ヘイトスピーチが一線を越え始めたのは?――ジャーナリスト達がヘイトスピーチ規制法以前の状況を語る
特定の民族や人種をターゲットに憎悪をあおる「ヘイトスピーチ」。この問題を取り上げた番組『「ヘイトスピーチ」を考えよう』がジャーナリストの角谷浩一さんとタレントの松嶋初音さんの司会で放送されました。
スタジオには大学院教授の鵜飼哲さん、ジャーナリストの江川紹子さん、作家の中沢けいさんが登壇し近年の日本における主に在日朝鮮人・韓国人をターゲットにしたヘイトスピーチが広がっている現状を挙げ、うさ晴らし・娯楽化の流れとは別に、ヘイトスピーチがデマをもとにした情報を使って人々を扇動している状況について言及しました。
※本記事は、2015年8月に配信した「「ヘイトスピーチ」を考えよう」の内容の一部を再構成したものです。
―関連記事―
「売国奴ばばあ」「スパイの子ども」…日本の“ヘイトスピーチ”の歴史を5分で解説したら闇が深すぎた件
―人気記事―
北朝鮮に行ったら「喜び組」と遊べたが「ハニートラップ」にかかりそうになった話
橋下徹氏と桜井誠氏の直接会見
角谷:
中沢さんから見ると、ヘイトスピーチに関する問題が起こったけれども、いろいろな形でそれは少し良くなっている、または収まろうとしている方向に向かっているものなんですか。
中沢:
それはもう間違いないですね。例えば2014年10月だったと思いますが、大阪の橋下徹市長(当時)と桜井誠氏が直接会見をした映像が、そのまま地上波のメディアに流れて以降、みなさんの理解が変わりました。
「どっちにも政治的な言い分があるんじゃないの」ぐらいのことを考えていた人たちが、「いや、これはとんでもないことだ」っていうことを理解してくださったので、あれはインパクトが大きかったと思います。
問題提議してから2年程度で国会の法案まで持っていけたというのも、一般的な社会運動のスピードから言えばハイスピードですが、ご尽力いただいた政治家のみなさんには感謝しますが、それでもやめない人はいます。
何でそんなにまでしてやるんだろうと思って悲しくなるぐらい、まめに一生懸命やるんですけど。
角谷:
江川さん、それはどんなふうに見ますか。
江川:
楽しんでいるんじゃないですか。
中沢:
確かに最初はそういう気配がありました。私も初期の段階ではみなさんに「どっちもどっちだ」って言われたし、「そういうものには触らないでほっておけば、自然に小さくなるんだ」とかいうご意見もあったんだけど。
「そうじゃないんですよ」ってことを分かっていただくために「現場に来てください」って言って、だんだん途中から現場に行くと、こっちが3000人、向こうが200人で、どう見ても向こうをいじめているようにしか見えないみたいな節も少しずつ出てきたんです。しかし何でこんなに意地なんだろうと思って。
江川:
だから、やっぱり強い言葉で罵倒したりするっていう、例えば人のことを「ばか」だとか、「あほ」だとか「死ね」だとかって言うような、そういうことっていうのは、はしたないことだし、よくないことっていうのがずっと常識のレベルであったと思うんですよね。
鵜飼:
一応恥の文化と言われているわけだし(笑)。
江川:
そうなんです。でもそれを突き破ってやったときの、何かある種の痛快感、爽快感かな。
中沢:
確かに初期の段階ではそれがあったと思うんですよ。
鵜飼:
最初はそういう感じでしたよ。
中沢:
まさか自分たちに、「どあほ」とか、「ばかたれ」とか言う大集団があらわれてみんなで罵倒しだすとは思っていないでしょうから。
ネットがヘイトスピーチを扇動した? 今後の議論に必要なものとは
松嶋:
今の話の中でちょっとお聞きしたいんですけど、ヘイトスピーチをやめちゃう人とかもいると思うんですね。そういった人たちは、どういった人なのですか。
中沢:
ご本人たちも言っていますけど、ごく普通の一般的な日本人です。
松嶋:
そのごく普通の一般的な日本人の方々がスピーチをするのかというのが、私の中では疑問があります。
年代が違うってところもあると思うんですが、例えばいわゆる2ちゃんねるとか、まとめサイトのようなものがあって、それと同時進行でテレビの中で韓国のものがどんどん出てくるようになって、「もう見たくない」みたいなのが徐々にあったりした部分もあったのかなと。
そういうのがじわじわとあって参加している子もいるんじゃないかなって思うんです。
