も無い。
蝸牛くも:
技術も無いし知識も無い。自分は『ゴブスレ』を「迷惑なTRPGプレイヤーが更生する話」として書いているんですけど、TRPGを知らない読者の方からはクレバーな戦い方をするかっこいい冒険者に見えるらしいんです。
同じような戦い方を他のキャラクターがしないのはおかしいと考えている人もいるようで、このギャップは意識していなかったんですよね。一巻のころからたびたび、「この冒険者の真似をしないでください」とは言ってますから。
──姉を目の前で殺され、狂った青年が立ち直る物語だと思っていました。
蝸牛くも:
それもよく言ってますね(笑)。以前、台湾の方から「『ゴブスレ』は暗闇に差す一筋の光のようだ」と仰っていただけたんです。実際にそういう話を書いていたんですけど、自分では言語化できなかった部分を表現してもらえた感じですね。
──最近は作中で四方世界のあちこちを回っていますが、何か理由が?
蝸牛くも:
TRPG版を出させていただいたので、「四方世界にはこういう場所があるよ」と描写したいと思っています。砂漠に行ったらでっかい生き物が出てくるし、雪山に行ったら寒いし登山も大変です。ゴブリン退治だけが冒険ではないので、いろいろ描写して行きたいですね。
世代を超えた造詣の深さ
──ところで、くも先生って今お幾つなんですか?
蝸牛くも:
30代前半ですね。
──正直、『ゴブスレ』を読んでいると、くも先生は自分(40代)と同世代じゃないかと思えてきます。例えば、14巻の元ネタって、『コナン・ザ・グレート』【※8】ですよね? あの時代の作品をガッツリ見てる30代前半って、あまりいないと思いますよ。
※8……ロバート・E・ハワードの小説『英雄コナン』シリーズを原作とする1982年のファンタジー映画。主人公・コナンが両親の仇を討つ冒険譚が描かれる。主演を務めたアーノルド・シュワルツェネッガーの出世作であり、1984年には続編も製作された。
蝸牛くも:
前に朱鷺田祐介先生【※9】と森瀬繚先生【※10】の『クトゥルフ神話』イベントに呼ばれたときに「若手のライトノベル作家で『コナン・ザ・グレート』の話ができる人間の心当たりが、君しかいなかった」と言われました(笑)。
最初はシュワルツェネッガー主演の映画から入って、中学か高校のときに創元文庫版の小説を古本屋巡って集めたんですよ。それから新訂版が出版されたので大喜びで買って、さらに電子版も出たので大っぴらに人に勧められるようになったんです。今は新紀元社さんから愛蔵版が発売されてますので興味がある方は読んでみてください。
※9……日本のTRPGデザイナー、ライター。現在はスザク・ゲームズ代表を務める。『真・女神転生TRPG』シリーズなど数々のTRPGをデザインしている。『マジック:ザ・ギャザリング』や『シャドウラン』など海外ゲームの翻訳や紹介も手掛ける。
※10……小説や脚本、翻訳など幅広く手掛ける文筆家。クトゥルフ神話の造詣が極めて深く、多数の訳書・著書を執筆している。
──『コナン・ザ・グレート』だけじゃなく、『ゴブスレ』は様々な作品の細かいネタが大量に使われてますよね。
蝸牛くも:
分かってもらえると楽しいですね。元ネタwikiが欲しいと言ってる方もチラホラいます。
──ネタが多すぎて無理なのでは?
