常軌を逸した手法でアニメを25年作り続ける男が居た──セルをクリアファイルに描き、声優、音楽、その他全てを1人で完成させるクリエイターはいかにして生まれたか【伊勢田勝行インタビュー】
20年以上前から現在に至るまで、ほとんど誰からも評価されることなく孤独に自主アニメを作り続けたクリエイターがいる。彼の名前は伊勢田勝行(51)。
普段見慣れた商業アニメと比較すると、彼の作品は決して良い出来栄えではないかもしれない。しかし、見る者に強烈な違和感を残す作品であることは確かだ。
彼はアニメを制作するのに、一般的な制作方法を採らない。後に本記事にて詳細を紹介するが、動画編集ソフトをはじめ、パソコンを使った方法に依らずに制作しているのだ。それだけでない。彼はキャラクターの絵、テーマソングの作詞作曲、セリフのアフレコ……このアニメにまつわるすべてを独力で完成させている。
しかし、これだけの労力を割いているのに、彼は自身の作品をネットに公開していない。ネット上で視聴可能な彼の作品群は、有志のファンがアップロードしているものだけだ。
では、一体何が彼をアニメ制作に駆り立てているのか?
実は伊勢田氏は20年以上前から少女漫画家を目指しており、『りぼん』・『マーガレット』といった雑誌に漫画を投稿するも落選しつづけていた。
あまりにも続く落選に若き日の伊勢田氏はこのように考えた。
「漫画に“アニメ化された原作”という箔がつけば雑誌編集部の目にとまるのでは?」
以来、彼は自分の漫画を、自分で“アニメ化する”という作業を20年以上続けることになる。
伊勢田氏本人に関する情報はネットにはほとんど存在しない。前述の情報も本記事で行った伊勢田氏への取材ではじめて明らかになったことだ。
過去に音楽プロデューサーの中田ヤスタカ氏が自身のプロデュースした楽曲のMVに起用するといった動きはあったものの、彼の活動のほとんどが謎だ。
「どのように作品を制作しているのか?」「伊勢田勝行とはどのような人物なのか?」……3時間に及んだインタビューでは、伊勢田作品を見たときに浮かぶ疑問を余すことなくぶつけられたと思っている。
取材は、伊勢田氏が普段からアニメ制作の場所にしているという、彼の母校の漫画同好会部室で始まった。
取材・文/トロピカルボーイ
撮影・編集/金沢俊吾
監修/腹八分目太郎
――普段から、ここで制作をしておられるんですか?
伊勢田:
ここ以外でもミスドとかファミレスとか、公園みたいなところでもアニメ作ったりしてます。
これはアニメの絵コンテ【※】……の雑なものとでも思っていただければ大丈夫です(笑)。これを元に制作を進めていきます。自分にしか読めない汚い字なんですが。
※絵コンテ
映画、アニメなどの映像作品の撮影前に用意されるイラストによる表であり、一つのカットがどのようなものかを説明するものである。絵コンテはイラストのみによって説明するものではなく、必ず簡単な文章が付属し、そのカットの詳細を説明する。
伊勢田:
いつも、声を先に収録してしまうんです。それと同時に捨てゴマを撮ってしまえば尺が合うようになります。
――一般的なアニメの制作とは、音声と動画の収録が逆になっているんですね。
伊勢田:
ここで映像に音声をミックスしていきます。
伊勢田:
本当はキャラクターがたくさん動くものを作りたいんですが、そんなに動かす必要がなければどんどん割愛してしまいます。
100均のクリアファイルにキャラクターは描いています。最近は、セル【※】というものが売られていないし、塗料も売っていないのでポスカで塗っています。
※セル
透明なシートである画材。セルを使用して作られたアニメをセルアニメと呼ぶ。
――この背景も、ご自身で描いていらっしゃるんですか?
伊勢田:
これは、もう20年ぐらい使い回してる背景です。描いている紙はいらなくなった原稿用紙の裏ですね。これはまだマシなほうで、チラシの裏に描くときもあります。
伊勢田:
シーンの音声をミックスし終わったらキャラクターを動かすんです。さっきアフレコした分をコマ撮りで動かします。
――この工程は一般的なアニメの作り方と同じような気がします。
伊勢田:
キャラクターが喋っているのは、口だけクリアファイルに描いてそれを被せたり外したりして表現します。それを数秒単位でやる感じです。
――コンテの、キャラクターが話している所はこうやって表現しているんですね。
伊勢田:
あまり、裏は見せたくないんですけど、コピー用紙とかチラシを貼り付けてあるんです。制作のスピードを上げるために、いい加減に塗っちゃっているんで。
――裏から紙を貼ることで、塗りムラが無くなってる。
伊勢田:
これは全部、自宅にある文房具で出来ます。
普通のセルだったら100円くらいでしたが、クリアファイルなら100円で二枚使えるので、まぁ……ケチと言えばケチですよね(笑)。本来なら一枚にドカンと描かないとだめなんですけど。
――伊勢田さんの場合は、クリアファイルにシーンを一杯並べていくんですね。
伊勢田:
そうですね。クリアファイルに8等分してならべていくんです。今手に持っていらっしゃるような、真面目なシーンは大きく描いたりするんですけどね。これはまだ塗る前ですが。
――ここ一番のシーンは大きい絵を使うんですね。8シーン映っているクリアファイルを描くのにどれくらいかかるんですか?
伊勢田:
そんなに時間はかからないですよ。一日もあれば完成します。それを地道にやるんです。初めて女の子たちが出会うシーンは、4つ切りで描いたりもしてます。自分の漫画の原稿をそのままトレースしたりもします。
――テレビとかで、アニメの制作現場が映ることもあると思うんですけれど、それを見たときに自分のやり方と違うことについて思うことはありますか?