中沢:
最初はタブー破りの楽しさで参加したり、非常に娯楽的だったんですよ。
江川:
今でも娯楽的な部分はありませんか。
鵜飼:
楽しいから行くっていう。
江川:
だから、例えばこういう問題っていうのは「嫌だ」って思えば、こういう番組を見ないし、コメントなんかも出さない。だけどずっと見続けて、ずっと反応し続けて、番組が終わった後はずるずると名残惜しそうにコメントを続けているわけですよね。
ですから本当に「憎い」とか「嫌い」とかっていうよりも、そういうことである種、うさを晴らしたり、反応する人がいればそれはそれでおもしろいし、そういう娯楽化がやっぱりまだ続いているんじゃないかなと思います。
松嶋:
ヘイトスピーチって言葉も実はすごく昔からあったんだとは思うんですけど、やっぱりここ最近ですごくよく聞くようになって。
中沢:
たぶん私が知っている限り、ああいう反韓、嫌韓でも、「これはヘイトスピーチである」と最初に言ったのは野間易通さんという活動家の方だと思うんだけど、正確なレッテルを貼ってくれたおかげで対応しやすくなったんですね。
「レッテル貼りをするな」っていうご意見は随分いただきましたが、レッテルは正確に貼りましょうってことなんですよ。古いレッテルは貼り替えなきゃいけないかもしれないけど、やっぱりあるところで概念化して、きちっと言語化する。そのことによって対抗できるということが生まれてくる。
今はヘイトスピーチそのものの問題よりも、薄く広がってしまった誤解、不快、そういうものをどうしたらいいのかっていうのが一つと、それに関連してちょっと嫌な兆候が一つ出てきていまして、今まではヘイトスピーチでしたが、差別、扇動、ヘイトクライム(犯罪)の展開の要素が少し出てきました。
それの顕著な例は、「在日外国人はその日に手続きをしないと、みんな国外追放になる」というデマが流れて、入管に通報しろと言って、実際に入管がパンクするほど通報が集中したという例が起きました。これは徒党を組んでデモをするのと違って、デマによって行為を促進しているわけです。
つまり、入管への通報という。ドイツなんかで今ちょっと問題になっているのは、やっぱりいわゆるネオナチによるユダヤ人殺害事件というのが頻繁に起こっているんだそうです。
日本ではそうした殺害事件等のような、明らかなヘイトクライムっていうわけではないんですが、こういう行為を扇動する行為が出てきたと。つまり、今までは「言っているだけ」、「悪ガキ、やめろ」って済んだんだけど、今や……。
松嶋:
一線を越えてくるような、どんどんルールが緩く……。
中沢:
一線を越えてくるような方向へ流れ出した。これに関しては要注意だと思っています。
角谷:
僕が感じるのは、明らかにネットの役割というのが相当大きかったような気がします。
中沢:
ご指摘のとおりだと思います。一つは、人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案。これは路上にあふれ出したものに対する対応が主になってくると思うんですが、ネットに関してはもっと広くみなさんに議論していただきたいんですよ。
桜井誠氏はああいう激烈な、耳目を引く街宣をニコニコ動画でやって、それでどんどん広めていったわけですね。そういう意味では、動画を自由自在に出せるというものが、ああいったものを大きくする大きな力にはなっています。
中沢:
その議論をするときによく言ったんですけど、「自動車というものがなければ、道路交通法って必要ですか」ということです。
私たちが使っているのが、せいぜい籠に馬だったら、「歩行者は絶対右側通行でなければいけない」って言われたって、馬も籠も見えない限り、道路の真ん中を歩いたって何の問題もないでしょう。向こうから殿様が行列してくればよけて土下座をしなきゃいけない。
でも、今の私たちの使っている道路交通法って、めちゃめちゃに精密じゃないですか。あれは自動車ができたせいです。ネットの場合も、やっぱり「エチケット」とか、「常識によるルール」と、「法によって罰せられる」という三層構造をどうつくっていくかの議論はした方がいいと思っています。
―関連記事―
「売国奴ばばあ」「スパイの子ども」…日本の“ヘイトスピーチ”の歴史を5分で解説したら闇が深すぎた件
―人気記事―
北朝鮮に行ったら「喜び組」と遊べたが「ハニートラップ」にかかりそうになった話