担当編集:
自分も全部は分かりません。Twitter(現X)で元ネタに言及してくださるツイート(ポスト)を見て、「あれって元ネタあったんだ」と思うこともよくあります。
蝸牛くも:
色々詰め込んでますからね。
担当編集:
『THE ビッグオー』【※11】のネタが出てきて、何か裏があるのかと先生に聞いたら「なにもありません。好きなだけです」と返ってきました(笑)。
※11……1999年から2000年にかけて放送されたスチームパンク・ロボットアニメ。記憶を失った街「パラダイム・シティ」でネゴシエイターとして働く男、ロジャー・スミスと、彼が乗り込む巨大ロボット、ビッグオーの活躍を描く。
蝸牛くも:
昔の人は格好良くシェイクスピアや神話のネタを引用してますけど、今はそういうったネタを知っている人は少ないじゃないですか。じゃあ我々の世代が何を引用すればいいかとなると、ちょっと前の名作アニメだったり漫画だったりゲームになるのかなと。
担当編集:
いま話題の作品ばかりではなくて、ちょっと前の世代じゃないとわからないネタまで網羅しているので全部理解するのは難しいと思います。
蝸牛くも:
古い作品自体が好きなのはあるんですけど、懐古趣味に走らないようにちょっと自重してます。逆に最近の流行りもチェックしておきたいので、面白そうな作品は出来るだけ見るようにしています。
最近は電子書籍のおかげで入手も楽になって、合間合間や寝る前に簡単に読めるようになったのがありがたいです。それに昔の本を探すときも中学高校のころは古本屋を回らなければいけなかったのが、今は通販で手に入りますからね。
いまは古本屋さんたちがネットワークを作っていて、Amazonにも無いような昔の絶版小説を手に入れられるようになってるんです。面白い作品の紹介もしてくれるので、それで調べて興味があったら買っています。アニメも配信されている作品が多いので、今の作品も昔の作品も簡単に見れますしね。
『ダイ・カタナ』は様々な『ウィザードリィ』を詰め込んだ
──ところで、自分は『ゴブスレ』で一番好きなのが『ダイ・カタナ』なんですよ。『ウィザードリィ』が大好きなので。
蝸牛くも:
ありがとうございます。『ダイ・カタナ』はほぼ『ウィザードリィ』の二次創作みたいなものなので、いつか怒られるかもしれないなーと思いながら書いてます(笑)。
──読んでいて感じたんですが、『隣り合わせの灰と青春』【※12】の要素が入ってませんか?
※12……1988年にベニー松山氏が『ウィザードリィ』を題材として描いた小説。魔術師ワードナを倒すため、地下迷宮に乗り込む冒険者たちの人間模様と死闘が描かれた。まだゲームを小説化する概念が無かった時代に登場し、後世のゲームノベライズに大きな影響を与えた先駆者。
蝸牛くも:
『隣り合わせの灰と青春』はかなり好きですね。自分がライトノベルに触れ始めたころには既に伝説的な存在でしたが、実際に読んでみたらやっぱり面白かったですね。
──日本産ファンタジー小説の草分け的存在ですからね。『風よ。龍に届いているか』【※13】は?
※13……『ウィザードリィ』、ファミコン版2にあたるシナリオ『リルガミンの遺産』を題材にした小説。ベニー松山氏の手による原典を超えた壮大かつ緻密なストーリーは名著と呼ぶに相応しい存在。
蝸牛くも:
あれはわりと後になってから読みました。あと、これはたぶん話したことが無いんですけど、OVA版の『ウィザードリィ』と、ログアウト冒険文庫で発売された『リルガミン冒険奇譚』の方が割合としては多いかもしれません。とにかくいろいろな作品を詰め込んでます。
──なるほど。ところで、『ダイ・カタナ』に剣の乙女の前身を入れたのは、何か明確な理由はあるんでしょうか?
蝸牛くも:
それは『ゴブスレ』の前日譚をやろうと考えたときに「『ゴブスレ』が『ロードス島戦記』だとしたら、『ロードス島伝説』をやらないといけないよな」と思い当たったからです。
ちょうど本編で「死の迷宮」を書いているころに「剣の乙女さんはこのパーティにいたんじゃないか?」とイメージが固まったので、『ダイ・カタナ』に出すことにしました。
──剣の乙女はすごい人気ありますよね。
蝸牛くも:
自分としてはあんなに人気が出るとは思っていませんでした。神奈月昇先生のデザインのおかげですね。
ゲームブックとの関わり
──くも先生はゲームブックもかなりお詳しいそうですが、『ダイ・カタナ』には、『ソーサリー』の「城砦都市カーレ」の要素が入ってませんか?