伊勢田:
自分では、ああいったやり方でアニメを作ることはできないということはわかっているので、割り切ったところはありますね。もし、アニメ制作会社に入社していたら、いまのやり方はぜったい出来ないじゃないですか(笑)。
――これは何をしているんですか?
伊勢田:
アニメとかで後ろに流れてるBGMがありますよね? それを今被せているんです。ジャーンとなったり、何かに気付いたときの音もここで入れるようにします。
だいたい完成しましたよ。
――伊勢田さんは、アニメの作り方を人に教わったことはあるんですか?
伊勢田:
幸か不幸か、教えてくれる人が周りにいなかったので、この方法にたどり着いてしまったんだと思います。まじめにアニメ制作を勉強していたらこの方法にたどり着かなかったかもしれないです。
取材は、近くの喫茶店に場所を移して続行された……。
――アナログ機器だけでアニメを作っておられるように見えましたが、実際、パソコンなどは使用しないのでしょうか?
伊勢田:
今のところはアナログ機器だけですね。
――自主アニメといえば一般的には、動画編集ソフトを使う人がほとんどだと思いますが、そういったものがあることはご存じですか?
伊勢田:
ええ、知っていますよ。ただ、自分の性にはあまり合わないような……。
――性に合わない、と言うと?
伊勢田:
どうしてもハードディスクから、結局ディスクか何かに起こすんですよね?
――え、ディスクに起こす、ですか……?
伊勢田:
パソコン上でまたディスクに起こしたりとか、それが結構時間がかかるような……。
――エンコードのことでしょうか。それは、確かに時間はかかりますけども。
伊勢田:
アナログなら、撮ったものはそのまま映像に使えるんです。ぶっちゃけた話、ちゃんと撮れてさえいれば、あのまま上映してもいいですからね。だから、アナログがいちばん早いんですよ。
――なるほど……。ところで伊勢田さんは、いつからこのスタイルで制作しているのでしょうか。
伊勢田:
アニメ用のビデオを導入したのが、24、5歳ぐらいのときだったと思います。
――失礼ですが伊勢田さんは、今おいくつなのでしょうか?
伊勢田:
今年で51歳です。
――アニメを作り始めて25年くらいになりますね。パソコンが普及する前は、このスタイルが一般的な制作方法だったりしたのでしょうか?
伊勢田:
いや、絶対そんなことはないと思います。普通に16ミリか8ミリでコマ撮りされてたんじゃないですかね。
まず、ビデオカメラにコマ撮り機能自体がなかったんで、導入にかなり苦労しました。でも、多分今のビデオカメラにはコマ撮り機能を持っているものがどんどん減ってるような……。一時期ちょっと増えましたけど。
――では、当時からああいうスタイルを貫いている伊勢田さんは少数派だったんでしょうか?
伊勢田:
多分そう思います。アニメを作りたい人の大多数は、普通にアニメ制作会社入るとか、そういう人がほとんどだったんじゃないでしょうか。漫研の後輩にもアニメ制作会社に入った人がいますね。
――集団制作で力を合わせて作るみたいな感じですね。25年前というと、普通にテレビアニメにも美しい作品が出てきていたと思いますが。
伊勢田:
そっちのスタイルにいけば綺麗なものが作れた可能性はありますが、制作会社に入っても、下積みからたたき上げでなるわけじゃないですか。
アニメの世界にもやっぱり年功序列があって、うちの漫研の後輩もアニメ会社に入りましたが絵コンテとか、まだその段階なんですね。まして、アニメ業界の中で監督になるのは、本当に難しいことなんじゃないでしょうか。
「俺がヒロインだ!」刹那・F・セイエイの心境で美少女の声をアフレコ
――声優や音楽は得意な友達の誰かに頼むみたいなのって自主制作あるあるだと思うんですけど。
伊勢田:
結局は自分が納得しないとだめなんで、自分で全部やるようになってしまいましたね。
――でも、伊勢田さんのような男性がヒロインの声を演じるのは、さすがに限界があるのではないでしょうか?
伊勢田:
そうですね。いろんな女性声優さんの声を聞いて参考にしたりはします。
――参考にはするけれども、自分の完成イメージと合わないとか、そういうことでしょうか?
伊勢田:
それは大なり小なりありますけど、その辺は妥協したり、割り切ったりはします。裏声を使ったり、いろいろやっても限界はありますよね。でも『浅瀬でランデブー』のように女性声優に頼んだときもあります。
ただし、それは少年の声を当ててもらって私はヒロインの声をやりました。それも逆になるときがあるんですよ。女性声優が同級生の女の子をやったり、幼なじみの男の声や先輩の男性をやったり、私が後輩の女性をやったりとか、それは遊び的な感じで面白かったです。
――そもそも、自分でヒロインの声を演じようと思ったのはどういう意図だったのでしょう?
伊勢田:
一話からずっとそのヒロインの声を自分がやってたんで、それが変わると若干違和感もあったりするかなと。
――伊勢田さんならではの、ヒロインへのこだわりってありますか?
伊勢田:
なるべく、「自分が女子だったらこんなふうに」っていうのは考えるようにしています。
別に、女子をかわいく描こうという気持ちは全然ないんです。本当に、自分がヒロインに入り込んで描いているっていう感じです。昔、『ガンダム00』の刹那・F・セイエイっていう主人公のセリフに「俺がガンダムだ!」というのがあるんですが、ああいう感じ。「俺がヒロインだ」という感じで、ヒロインに入って、操縦しているっていう感じです。
――すみません、操縦というのはヒロインを演じるということでしょうか?
伊勢田:
自分がヒロインになりきるような感じです。「俺がガンダムだ!」の、あの刹那・F・セイエイと同じ。自分がガンダムになって戦ってるっていう意味です。