蝸牛くも:
雰囲気やノリをちょこっと入れましたね。
──やはりそうでしたか。『ソーサリー』はかなりお好きだと聞いています。
蝸牛くも:
『ソーサリー』のおかげで人生変わりました。出会ってなければ作家にならなかったかもしれません。
ちょうど小学生の時に学校で古本市があって、そこの棚か段ボールの中かは忘れましたが、とにかく『ソーサリー』の1,3,4巻があったんです。表紙は『ドラクエ』とはまったく違う雰囲気で、読んでみても今まで知ってるファンタジーとは全然違っていて興味を引かれたので全部買いました。
──2巻の『城砦都市カーレ』は無かったんですね。
蝸牛くも:
その後、あちこちで探し回ってもどこにもなくて。長いことカーレには行けなかったので憧れの街でしたね(笑)。
──時期的に、もう本屋どころか古本屋ですら扱ってなかったでしょうね。
蝸牛くも:
そのころ置いてあったゲームブックは、『エニックス』(現:スクウェア・エニックス)の文庫で出ていました。今でも『ドラクエⅡ』だけ取ってありますけど、あれも面白かった。
──私も青い奴は何十冊か買いましたね。今は高騰しているので取っておけばよかったと今ごろ思ってます(笑)。
蝸牛くも:
『ファイティング・ファンタジー』【※14】というシリーズがあるんですが、これはコレクターの方が手放した全巻セットを見つけて、思わずガッツポーズしました(笑)。今は中々手に入らないですからね。最近復刻されましたけど。
※14……スティーブ・ジャクソンとイアン・リビングストンにより創始されたゲームブックのシリーズ。『火吹き山の魔法使い』に始まり『Curse of the Mummy』(日本未訳、1995年)に終わる59冊のシリーズと、ジャクソンによる『ソーサリー』4部作より成る。
担当編集:
実は弊社で『ゴブリンスレイヤーTRPG』を企画した者が『ファイティング・ファンタジー』の復刻を担当させていただきました。
蝸牛くも:
興味のある方はぜひ買ってください(笑)。そして『ロボットコマンドゥ』や『フリーウェイの戦士』『サイボーグを倒せ』あたりまで復刻できるようにしてください(笑)。
ゲームブックが復刻する話になっても、大抵は『火吹き山の魔法使い』や『バルサスの要塞』あたりくらいで、『死のワナの地下迷宮』の名前が出るか出ないかなんですよ。その先に面白い作品がいっぱいあるのに。スクエニさんも『ドラゴンクエスト』のゲームブック出してくれないかなと思ってるんですけど(笑)。
──昔はものすごい数が出てましたからね。
蝸牛くも:
ゼロ年代に創土社さんからちらほらゲームブックが発売されていて、『魔人竜生誕』【※15】とか面白かったんですけど、その後はなかなか続かないですね。
自分は書くのに限らず物語を作るのが好きなので、ゲームブックもやりたいんです。でもフローチャートを作るのが難しいんですよ。同人として出すのであれば自分の中のハードルを超えられるんですけど、商品として世の中にお出しできるものをつくれるかとなると無理なので。なかなか手が出せません。
※15……創土社から第1回ゲームノベルコンテスト大賞受賞作として刊行された。死の淵から蘇り超人となった青年が、人類に害をなさんとする怪物と激しい戦いを繰り広げる。
TRPGとの関わり
──くも先生はTRPGがお好きと聞いて、今日はこんなものも持ってきています(『RPGドラゴン』を見せる)。
蝸牛くも:
おおー、『RPGドラゴン』【※16】! しかも『シャドウラン』【※17】が表紙じゃないですか。これは好きですね~。『シャドウラン』は古本屋で冨士見版のリプレイを見つけて、「いやーこれすげえかっこいいな」と思ったのがきっかけでハマりました。
リプレイも全部集めて小説版も買って、コミックスも集めたんですけど、長いことやる機会も無かったんですよ。
※16……富士見書房が1995年から1997年にかけて出版したTRPG専門誌。全13号。『シャドウラン』『メックウォリアー(バトルテック)』『ソード・ワールド1.0(ケイオスランド)』など多くの作品のリプレイや小説が掲載されていた。
※17……アメリカ発のTRPGシステム。サイバーパンクとファンタジーを融合した世界観を持ち、高額の報酬と引き換えに非合法活動に従事する「シャドウランナー」たちの活動が描かれる。
──現状、執筆作業やアニメの監修など非常にお忙しいと思うのですが、TRPGはプレイされてますか?
蝸牛くも:
キャンペーン(継続して行うセッション)いくつ抱えてるんだろう(笑)。この前『エンゼルギア 天使大戦TRPG』【※18】が終わったんですよね。あとは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』が2つで、『ゴブリンスレイヤーTRPG』も遊んでるから5~6個くらいかな?
※18……超大国“合衆国”の生物兵器“天使”に唯一対抗できる“シュネルギア”のパイロットである子どもたちと周囲の人々の人間ドラマを取り扱う、戦場ロマンTRPG。
担当編集:
社会人としては多すぎでは? もっと執筆に専念されては!?(悲鳴に似た声)
蝸牛くも:
これでも減らしたんですよ。前は『ゲヘナ』【※19】や『ダブルクロス』【※20】も遊んでいたので、8個くらい抱えていました。
※19……都市ごと煉獄(ゲヘナ)に落ちた世界、ジャハンナムを舞台に、常人離れした知力体力を持つ「享受者」と呼ばれる超人と化したプレイヤーキャラクターたちが地上を目指して冒険するTRPG。アラビアンな雰囲気を持つのが特徴。
※20……「レネゲイドウィルス」と呼ばれるウイルスに感染し、超人となった少年少女たち「オーヴァード」が日常を守るために繰り広げる戦いの日々を体験するTRPG。
──時間の捻出方法をぜひ知りたいです。
蝸牛くも:
ゲームの合間合間に小説書いてるんですよ。でも気が付くと小説の方は一文字くらいしか進んでなかったりするんですが(笑)。
ビデオゲームも嗜む
──オンラインセッションだと並行していろいろできますからね。自分もセッション中に別PCでゲームしてることがあります(笑)。くも先生はTRPG以外に何かゲームはプレイされたりは?
蝸牛くも:
steamの『Katana ZERO』、『Papers, Please』、『RUINER』 『Squad 51 vs. the Flying Saucers』【※21】というゲームにハマりました。どれもサイバーパンクとディストピアの世界観を持つ作品です。
※21……レシプロ戦闘機を操縦し、宇宙から飛来したエイリアンやUFOと戦う横スクロール型シューティングゲーム。サウンドやビジュアルは1950年代SF映画風となっている。天井からワイヤーで吊るされたようなUFOの動きは一見の価値あり。
担当編集:
steamのインディーズゲームをいつチェックしているのか謎でしょうがありません……。お忙しいはずなのですが、なんでそんなゲームまで知っているのかと。
蝸牛くも:
『Squadron 51』は『ゴブスレ』のアニメ1期が決まった時期から推しているんですよ。モノクロのSF映画風シューティングゲームなんですけど、戦闘機や円盤が糸で釣られた感じで出てくる(笑)。自機も敵もフヨフヨして。実写のマリオネットの映画を見ているような感じでシューティングが出来るタイトルなんです。
──かなりのゲーマーであることはよくわかりました(笑)。昔はどんなゲームをプレイしていたのでしょうか?
蝸牛くも:
昔はスーパーファミコンの『重装機兵ヴァルケン』【※22】が大好きでした。それからゲームボーイ版の『バイオニックコマンドー』【※23】。あとはプレイステーション2で発売された『機甲兵団 J-PHOENIX』【※24】もアニメの主人公みたいな気分になれるので楽しくて好きでしたね。
今も『RPGツクール』で完全に趣味としてゲームをボチボチ作ってます。『ファイティング・ファンタジー』みたいな感じで。でも最近は集中力が続かなくなってゲームのプレイ時間は減っちゃいましたけど。
※22……1992年にメサイヤから発売されたスーパーファミコンのアクション・シューティングゲーム。第4次世界大戦とそれに続く大規模な戦争を、量産型ロボット「アサルトスーツ」に乗り込み一兵士として戦い抜くストーリーが描かれた。2023年にNintendo Switchで完全移植に加えて多数のコンテンツを追加した『重装機兵ヴァルケン DECLASSIFIED』として発売されている。
※23……1992年にゲームボーイでカプコンから発売されたアクションゲーム。ファミコン版版『ヒットラーの復活』をSFアニメ風にリメイクした作品で、ワイヤーアクションによる移動や攻撃が特徴となっている。
※24……2001年から2004年にかけてタカラから発売された対戦型ロボットアクションゲーム。最前線のエースパイロットとして敵機と交戦するアクションステージと、最高司令官という立場からどの機体を開発するか決定するインターミッションの二つを交互に繰り返す形式が特徴。
──昔も今もゲームが本当にお好きなんですね。
蝸牛くも:
自分の行動に対してダイレクトにリアクションやレスポンスが返ってくるのが楽しいんです。だからTRPGも好きだしゲームブックも大好きなんですよ。
──アニメが放送されたときのリアクションやレスポンスが一番凄そうです。2期の放送も近いことですし、ファンに向けて何か一言いただけませんか?
蝸牛くも:
アニメ2期については原作者として精一杯お手伝いさせていただいているので、これも楽しんでいただけたら幸いです。『ゴブリンスレイヤー』をこれだけ続けられたのは、アスキーアートのまとめサイトさんや応援してくださっているファンの方々のおかげです。本当にありがとうございます。
とりあえず好きな物を好きなように書いているだけではありますけども、今後とも精一杯書いていくので、これからも応援していただけたらありがたいです。
1時間のインタビューを終え、筆者は蝸牛くも先生は自分の「好き」に極めて忠実な方だと強く感じさせられた。自分はこれが好き。だから読む、観る、遊ぶ。結果として得た膨大な蓄積を『ゴブリンスレイヤー』で吐き出し、支持を得てさらなる力を得、また自分の「好き」を追いかけていく。それはひとの生き方の理想を体現した姿であり、とてもまばゆいものに思えた。
台湾のファンの方が『ゴブリンスレイヤー』を一筋の光と称したそうだが、筆者のように目の前の仕事に汲々とする日々を送っている人間の目には、蝸牛くも先生そのものが光に見えた気すらした。
ライトノベル作家は売り上げが立たずに、作品を打ち切られて消えることが多いとされている。だが実際のところネタ切れを起こし「もう書けません」と自ら筆を折る作家も少なからず存在しているのも実情だ。小説は作者が今まで積み上げてきたさまざまな知識や経験に、想像力を加えて編み上げる別の誰かの物語だ。そして内容を凝縮すればするほど、積み上げてきたものは素早く消費されてしまう。アウトプットよりも早く大量にインプットを行わなければ、すぐに枯れ果ててしまう厳しい世界なのだ。
しかし作家にとって唯一無二の才である「無限の好奇心」を持つ蝸牛くも先生に、そのような心配は必要ないだろう。好きを追いかける。これは簡単なように見えて簡単ではない。おそらくこれから先も、ずっと蝸牛くも作品を楽しめる時間が続くだろう。そう、確信できるインタビューだった。
(早川清一朗)